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ハグリッドの小屋の前にやって来た四人。昼間っから窓という窓全てのカーテンが閉まっていることに疑問を抱きつつ、扉をノックすると、少しだけ開けた扉の隙間から顔を覗かせるハグリッド。なんだか警戒しての行動のようで、疑問は増すばかり。小屋に来いと言ったのはハグリッドなのに、忘れていたのだろうかと思いながら中に入ると、息苦しさを覚えるほどに部屋の中は暑かった。
「う…、」
真冬でもなく、どちらかと言えば今日は暑い。それにも関わらず暖炉には轟々と炎が燃え上がっていた。
「それで、おまえさん、何か聞きたいんだったな」
「うん。フラッフィー以外に賢者の石を守っているのは何か、ハグリッドに教えてもらえたらなと思って」
「もちろんそんなことはできん。まず第一、俺が知らん。第二に、おまえさん達はもう知りすぎておる。だから俺が知ってたとしても言わん。石がここにあるのにはそれなりのわけがあるんだ。グリンゴッツから盗まれそうになってな――もう既にそれも気付いておるだろうが。だいたいフラッフィーのことも、いったいどうしてお前さん達に知られてしまったのか分からんなぁ」
「ねぇ、ハグリッド。私達に言いたくないだけでしょう?でも、絶対知ってるのよね。だってここで起きてることで、あなたの知らないことなんかないんですもの」
優しい声でおだてるハーマイオニー。満更でもない顔をするハグリッドに、彼女は更に続けた。
「私達、石が盗まれないように、誰がどうやって守りを固めたのかなぁって考えてるだけなのよ。ダンブルドアが信頼して助けを借りるのは誰かしらね。ハグリッド以外に」
最後の言葉に胸を張るハグリッドに、さすがハーマイオニーと、心の中で拍手を贈った。
「まぁ、それくらいなら言っても構わんじゃろう。俺からフラッフィーを借りて、何人かの先生が魔法の罠をかけて、スプラウト先生、フリットウィック先生、マクゴナガル先生、それからクィレル先生、もちろんダンブルドア先生もちょっと細工したし、待てよ、誰か忘れておるな。そうそう、スネイプ先生」
「スネイプだって?」
「ああ、そうだ。まだあのことにこだわっておるのか?
スネイプは石を守る方の手助けをしたんだ。盗もうとするはずがない」
「ハグリッドだけがフラッフィーを大人しくさせられるんだよね?誰にも教えたりはしないよね?たとえ先生にだって」
「俺とダンブルドア先生以外は誰一人として知らん」
「それなら一安心だ」
ハリーは他の三人に向かってそう呟いた。そしてハグリッドが暖炉をチラリと見たのに気付いた。炎の真ん中、やかんの下に大きな黒い卵。ドラゴンの卵だ。
「ハグリッド、どこで手に入れたの?すごく高かったろう」
ロンはそう言いながら、火のそばに屈み込んで卵をよく見ようとした。
「賭けに買ったんだ。昨日の晩、村まで行って、ちょっくら酒を飲んで知らないやつとトランプをしてな。はっきり言えば、そいつは厄介払いして喜んでおったな」
「…だけど、もし卵が孵ったらどうするつもりなの?」
「それで、ちいと読んどるんだがな」
ハグリッドは枕の下から大きな本を取り出した。そのタイトルは、趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方、だった。
「図書室から借りたんだ。もちろん、ちいと古いが何でも書いてある。母龍が息を吹きかけるように卵は火の中に置け。なぁ?それからっと、孵った時にはブランデーと鶏の血を混ぜて30分ごとにバケツ一杯飲ませろとか。それとここを見てみろや、卵の見分け方、俺のはノルウェー・リッジバックという種類らしい。こいつが珍しいやつでな」
興奮して話すハグリッドに、ハーマイオニーは冷静に言った。
「ハグリッド、この家は木の家なのよ」
ハグリッドはどこ吹く風で鼻歌を歌っていて、四人は顔を引きつらせた。
***
ある朝、ハリーの元に一通の手紙が届いた。差出人はハグリッドで、内容は『いよいよ孵るぞ』とドラゴンの誕生を報せるもので。ロンは薬草学の授業をさぼってすぐに小屋に向かおうとしたが、それをハーマイオニーが許すわけはない。
「だって、ハーマイオニー、ドラゴンの卵が孵るところなんて、一生に何度も見られると思うかい?」
「授業があるでしょ。さぼったらまた面倒なことになるわよ。でも、ハグリッドがしていることがバレたら、私達の面倒とは比べものにならないぐらい、あの人ひどく困ることになるわ……」
「黙って!」
ハリーが小声で言った。マルフォイがほんの数メートル先にいて、立ち止まってじっと聞き耳を立てていたからだ。ロンとハーマイオニーは薬草学の教室に行く間ずっと言い争っていたが、とうとうハーマイオニーも折れて、午前中の休憩時間にハグリッドの小屋に行くことになった。
授業の終わりを告げるベルが、塔から聞こえてくるや否や、四人は移植ごてを放り投げ、校庭を横切って森のはずれへと急いだ。ハグリッドの小屋に着くと、ハグリッドは興奮で紅潮しており、「もうすぐ出てくるぞ」と四人を招き入れた。卵はテーブルの上に置かれ、深い亀裂が入っていた。中で何かが動いていて、コツン、コツンという音がしている。
椅子をテーブルのそばに引き寄せ、みんな息を潜めて見守った。すると突然キーッと引っ掻くような音がして卵がパックリ割れ、赤ちゃんドラゴンがテーブルにポイと出てきた。やせっぽっちの真っ黒な胴体には不似合いの巨大な骨っぽい翼、長い鼻に大きな鼻の穴、こぶのような角、オレンジ色の出目金。ドラゴンがくしゃみをすると、鼻から火花が散った。
「すばらしく美しいだろう?」
ハグリッドがそう呟きながら手を差し出してドラゴンの頭を撫でようとしたが、ドラゴンは尖った牙を見せてハグリッドの指に噛みついた。
「こりゃすごい、ちゃんとママが分かるんじゃ!」
「ハグリッド。ノルウェー・リッジバック種ってどれくらいの早さで大きくなるの?」
ハーマイオニーが聞き、それにハグリッドが答えようと口を開いた直後、ハグリッドの顔から血の気が引いた。その目は窓に向いている。ハグリッドは弾かれたように立ち上がり窓際に駆け寄った。
「どうしたの?」
「カーテンの隙間から誰かが見ておった……子供だ……学校の方へ駆けていく」
ハリーが急いでドアに駆け寄り外を見た。遠目にだってあの姿はまぎれもない。
「マルフォイだ…」
ハグリッドは顔を青白くさせ固まった。ドラゴンが孵ることしか頭になかったハグリッドは、きちんとカーテンを閉めていなかったよう。これはハグリッドに非がある。だけどそれを責めるような言葉は、顔面蒼白なハグリッドには言えなかった。
マルフォイに見られてしまってから、マルフォイがハリー達に薄笑いを浮かべるようになり、四人は暇さえあればハグリッドの所に行き、ハグリッドを説得しようとした。
「自由にしてあげれば?」
「そんなことはできん。こんなにちっちゃいんだ。死んじまう」
ドラゴンはたった一週間で3倍に成長していた。鼻の穴からは煙がしょっちゅう噴出している。
「この子をノーバートと呼ぶことにしたんだ」
ドラゴンを見るハグリッドの目は潤んでいる。
「もう俺がはっきり分かるらしい。見ててごらん。ノーバートや、ノーバート!ママはどこ?」
「狂ってるぜ」
ロンがハリーに囁いた。
「ハグリッド、2週間もしたら、ノーバートはこの家ぐらいに大きくなるんだよ。マルフォイがいつダンブルドアに言いつけるか分からないよ」
ハリーがハグリッドに聞こえるように大声で言った。
「…ハグリッド…家畜の世話の仕事もろくにしていないでしょう。仕事を疎かにするのはよくないよ…。校長先生に迷惑はかけたくないんでしょう…?」
ソフィアが言った最後の言葉に、ハグリッドは狼狽えた。
「そ、そりゃ…ダンブルドア先生に顔見せできん程のことをやっとることは分かっとる。だけんど……だけんど、ほっぽり出すなんてことはできん。どうしてもできん」
「チャーリー!」
突然、ロンを見て叫んだハリー。ロンは驚きながらも呆れた。
「君も狂っちゃったのかい。僕はロンだよ。分かる?」
「違うよ!チャーリーだ、君のお兄さんのチャーリー。ルーマニアでドラゴンの研究をしているチャーリーにノーバートを預ければいい。面倒を見て、自然に帰してくれるよ」
「名案だ!」
「どう?ハグリッド」
渋っていたハグリッドであったが、それが最善の策だということは、考えなくとも分かること。時間はかかったが、ハグリッドはとうとう、チャーリーに頼みたいというフクロウ便を送ることに同意した。