17
曲がり角に来るたびに、ハリーは管理人のフィルチかミセス・ノリスに出喰わすような気がしたが、運よく出会わずに済んだ。四階への階段を急ぎ、抜き足差し足でトロフィー室へと向かった。マルフォイもクラッブも、まだ来ていない。トロフィー棚のガラスのところどころが、月の光りを受けてキラキラと輝いている。カップ、盾、プレート、像などが、暗がりの中で時々瞬くように金銀に煌めいていた。
四人は部屋の両端しにあるドアから、目を離さないようにしながら壁を伝って歩く。マルフォイが飛び込んで来て、不意打ちを喰らわすかもしれなかったので、ハリーは杖を取り出した。数分の時間だったが長くは感じられなかった。
「遅いな、たぶん怖気づいたんだよ」
ロンが囁く。その時隣りの部屋で物音がして、5人はハッとした。ハリーが杖を振り上げようとした時、誰かの声が聴こえてきた。それは――マルフォイではなかったのだ。
「いい子だ、しっかり嗅ぐんだぞ。隅の方に潜んでいるかもしれないからな」
管理人のフィルチが猫のミセス・ノリスに話し掛けている声だった。心臓が凍る思いで、ハリーは夢中で四人を手招きし、急いで自分について来るように合図した。四人は音を立てずに、管理人のフィルチの声とは反対側のドアへと急ぐ。ネビルの服が曲り角から消えた瞬間、間一髪、管理人のフィルチがトロフィー室に入って来る音が聞こえた。
「どこかこの辺に居るぞ、隠れているに違いない」と、フィルチがブツブツ言う声がした。「こっちだよ!」と、ハリーが他の四人に声を出さずに口の形だけで言うと、鎧がたくさん飾ってある長い回廊を、皆は石のようにこわばって這うようにして進む。フィルチ管理人が、どんどん近付いて来ているのが分かった。ネビルが恐怖のあまり突然悲鳴を上げ、やみくもに走り出した。つまずいてロンの腰に抱き付いたので、二人揃ってまともに鎧にぶつかって倒れ込んでしまう。
ガラガラガッシャーン!!城じゅうの人を起こしてしまいそうな凄まじい音が響いた。「逃げろ!」と、ハリーが声を張り上げ、四人は回廊を突っ走る。フィルチ管理人が追い掛けて来るかどうか振り向きもしなかった。全速力で次から次へとドアの前を通り、廊下を駆け抜け、今どこなのか、どこへ向かっているのか、先頭を走っているハリーにも全然分からなかった。
タペストリーの裂け目に、隠れた抜け道を見つけて矢のようにそこを抜けると、出たところが『呪文学』の教室の近くだった。そこはトロフィー室からかなり離れているところだ。
「フィルチを撒いたと思うよ」
そう言ったハリーは、息を弾ませながら冷たい壁に寄り掛かって額の汗を拭いた。ネビルは身体を二つ折りにしてゼイゼイ咳き込んでいる。
「グリフィンドール塔に戻らなくちゃ、出来るだけ早く」
「マルフォイに仕掛けられたのよ」
ハーマイオニーがハリーにピシャリと言う。
「ハリー、あなたもわかったでしょう?最初から来る気なんか無かったんだわ。マルフォイが告げ口したのよ。だからフィルチさんは誰かがトロフィー室に来るって知ってたんだわ」
ハリーも多分そうだと思ったが、ハーマイオニーの前ではそうだと言いたくはなかった。
「行こう」―――しかし、そう簡単には戻ることが出来ない。ほんの十歩と進まないうちに、ドアの取っ手がガチャガチャと鳴り、教室から何かが四人の前に飛び出して来たのでした。
ゴーストのピーブズだ。彼は四人を見ると歓声を上げる。
「黙れ、ピーブズ。お願いだから…そうじゃないと、僕たち退学になっちゃう」
ロンの願いも無視するかのように、ピーブズはケラケラ笑う
「真夜中にフラフラしてるのかい、一年生ちゃん?チッ、チッ、チッ、悪い子、悪い子、捕まるぞ」
「黙っててくれたら捕まらずに済むよ。お願いだ。ピーブズ」
「フィルチに言おう。言わなくちゃ」
ピーブズは聖人君子のような声を出すが、目は意地悪く光っている。
「君たちのためになることだものね」
「退いてくれよ!」
ロンが怒鳴ってピーブズを払い除けようとする……これが大間違いだった。
「生徒がベッドから抜け出した!
ベッドから抜け出した生徒が、『呪文学』教室の廊下に居るぞ!」
ピーブスが大声で叫ぶ。五人はピーブズの下をすり抜け、一生懸命逃げ出した。廊下の突き当たりまで逃げて来ると、今度はドアに突き当たる。そのドアには鍵が掛かってたのだ。「ここしか無い!」とロンが呻いて、皆でドアを押したがどうにもならない。
「おしまいだ!もう終わりだ!」
足音が聴こえてくる。ピーブズの声を聞きつけたフィルチが全速力で走って来たのだ。
「ちょっと退いて」
ハーマイオニーが押し殺したような声で言う。彼女は、ハリーの杖をひったくると、錠を杖で軽く叩いて呟いた。
「『アロホモラ』」
カチッと錠が開きドアがパッと開く。五人は折り重なってなだれ込み、急いでドアを閉めると、皆ドアに耳をくっ付けて聞き耳を立てた。
「どっちに行った、ピーブズ、早く教えろ」
フィルチの声が聞こえてくる。直ぐ傍にピーブズいるのだろう、五人に緊張が走る。
「“どうぞ教えてください”と言いな」
「ゴチャゴチャ言うな。さあピーブズ、連中はどっちに行った?」
「“どうぞ”と言わないなら、なーんにも言わないよ」
ピーブズはいつもの変な歌い方のような苛立つ声で言った。
「しかたがない…どうぞ」
「なーんにも!ハハハ!言っただろう。“どうぞ”って言わなけりゃ“なーんにも”言わないって!」
ピーブズがヒューッと消える音と、フィルチが怒り狂って悪態をつく声が聴こえた。
「このドアに鍵が掛かってると思ってる」ハリーはヒソヒソ声で言った。ソフィアも彼と同じく扉に耳を傾けていたので、ハリーと目を合わせると頷き合う。
「もうオーケーだ…!ネビル、離してくれよ!」
ネビルはさっきから、ハリーのガウンの袖を繰り返し引っ張っていたのだ。
「え?何?」
ハリーは振り返る。それに続いてソフィアも。―――---そしてはっきりと見たのだ。「何か」を。少しの間ハリーは、自分が悪夢にうなされているに違いないと思った。 あんまりだ。今日はもう、嫌というほど色々あったのに。そこはハリーが思っていたような…“部屋”ではなかったのだった。