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それからというもの、ハリーとソフィアはこっそりまたあの部屋にいた。鏡を見に来たかったから。しかしソフィアには、そこまで鏡に依存心はない。ロンのように自分の願望がそのまま表れているのでもなく、ハリーのようにはっきりと自分の両親だと分かるようなものでもなく、あの幻想的な光景がいまだに目に焼き付いて離れないのだ。
ハリーが鏡に写っているのであろう両親をじっと見つめる姿を見て、自分も両親がいない身だが、彼とは全く異なっているように感じた。孤児院は何らかの事情で親を亡くした子供ばかりだったから、家族がいないことは別段不思議じゃなかった。それでも皆、心の中では自分の家族を欲していたし、親に会いたいと思っていただろう。自分もそうだと思っていた。しかし、昨夜この鏡に写ったのは普通の両親には見えないようなものたち。自分は望んでいなかったのだろうか。両親に会いたいと思っていなかったのだろうか。
一方でハリーはそんな自分と違って、鏡に映る両親を飽きもせずじっと見つめている。彼の背に寄り掛かるようにして座るソフィア。
「……ねぇ、ハリー。ちょっと長い話しても、いい?」
「いいよ」
胸の内にあるものを打ち明けたかった。聞いてくれるのであれば、誰でも良かったかもしれない。
「…私、マグルの施設で育ったの。赤ん坊の頃、親が施設の前に私を置いていったらしくて…真相は誰も知らないけど…院の先生が言うには、そういう状況だったって…」
ハリーが静かにソフィアの話を聞いている。彼女はそれが少し居心地良く感じた。
「施設に預けられて、それから直ぐのことだったんだけど…私、院の子の前で…たぶんあれが魔法だったんだろうね。皆凄い変な目で私を見てた…。普段騒がしい子だって、口を閉じてまで私を凝視してたから。……それで、院の先生達は私を閉じ込めたの。誰も近寄らないような、施設の奥の部屋に」
「そんな!ソフィアは悪くないのに、閉じ込めるだなんて…!」
「でも、もし力が制御できずに誰かを傷つけてしまったら、きっと一生それを背負うことになるから…。先生の判断は正しかったと――「違うよ!」
突然ハリーはソフィアの方を向いて叫ぶように言った。それに驚き目を見開くソフィア。
「あ…いや、その…きっと違う。院の先生達は、ソフィアに怖がってるだけだよ。怖がって、ソフィアを真正面から見ようとしなかったんだよ。ソフィア…僕もね、ダドリー叔父さんたちには、邪魔者扱いされて、階段下の物置小屋みたいなとこに住まわされてるんだ」
「も、物置小屋…」
ソフィアが施設にいる時は流石にそこまで酷くはなかったが、彼の話を聞いて、彼の方がもっと酷い仕打ちをされてきたんだと痛感した。
「うん、狭くて暗くて…ずっと一人で。けどそれも、ホグワーズに来てからは変わった。あ、でも…ここに来る前から変わっていたね。家を出てソフィアに会った時から」
―――“捨てられた”自分と、“守られた”彼。ハリーはいつだって明るく元気だ。同じ孤独を味わっているのに、彼は自分とは全く違うと思った。
「ハリー、ありがとう。いつも優しくしてくれて…。実はこの髪を褒めてくれたのも…あなたが初めてだったよ」
ソフィアは自分の髪を触りながら、あの時の、初めてハリーに会ったときを思い出す。
「院の子には“気持ち悪い”ってよく言われてたから。……最初の頃はよくフードを深く被っていたでしょう?見た通り、あれは髪を隠すためだったの…。それに…私、引きこもっていたから他人との関わりも恐くなっていて…、今でもちょっと恐いんだ」
とんだ怖がりだよね、とソフィアは乾いた笑いをする。しかしハリーがソフィアの目を見て言う。
「そんなに自分を程度の低い人間に見ちゃダメだ。ソフィアには素敵な魅力が沢山あるから。もっと自信を持つべきだよ」
真っ直ぐな瞳でハリーは言う。まだ彼とは出会って一年も経っていないというのに、彼はソフィアに欲しい言葉をくれる。
「……本当…?」
震える声しか出なかった。今の彼女には、それが精一杯だったから。ポロポロと雫を落とし、泣きながら笑っていた。苦しそうだったけれど、ソフィアには不思議と何の苦しみもなかった。
***
その翌日、ハリーが一人で鏡を見に行ったが、ダンブルドアがやって来て“みぞの鏡”はもう他所に移すという。鏡が見せてくれるのは、心の一番底にある一番つよい「望」。それ以上でもそれ以下でもない。
しかしこの鏡は知識や真実を示してくれるものではない。鏡が映すものが現実のものか、はたして可能なものなのかさえ判断できず、みんな鏡の前でヘトヘトになったり、鏡に映る姿に魅入られてしまったり発狂したりする。
この鏡は明日よそに移す。もうこの鏡を探してはいけないよ。
たとえ再びこの鏡に出会うことがあっても、もう大丈夫じゃろう。
夢にふけったり、生きることを忘れてしまうのはよくない。