32

 その次の週はのろのろと過ぎた。水曜日の夜、みんながとっくに寝静まり、ハリー、ハーマイオニー、ソフィアの3人だけが談話室に残っていた。壁掛時計が零時を告げた時、肖像画の扉が開き、透明マントを脱いだロンが談話室に入ってきた。ロンはハグリッドの小屋でノーバートに餌をやるのを手伝っていた。ノーバートは死んだネズミを木箱に何杯も食べるようになっていた。

 「噛まれちゃったよ」

 ロンは血だらけのハンカチにくるんだ手を差し出して見せた。

 「一週間は羽ペンが持てないぜ。まったく、あんな恐ろしい生き物は今まで見たことないよ。なのにハグリッドったら、やつが僕の手を噛んだというのに、僕がやつを怖がらせたからだって叱るんだ。僕が帰る時、子守歌を歌ってやってたよ」

 その時、暗闇の中で窓を叩く音がした。

 「ヘドウィグだ!」

 ハリーは急いでヘドウィグを中に入れた。

 「チャーリーの返事を持ってきたんだ!」

 チャーリーからの手紙には、来週の土曜日の真夜中、チャーリーの友達がノーバートを引き取りにやってくること。そして、誰にも見られないように一番高い塔にノーバートを連れてきてほしい、というようなことが書いてあり、四人は互いに顔を見合わせた。

 「透明マントがある。出来なくはないよ」

 実行役は少ないに越したことはないと、ハリーとロンで決まったのだが、障害が起きてしまった。翌朝、ロンの手は2倍ぐらいの大きさに腫れ上がってしまったのだ。ロンはドラゴンに噛まれたことをバレるのを恐れて、マダム・ポンフリーのところへ行くのをためらっていたが、昼過ぎにはそんなことを言っていられなくなった。傷口が緑色に変色したのだ。こうなればノーバートの牙には毒があったのだと気付く。ロンは医務室行きとなった。

 その日の授業が終わった後、ハリー達は医務室に飛んでいった。ベッドに横になっていたロンは、ここにマルフォイが来たと蒼白い顔で言った。

 「あいつ、僕の本を借りたいってマダム・ポンフリーに言って入ってきやがった。僕のこと笑いに来たんだよ。なんに噛まれたか本当のことをマダム・ポンフリーに言いつけるって僕を脅すんだ…。僕は犬に噛まれたって言ったんだけど、たぶんマダム・ポンフリーは信じてないと思う……」

 ハーマイオニーがロンをなだめようと「土曜日の真夜中ですべて終わるわよ」と言ったが、落ち着かせるどころか、ロンは突然ベッドから起き上がった。

 「土曜0時!────あぁ、どうしよう……大変だ……いま、思い出した…。チャーリーの手紙をあの本に挟んだままだ。僕達がノーバートを処分しようとしてることがマルフォイに知れてしまう」

 ハリーが答える間はなかった。マダム・ポンフリーが入ってきて、「ウィーズリーは眠らないといけません」と三人を病室から追い出してしまったからだ。

***

 待ち望んだ土曜日がやって来た。いつマルフォイが告げ口するのか気がかりでならなかったハリー達は、無事にこの日を迎えられたことにほっとしていた。実行役は、ロンがいないのでハリーとハーマイオニーが行うことになった。ソフィアも行こうかと思ったが、三人だと動きにくくなり迅速に行動しなくてはならないので、皆の合意の元断っておいた。

 とっくに消灯時間は過ぎていたが、部屋に戻る気にはならなかった。ハリーとハーマイオニーが無事に役目を終えることを願うばかり。暫く何をするわけでもなく時間が過ぎるのを待っていると、談話室の扉が開いた。入ってきたのはネビルで、今まで走っていたのか息は乱れ汗まみれだった。

 「ネビル…っ、どうしたの?」
 「あぁ!ソフィア!大変なんだ!」

 その焦り様は半端なく、何かあったのだとわかったが、それをネビルに聞くより先に、ネビルはソフィアの手を引き、談話室から引っ張り出してしまった。

 「まずいんだ!ハリーに教えてあげなきゃ!」
 「なにがまずいの…!?」

まず、ネビルにこんな力があったのかと驚いた。焦りからか気持ちの方が先走っているネビルにはソフィアの声は届かないようで、「ハリーを探さなきゃ!」それしか言わない。

 「ネビル!」

 ソフィアは大声を上げて、思いっきり掴まれた腕を振り払った。息を切らしながらも驚くネビルを一先ず落ち着かせてから、なにがまずいのかを説明させた。ネビルはマルフォイから聞かされたらしい。ハリーがハグリッドが飼っているドラゴンをドラゴン使いに引き渡そうとしていること。それが土曜日の真夜中であるということ。そして、その場でハリーを捕まえようとしていることを。それを聞いたとしてもハリーを探すことは止めさせないと、ネビルまで巻き込んでしまうことになる。それは避けたい。

 取り敢えず寮に戻ろうと、ソフィアが言った直後、「そこにいるのは誰です!」と、杖の明かりが2人を照らした。振り返らなくとも分かる。この声は、マクゴナガルだ。振り返った先では、鬼の形相をしたマクゴナガルが此方に向かってきていて、これ以上マクゴナガルの逆鱗に触れないように言い訳はしないと、ソフィアは心に決めたのだった。

 マクゴナガルの研究室へと向かいながら、ネビルが寮を抜け出した経緯を説明しようとしたが、マクゴナガルは言い訳は結構だと聞く耳を持たなかった。それでもネビルは、ドラゴンを自然に返そうとしているハリーをマルフォイが捕まえようとしているのを知らせようとしたのだと話し続けていて、ソフィアは頭を抱えたくなった。

 「入りなさい」

 マクゴナガルの研究室に着いた時には、ネビルはもう意気消沈していて。無視を決め込むマクゴナガルに心が折れてしまったらしい。中に入ると、ソファで小さくなって座っているハリーとハーマイオニーの姿があり、二人はネビルとソフィアを見て、より事態が深刻になったと顔を強張らせた。

 「ハリー!」

ネビルはハリーの姿を捉えた途端、弾かれたように喋った。

 「探してたんだよ。注意しろって教えてあげようと思って。
マルフォイが君を捕まえるって言ってたんだ。あいつ言ってたんだ、君がドラゴ――」

 ハリーはネビルにその先を言わせないように激しく頭を振った。だがもう遅い。ネビルはここに来るまでの間、もう4、5回はドラゴンと口にしている。

 「まさか、皆さんがこんなことをするとは、まったく信じられません。ミスターフィルチは、あなた達が天文台の塔にいたと言っています。明け方の1時にですよ。どういうことなんですか?」

 ハーマイオニーが先生から聞かれた質問に答えられなかったのは、これが初めてだった。まるで銅像のように身動きひとつせず、自分の爪先を見つめている。

 「何があったか私にはよく分かっています。別に天才でなくとも察しはつきます。ドラゴンなんて嘘っぱちでマルフォイに一杯食わせてベッドから誘き出し、問題を起こさせようとしたんでしょう。マルフォイはもう捕まえました。恐らくあなた方は、ここにいるネビル・ロングボトムとソフィア・リンジーが、こんな作り話を本気にしたのが滑稽だと思ってるのでしょう?」

 ハリーは否定の視線をネビルに向けたが、ネビルはショックを受けて俯いてしまっていた。

 「呆れ果てたことです。一晩に五人もベッドを抜け出すなんて!こんなこと前代未聞です!ミス・グレンジャー、あなたはもう少し賢いと思っていました。ミスター・ポッター、グリフィンドールはあなたにとって、もっと価値のあるものではないのですか?四人とも処罰です…えぇ、あなたたちもですよ、ミスターロングボトム、ミス・エムリス。どんな事情があっても夜に学校を歩き回る権利は一切ありません。特にこの頃、危険なのですから……」

 「ままま待って下さい!ソフィアは僕が無理矢理連れていったんです!」

 ソフィアは目を丸くした。ネビルが、マクゴナガル相手にここまで強気な発言をするとは思っていなかったからだ。マクゴナガルもマクゴナガルで、自分が知っているネビルと今の差に驚いている様子なのが伝わってくる。

 「言ったはずです。どんな事情があっても夜に寮を抜け出す権利は一切ないと」

 ネビルはがくりと項垂れ、小声で「ごめんね…ソフィア…」と呟いた。

 「…ですが、ミス・エムリスに限り減点は無しとし、罰則のみとします」

 項垂れていたネビルは、それに頭を上げ顔に笑みを浮かべながら「ありがとうございます!」と勢いよく言った。その姿を見て、ソフィアは思わず泣きそうになってしまった。まさかネビルが自分を庇う行動に出るとは思ってもいなかったし、マクゴナガル相手に怯んではいても、はっきりした口調で自分の意見を述べるなんて。こんな張り詰めた空気の中でそれを言えるネビルの優しさが、凄く嬉しかった。

 「ミスグレンジャー、ミスターポッター、ミスターロングボトム。それぞれ50点減点です」

 1人50点の減点とは思ってもみなかったハーマイオニーは「先生…お願いですから……」と声を震わせた。

 「そんな、ひどい……」
 「ポッター、ひどいかひどくないかは私が決めます。さあ、皆さんベッドに戻りなさい。グリフィンドールの寮生をこんなに恥ずかしく思ったことはありません」

 一晩で150点を失ったグリフィンドールは最下位に落ちてしまった。


 「ソフィア、ごめんね?僕のせいで……」

 寮へ戻る道すがら、ネビルは再びどんより落ち込んだ顔でそう言った。減点は免れたとて、結果的にソフィアまで罰則を受ける羽目になったことを思い出したらしい。

 「ううん…減点されずに済んだのはネビルのおかげ。ありがとう」
 「いや、いいんだ…。罰則、頑張ろうね…」

 ネビルは疲れが一気に押し寄せたらしく、そう言うとフラフラとした足取りで先に歩いていった。それから、ハリーはなにがあったのかを話してくれた。その隣ではハーマイオニーが嗚咽を漏らしながら泣いている。

 ハグリッドからドラゴンを預かり天文台に行くまでは順調だったのだが、天文台ではハリー達を待ち構えていたらしいマルフォイがマクゴナガルに見つかり罰則を言い渡されていたらしい。ハリー達には透明マントがあったのでそこでは見つからなかったのだが、ドラゴンを無事ドラゴン使いの人達に託した後、寮に戻る途中でフィルチに見つかってしまったらしく、そこで透明マントを天文台に忘れてきてしまったことに気付いたようだ。

 「明日の朝が怖い……」

 涙をぼろぼろ流しながら言うハーマイオニー。各寮の得点を記録している大きな砂時計の砂が大幅に減っているのを見た生徒は、当然怒るだろう。けれど、それに関わった生徒がハリー達であることは分からないだろうと慰めたが、ハーマイオニーの目から涙が止まることはなかった。

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