34

 談話室に戻ってくると、ソファでロンは寝ていた。帰りを待っているうちに寝てしまっていたよう。ハリーが乱暴に揺り動かして起こそうとした時、クィディッチだのファウルだのと寝言を叫んだ。しかしハリーがハーマイオニーと一緒に、森であったことを話すうちにロンはすっかり目を覚ました。ハリーはまだ震えが止まっておらず、ソファに座ることもせず、暖炉の前を行ったり来たりした。

 「スネイプはヴォルデモートのためにあの石が欲しかったんだ…ヴォルデモートは森の中で待ってるんだ…。
僕達、今までずっと、スネイプはお金のためにあの石が欲しいんだと思っていた……」
 「その名前を言うのはやめてくれ!」

 そのロンの叫びはハリーの耳には入らない。

 「ヴォルデモートはユニコーンの血で、生き長らえていたんだ。スネイプが石を手に入れヴォルデモートに渡したら、ヴォルデモートは復活してしまう」
 「頼むからその名前を言わないで!」
 「ハリー、ダンブルドアはあの人が唯一恐れている人だって、みんなが言ってるじゃない」
 「校長先生が石を守っている限り…スネイプ先生は手も出せないよ」

***

 いつのまにかじわじわと数日が過ぎ、試験の日を迎えた。試験用に、カンニング防止の魔法がかけられた特別な羽ペンが配られた。実技試験では、フリットウイックは生徒を一人ずつ教室に呼び入れ、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせられるかどうかを試験した。マクゴナガルの試験は、ねずみを嗅ぎたばこ入れに変えることで、美しい箱は点数が高く、髭の生えた箱は減点された。スネイプは、忘れ薬の調合をさせた。生徒のすぐ後ろに回ってまじまじと監視するので、緊張し手元が狂って失敗する生徒が続出した。最後の試験、魔法史を終えると四人は校庭にやってきた。

 ハーマイオニーはいつものように、試験の答え合わせをしたがったが、ロンがそんなことをすると気分が悪くなると言ったので、四人は湖までブラブラ降りて行き、木陰に寝転んだ。双子とリーが、暖かな浅瀬で日向ぼっこをしている大イカの足をくすぐり遊んでいた。

 「もう復習しなくてもいいんだ」

 ロンが草の上に大の字になりながら嬉しそうに息をついた。

 「ハリー、もっと嬉しそうな顔しろよ。試験でどんなにしくじったって、結果が出るまでまだ1週間もあるんだ。いまからあれこれ考えたってしょうがないだろ」
 「いったいこれはどういうことなのか分かればいいのに!ズーッと傷がうずくんだ…今までも時々こういうことはあったけど、こんなに続くのは初めてだ」

 ハリーは額をこすりながら、怒りを吐き出すように言った。

 「マダム・ポンフリーのところに行った方がいいわ」
 「僕は病気じゃない。きっと警告なんだ、何か危険が迫っている証拠なんだ」
 「ハリー、リラックスしろよ。ハーマイオニーとソフィアの言うとおりだ。ダンブルドアがいるかぎり、石は無事だよ。スネイプがフラッフィーを突破する方法を見つけたっていう証拠はないし。いっぺん脚を噛み切られそうになったんだから、スネイプがすぐにまた同じことをやるわけないよ。それに、ハグリットが口を割ってダンブルドアを裏切るなんてあり得ない。そんなことが起こるくらいなら、ネビルはとっくにクィディッチ世界選手権のイングランド代表選手になってるよ」

 ハリーは頷いたが、何か大変なことを忘れている気がしてならないと、思い出すかのように頭に手をやった。

 「それって試験のせいよ。私も昨日夜中に目を覚まして、変身術のノートのおさらいをしたのよ。半分ぐらいやった時、この試験はもう終わったってことを思い出したの」

 その時、ハリーは突然立ち上がった。
 
 「…ハリーどこに行くの?」
 「今、気づいたことがあるんだ」

 ハリーの顔は真っ青だった。

 「すぐハグリットに会いにいかなくちゃ」
 「どうして?」

 ハリーに追いつこうと、息を切らしながらハーマイオニーが聞いた。

 「おかしいと思わないか?」

 草の茂った斜面をよじ登りながらハリーが言った。

 「ハグリットはドラゴンが欲しくてたまらなかった。でも、いきなり見ず知らずの人間が、たまたまドラゴンの卵をポケットに入れて現れるかい?魔法界の法律で禁止されているのに、ドラゴンの卵を持ってうろついている人がざらにいるかい?ハグリットにたまたま出会ったなんて話がうますぎると思わないか?どうして今まで気付かなかったんだろう」

四人がハグリッドの小屋の前まで来ると、ハグリッドは小屋の外にいて、肘掛け椅子に腰掛け、大きなボウルを前に置いて、豆のさやをむいていた。

 「よう。試験は終わったかい。お茶でも飲むか?」
 「ううん。僕達急いでるんだ。ハグリッド、聞きたいことがあるんだけど。ノーバートを賭けで手に入れた夜のこと覚えてるかい?トランプをした相手って、どんな人だった?」
 「わからんよ。マントを着たままだったしな」

 絶句してるハリー達。そんな四人を見て、ハグリッドは眉をちょっと動かしながら言った。

 「そんなに珍しいこっちゃない。ホッグズ・ヘッドなんてとこにゃ、村のパブだがな、おかしなやつがウヨウヨしてる。もしかしたらドラゴン売人だったかもしれん。そうじゃろ?顔も見んかったよ。フードをすっぽりかぶったままだったし」

 ハリーは豆のボウルのそばにへたり込んでしまった。

 「ハグリッド。その人とどんな話をしたの??ホグワーツのこと、何か話した?」 
 「話したかもしれん」

 ハグリッドは思い出そうとして顔をしかめた。

 「うん……俺が何をしているのかって聞いたんで、森番をしているって言ったな。そしたらどんな動物を飼ってるかって聞いてきたんで、それに答えて、それで、ほんとはズーッとドラゴンが欲しかったって言ったな。それからはあんまり覚えとらん。なにせ次々酒をおごってくれるんで、そうさなぁ…うん、それからドラゴンの卵を持ってるけどトランプで卵を賭けてもいいってな。でもちゃんと飼えなきゃだめだって、どこにでもくれてやるわけにはいかないって。だから言ってやったよ。フラッフィーに比べりゃ、ドラゴンなんか楽なもんだって」
 「それで、そ、その人はフラッフィーに興味があるみたいだった?」

ハリーはなるべく落ち着いた声で聞いた。

 「そりゃそうだ。三頭犬なんて、たとえホグワーツだって、そんなに何匹もいねぇだろう?だから俺は言ってやったよ。フラッフィーなんか、なだめ方さえ知ってれば、お茶の子さいさいだって。ちょいと音楽を聞かせればすぐネンネしちまうって……」

 ハグリッドは突然、しまった、という顔をした。

 「お前達に話しちゃいけなかったんだ!」

 ハグリッドは慌てて言ったが、もうハリー達は走り出していた。

 「忘れてくれ!おーい、みんなどこに行くんだ?」

 玄関ホールに着くまで、互いに一言も口を聞かなかった。校庭の明るさに比べると、ホールは冷たく陰気に感じられた。

 「ダンブルドアのところに行かなくちゃ。ハグリッドが怪しいやつに、フラッフィーをどうやって手懐けるか教えてしまった。マントの人物はスネイプかヴォルデモートだったんだ…ハグリッドを酔っぱらわせてしまえば、後は簡単だったに違いない。ダンブルドアが僕達の言うことを信じてくれればいいけど…」
 「そこの四人、こんなところで何をしているの?」

 ホールの向こうから声が響き振り返ると、山のように本を抱えたマクゴナガルがそこにいた。

 「ダンブルドア先生にお目にかかりたいんです」
 「校長先生にお目にかかる?」

 マクゴナガルは、訝しげにハーマイオニーを見た。

 「ダンブルドア先生は10分前にお出かけになりました」

 マクゴナガルは相手にしていられないとでも言いたげに冷たく言った。

 「魔法省から緊急のフクロウ便が来て、すぐにロンドンに飛び発たれました」
 「先生がいらっしゃらない?この肝心な時に?」
 「ポッター。ダンブルドア先生は偉大な魔法使いですから、大変ご多忙でいらっしゃる」
 「でも、重大なことなんです」
 「ポッター。魔法省の件よりあなたの用件の方が重要だというんですか?」
 「実は…」

 ハリーは慎重さをかなぐり捨てて言った。

 「先生…賢者の石の件なのです」

 この答えだけは、さすがのマクゴナガルにも予想外だったらしく、マクゴナガルの手からバラバラと本が落ちた。

 「どうしてそれを……?」

 マクゴナガルは本を拾おうともせず、しどろもどろになっていた。

 「先生、僕の考えでは、いいえ、僕は知ってるんです。スネ―...いや、誰かが石を盗もうとしています。どうしてもダンブルドア先生にお話ししなくてはならないのです」

 マクゴナガルは驚きと疑いの入り交じった目をハリーに向けていたが、しばらくして、やっと口を開いた。

 「ダンブルドア先生は、明日お帰りになります。あなた方がどうして、あの石のことを知ったのか分かりませんが、安心なさい。磐石の守りですから、誰も盗むことはできません」
 「でも先生、」
 「ポッター。二度同じことは言いません」

 マクゴナガルはきっぱりと言った。

 「四人とも外に行きなさい。せっかくのよい天気ですよ」

 マクゴナガルは本を拾い集めると、来た道を戻っていった。

 「今夜だ」

 マクゴナガルが声の届かない所まで行くのを待って、ハリーが言った。

 「スネイプが仕掛け扉を破るなら今夜だ。必要なことは全部分かったし、ダンブルドアも追い払ったし。スネイプが手紙を送ったんだ。ダンブルドア先生が顔を出したら、きっと魔法省じゃキョトンとするに違いない」
 「でも私達に何ができるって……」

ハーマイオニーは突然息を呑み、ソフィア達はその視線を辿った。そこにはスネイプが立っておりその近さにソフィアは驚いた。

 「諸君、こんな日には室内にいるもんじゃない。もっと慎重に願いたいものですな。こんなふうにうろうろしているところを人が見たら、何か企んでいるように見えますぞ。グリフィンドールとしては、これ以上減点される余裕はないはずだろう?」

 とってつけたような笑みを貼り付けるスネイプ。四人が外に出ようとすると、スネイプが呼び止めた。

 「ポッター、警告しておく。これ以上夜中にうろついているのを見かけたら、我輩が自ら君を退校処分にするぞ。さぁもう行きたまえ」

 そう言いスネイプは黒く長いマントを翻し、ハリー達の元を去って行った。

 「ハリー、どうする?!」
 「…今夜行こう。石をアイツ等より先に見つけ出す」

 ハリーの青白い顔に瞳が燃えていたように見えた。

ALICE+