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 昨日ハーマイオニーに、大幅な減点に関わった生徒が誰なのかは分からないはずだと慰めたが、それは大きな間違いで。何故か、それがハリーと仲間達であるという噂が流れていた。

 今までのクィディッチでの活躍で結構な人気を博していたハリーは、今や殆どの生徒を敵に回したと言っても過言はなかった。レイブンクローやハッフルパフでさえも、ハリーに冷たい視線を浴びせてくる。みんな、スリザリンから寮杯が奪われるのを楽しみにしていたのだ。

 どこへ行っても、皆がハリーを指差し、声を低めることもせず、おおっぴらに悪口を言った。一方スリザリン寮生は、ハリーが通るたびに拍手し、「ポッター、ありがとうよ。借りができたぜ!」とはやしたてた。

 「数週間もすれば、みんな忘れるよ。フレッドやジョージなんか、ここに入寮してからズーッと点を引かれっぱなしさ。それでもみんなに好かれてるよ」
 「だけど1回で150点も引かれたりはしなかったろう?」
 「うん...それはそうだけど」

 ロンも認めざるを得なかった。ハーマイオニーとネビルは、ハリーほど風当たりは強くなかったが、話しかけようとする生徒はいなかった。授業中、進んで発言していたハーマイオニーだったが、皆の注目を引くのを恐れたのか、俯いたまま黙々と勉強していた。

 試験を一週間後に控えたある日、先に図書室に行っているロンとハーマイオニーに合流すべく、ハリーとソフィアは図書室に向かって歩いていた。その時、ハリーがとんでもないことを口にした。

 「僕、ウッドにチームを辞めさせて欲しいって言ったんだ」
 「ど…どうしてっ…」
 「あんなに点数を減らした責任を感じたから。だけどウッドはダメだって。クィディッチで勝たなければ、どうやって寮の点を取り戻すんだって言われたよ」

 ハリーはあんなに楽しかったクィディッチが楽しくないのだと漏らした。練習中、選手達はハリーに話し掛けようとしないらしく、どうしてもハリーと話をしなければならない時はシーカーとしか呼ばないのだそう。

 「もう二度と関係のないことに首を突っ込むのはやめる。もうたくさんだ…」

 だがその決意を揺るがす事件がたった今起こった。今し方通り過ぎた教室から、誰かの泣き声が聞こえてきて、近寄ってみるとそれはクィレルの泣き声だったから。

 「ダメです……ダメ………もうどうぞお許しを………」

 明らかに脅されているのだと分かるそれに、ハリーとソフィアは更に扉に近寄った。

 「分かりました……分かりましたよ……」

 クィレルの啜り泣く声と共に聞こえてきた足音に、ハリーとソフィアは急いで扉から離れた。隠れる所などなかったので、廊下の端で身を寄せることしかできなかったが、ターバンを直しながら出てきたクィレルは急いでいたようで、ハリー達に気付くことはなかった。

 「きっとスネイプに脅されていたんだよ」

 ハリーはそう言って教室を覗いたが誰もいない。

 「あそこのドアが開いてる…。きっとスネイプは、あそこから出て行ったんだよ」
 「本当だ…」

 反対側の扉を指差しながら言ったハリー。もう二度と関係ないことに首を突っ込まないと言ったことはもう頭にないのだろう。それから二人は、図書室にいるロンとハーマイオニーの所へ行き、見聞きしてきた出来事を二人に話した。

 「それじゃ、スネイプはとうとうやったんだ!クィレルが闇の魔術に対する防衛術を破る方法を教えたとすれば……」
 「でもまだフラッフィーがいるわ」
 「もしかしたら、スネイプはハグリッドに聞かなくてもフラッフィーを突破する方法を見つけたかもしれないな」

 周りにある何千冊という本を見上げながら、ロンが言った。

 「これだけの本がありゃ、どっかに三頭犬を突破する方法だって書いてあるよ。どうする?ハリー」

 ロンの目には冒険心が再び燃え上がっていた。しかし、ハリーよりも素早くハーマイオニーが答えた。

 「ダンブルドアのところへ行くのよ。ズーッと前からそうしなくちゃいけなかったのよ。自分達だけで何とかしようとしたら、今度こそ退学になるわ」
 「だけど、証拠がないよ…」
 「そうだよ、ソフィアの言うとおりだ。クィレルは怖気づいて、僕達を助けてはくれない。スネイプは、ハロウィンの時トロールがどうやって入ってきたのか知らないって言い張るだろうし、あの時四階になんて行かなかったってスネイプが言えばそれでおしまいさ…。皆どっちの言うことを信じると思う?それに、僕達は石のこともフラッフィーのことも知らないはずなんだ。これは説明しようがないだろう」

 ハーマイオニーは納得した様子だったが、ロンは粘った。

 「ちょっとだけ探りを入れてみたらどうかな……」
 「だめだ。僕達、もう十分に探りを入れすぎてる」

 ハリーはきっぱりとそう言い切って教科書を開いたが、内心では勉強にも身が入らないほどに気になっているのだろうと、教科書が逆さまであるのにも気付かないハリーを見てソフィアは思った。

***

 翌朝。大広間で朝食を取っていると、ハリー、ハーマイオニー、ソフィア、ネビルに同じ内容の手紙が届いた。

 『処罰は今夜11時に行います。玄関ホールでミスター・フィルチが待っています。マクゴナガル教授』

 減点のことでいっぱいで、罰則があることを忘れていたとハリーは肩を落としていた。
 夜11時、三人は談話室でロンに別れを告げ、ネビルと一緒に玄関ホールへ向かった。フィルチはもう来ていた。そしてマルフォイも。

 「ついて来い」

 フィルチはランプを灯し、先に外に出た。

 「規則を破る前に、よーく考えるようになったろうねぇ。どうかね?」

 フィルチは意地の悪い目つきで、それぞれの顔を見ながら言った。

 「ああ、そうだとも…私に言わせりゃ、しごいて痛い目を見せるのが一番の薬だよ。昔のような体罰がなくなって、まったく残念だ…。手首を括って天井から数日吊したもんだ。いまでも私の事務所に鎖は取ってあるがね…。万一必要になった時に備えてピカピカに磨いてあるよ。よし、出かけるとするか。逃げようなんて考えるんじゃないぞ。そんなことしたらもっとひどいことになるからねぇ」

 真っ暗な校庭を横切って一行は歩いた。月は晃々と明るかったが、時折さっと雲がかかり、辺りを闇にした。行く手にハグリッドの小屋の窓の明かりが見え、ハグリッドの大声が聞こえた。

 「フィルチか?急いでくれ。俺はもう出発したい」

 ハリー、ハーマイオニー、ネビルがハグリッドと一緒だということにほっとしたような表情を見せたのも束の間、
フィルチの、これから行くのは森の中発言にハリー、ソフィア、ハーマイオニーは固まり、ネビルは低い呻き声を上げ、マルフォイもその場で固まったまま動かなくなった。そう。これから行くのは禁じられた森。そこで負傷したユニコーンを探すというらしい。

 「森だって?そんなところに夜行けないよ…それこそ色んなのがいるんだろう?狼男だとか、そう聞いてるけど」

 マルフォイの声は冷静さを失っていた。ネビルはハリーのローブの袖をしっかり握り、ヒィーッと息を詰まらせた。ハグリッドがファングをすぐ後ろに従えて暗闇の中から大股で現れた。大きな石弓を持ち、肩に矢筒を背負っている。

 「もう時間だ。俺はもう30分くらいも待ったぞ。ハリー、ハーマイオニー、ソフィア、大丈夫か?」
 「こいつらは罰則を受けにきたんだ。あんまり仲良くするわけにはいきませんよねぇ、ハグリッド」
 「それで遅くなったと、そう言うのか?説教を垂れてたんだろう。え?説教するのはおまえの役目じゃなかろう。おまえの役目は終わりだ。ここからは俺が引き受ける」
 「夜明けに戻ってくるよ。こいつらの体の残ってる部分だけ引き取りにくるさ」

 フィルチは嫌みたっぷりに言い城に帰って行った。

 「僕は森には行かない」

 マルフォイがハグリッドに言った。恐怖で声が慄いている。

 「ホグワーツに残りたいなら行かねばならん。悪いことをしたんじゃから、その償いをせにゃならん」
 「でも、森に行くのは召使いのすることだよ。生徒にさせることじゃない。同じ文章を何百回も書き取りするとか、そういう罰だと思っていた。もし僕がこんなことをするって父上が知ったら、きっと……」
 「書き取りだって?へっ!それがなんの役に立つ?役に立つことをしろ、さもなきゃ退学しろ。お前の父さんが、お前が追い出された方がましだって言うんなら、さっさと城に戻って荷物をまとめろ!さあ行け!」

 ハグリッドのその剣幕にマルフォイはたじろぎ口を閉ざした。

 「よーし、それじゃ、よーく聞いてくれ。なんせ、俺達が今夜やろうとしていることは危険なんだ。みんな軽はずみなことをしちゃいかん。しばらくは俺について来てくれ」

 ハグリッドはそう言うと、先頭に立って歩き始めた。そして、森のはずれまでやってきた時ランプを高く掲げ、暗く生い茂った木々の奥へと消えていく細い曲がりくねった獣道を指差した。

 「あそこを見ろ。地面に光った物が見えるか?銀色の物が見えるか?ユニコーンの血だ。何者かにひどく傷つけられたユニコーンがこの森の中にいる。今週になって二回目だ。水曜日に最初の死骸を見つけた。みんなで可哀想なやつを見つけ出すんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん」
 「ユニコーンを襲ったやつが、先に僕達を見つけたらどうするんだい?」

 マルフォイは恐怖を隠しきれない声で聞いた。

 「俺やファングと一緒におれば、この森に棲むものは誰もお前達を傷つけはせん。道を外れるなよ。よーし、では二組に分かれて別々の道を行こう。そこら中血だらけだ。ユニコーンは少なくとも昨日の夜からのたうち回ってるんじゃろう」

 マルフォイは「僕はファングと一緒がいい」と、ファングの長い牙を見て急いで言った。

 「よかろう。断っとくが、そいつは臆病だぞ。そんじゃ、ハーマイオニーとネビルは俺と一緒に行こう。ハリーとソフィアとドラコはファングと一緒に別の道だ。もしユニコーンを見つけたら緑の光を打ち上げる、いいか?杖を出して練習しよう。それでよし。もし困ったことが起きたら、赤い光を打ち上げろ。みんなで助けに行く。じゃ、気をつけろよ…出発だ」

 森は真っ暗で静まり返っていた。少し歩くと道は二手に分かれており、ハグリッド達は左の道を、ハリー達は右の道を歩き始めた。森の奥深くへ、三十分も歩いたころ、木立ちがビッシリと生い茂り、もはや道を辿ることは不可能になってきた。ハリーには、血の滴り具合も濃くなってきているように思えた。木の根元に大量の血が飛び散っており、傷ついた哀れな生き物がこの辺りで苦しみ、のた打ち廻ったかのようだった。樹齢何千年の樫の古木の枝が絡み合うその向こうに、開けた平地が見えた。

 「見て…」

 ハリーは腕を伸ばしてマルフォイを制止しながら呟きました。ソフィアもハリーの指差す方を見る。地面に、純白に光り輝くものが見えた。二人は更に近付く。

 まさにユニコーンが、死んでいた。ハリーとソフィアは、こんなに美しくこんなに悲しい生物を見たことがない。その長くしなやかな脚は、倒れたその場でバラリと投げ出され、その真珠色に輝くたてがみは暗い落葉の上に広がっていた。ハリーがユニコーンに近付こうとしたその時、ズルズルと滑るような音が聞こえてきた。

 平地の端しのところが揺れる。そして、暗がりの中から、頭をフードでスッポリ包んだ何者かが、まるで獲物を漁る獣のように地面を這ってきたのだ。ハリー、ソフィア、マルフォイ、そしてファングは金縛りにあったかのように立ちすくむ。マントを着たその影は、ユニコーンの傍に近付き、身体を屈めると、傷口からその血を飲み始めたのだ。

 「ぎゃぁああああ!!」

 ついにマルフォイが絶叫して逃げ出し、ファングも一緒に逃げ出した。フードに包まれた影が頭を上げ、ハリーを真正面から見据える。その顔からは、ユニコーンの血が滴り落ちていた。その影は立ち上がり、ハリーに向かってスルスルと近寄ってきた。ハリーは恐ろしさのあまり動けない。その時、今まで感じたことのないほどの激痛がハリーの頭を貫いた。額の傷跡が燃えるな痛さ。目がくらみ、ハリーはヨロヨロと倒れ掛かる。

 「ハリーに近づかないで…っ!」

 ソフィアがやっとの思いで喉から声を出し、前に立ちふさがった。それと同時に、今度は後ろの方から蹄の音が聞こえてきた。それに振り返ると、ちょうどソフィア達の真上を飛び越えた所で。それは明るい金髪に銅はプラチナブロンド、淡い金茶色のパロミノのケンタウルスだった。ケンタウルスは影に向かって突進した。

 「っあ、」

 痛みが増したのだろう。もたれかかってきたハリーの身体を支えながら顔を上げた時には、もうそこにはケンタウルスしかいなかった。

 「怪我はないかい?」
 「はい…ありがとう御座いました。あの…あれは何だったんですか…?」

 ソフィアはハリーは身体を正しながら言った。だが、ケンタウルスは何も答えない。まるで淡いサファイアのような青い瞳で、ハリーとソフィアを観察している。その瞳がハリーの額の傷を捉えた。

 「早くハグリッドのところに戻った方がいい。今、森は安全じゃない…特に君にはね。私に乗れるかな?その方が速いから」

 前足を曲げ体を低くして2人が乗りやすいようにしながら、名はフィレンツェだと言った。フィレンツェはさっと向きを変え、木立の中に飛び込んだ。二人は振り落とされないように、必死でしがみついた。

 「さっき君は、今森は安全じゃない、特に僕には…そう言ったよね?あなたはいったい何から僕を救ってくれたの?」

 フィレンツェはスピードを落とし、並足になった。低い枝にぶつからないよう頭を低くしているように注意はしたが、ハリーの質問には答えなかった。黙ったまま、木立の中を進んでいたが、ひときわ木の生い茂った場所を通る途中、フィレンツェが突然立ち止まり、口を開いた。

 「ハリー・ポッター、ユニコーンの血が何に使われるか知っていますか?」

 ハリーは突然の質問に驚きながらも「ううん」と答えた。

 「ユニコーンを殺すなんて非常きわまりないことなんです。これ以上失うものは何もない、しかも殺すことで自分の命の利益になる者だけが、そのような罪を犯す。ユニコーンの血は、たとえ死の淵にいる時だって命を長らえさせてくれる。でも恐ろしい代償を払わなければならない。自らの命を救うために、純粋で無防備な生物を殺害するのだから、得られる命は完全な命ではない。その血が唇に触れた瞬間から、そのものは呪われた命を生きる、生きながらの死の命なのです」

 フィレンツェの髪は月明かりで銀色の濃淡を作り出していた。

 「いったい誰がそんなに必死に?永遠に呪われるなら、死んだ方がましだと思うけど。違う?」
 「そのとおり。しかし、他の何かを飲むまでの間だけ生き長らえればよいとしたら。完全な力と強さを取り戻してくれる何か。決して死ぬことがなくなる何か。ポッター君、今この瞬間に、学校に何が隠されているか知っていますか?」
 「賢者の石……そうか、命の水だ!だけどいったい誰が」
 「力を取り戻すために長い間待っていたのは誰か、思い浮かばないですか?命にしがみついて、チャンスをうかがってきたのは誰か?」
 「それじゃ………僕が、今見たのはヴォル――」

 ハリーの言葉が途切れたのは「ハリー!ソフィア!大丈夫なの!?」と、ハーマイオニーが道の向こうから駆けてきたから。その後ろにはハグリッドもいた。

 「僕は大丈夫だよ」
 「…ハグリッド、森の奥の開けたところでユニコーンが死んでるの…」
 「ここで別れましょう。君達はもう安全だ」

 ハグリッドがユニコーンを確かめに急いで森の奥へ戻っていくのを見ながら、フィレンツェが呟いた。ソフィアとハリーはフィレンツェの背中から滑り降りた。

 「幸運を祈りますよ、ハリー・ポッター。それと、」
 「ソフィア・エムリスです。本当にありがとうございました…助かりました」
 「気になさらないで。…友人の子を守るのは当然ですから」

 フィレンツェがソフィアに聞こえるだけの小さな声でそう呟いた。

 「…っ、それは…」

 何かを悟ったソフィアが続きを言う前に、フィレンツェは森の奥深くへ緩やかに走り去った。色々なことが一気に起こった真夜中の罰則はやっと終わりを告げ、皆が皆疲労の色を濃くしていた。校舎へ戻る足取りはソフィアにはとても重く感じた。

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