35
夕食のあと、談話室で三人は落ち着かない様子で皆から離れたところに座っていた。誰ももう四人のことを気にとめる様子はない。グリフィンドール寮生は、もうハリーに口を利かなくなっていたのだ。ハーマイオニーとソフィアは、これから突破しなければならない呪いを一つでも見つけようとしてノートをめくっている。ハリーとロンは黙りがちだった。二人とも、これから自分たちがやろうとしていることに考えを巡らしていた。
寮生が少しずつ寝室へと向かいはじめたので、談話室は人の気配が無くなってきていた。「マントを取って来たら」ロンが囁くと、最後に残っていたリー・ジョーダンが伸びをして欠伸をしながら出て行くのが見えた。ハリーは階段を駆け上がり、暗い寝室に向かった。『透明マント』を引っ張り出すと、ハグリッドがクリスマス・プレゼントにくれた横笛がふと目にとまる。
フラッフィーの前で吹くことにしようと思い、笛をポケットに入れた。とても歌う気持ちにはなれそうにもなかったから。ハリーは談話室に駆け戻った。
「ここでマントを着てみたほうがいいな。四人全員隠れることが出来るかどうか確かめてみよう。もしも、足が一本でもはみ出して歩き廻っているのを管理人のフィルチにでも見つかったら――」
「きみたち、何してるの?」
突然、部屋の隅から声が聞こえてきた。ネビルが肘かけ椅子の陰から現われたのだ。自由を求めてまた逃亡したような顔のヒキガエルのトレバーをしっかりと掴んでいる。
「なんでもないよ、ネビル。なんでもない」
ハリーは急いでマントを後ろに隠す。しかしネビルは、四人の後ろめたそうな顔を見つめた。
「また外に出るんだろ」
「ううん。違う、違うわよ。出てなんか行かないわ。ネビル、もう寝たら?」
ハーマイオニーが優しく言うがネビルには伝わっていない様子。ハリーは扉の脇の大きな柱時計を見た。もう時間があまりない。スネイプが今にもフラッフィーに音楽を聴かせて眠らせているかもしれないのだ。
「外に出ちゃいけないよ。また見つかったら、グリフィンドールはもっと大変なことになるぼ、ぼ、ぼ…僕!闘うぞ!」
ネビルはボクシングの構えの真似事をしながら、ハリーたちの前に立ちふさがる。そこにハーマイオニーが一歩進み出た。
「ネビル。本当に、本当にごめんなさい」
そう言うハーマイオニーは、杖を振り上げ、
「ペトリフィカス・トータラス」
魔法をかけた途端、ネビルの両腕が身体の脇にピタッと貼り付いた。身体が固くなり、その場でユラユラと揺れて、まるで一枚板のようにうつ伏せにバッタリと倒れてしまった。それを見た四人は驚き、ロンが一言言う。
「キミってたまにコワイよね。…凄すぎて恐いよ」
「…行こう」
「…ごめんね」
「あとできっとわかるよ。ネビル」
ソフィアが謝り、ロンがネビルの前を通り過ぎる時に言った。その後、四人はネビルを跨ぎ、透明マントを被った。
***
まもなく、三人は『四階の廊下』に辿り着いた。扉は、すでに少し開いている。
「ほら、やっぱりだ。スネイプはもうフラッフィーを突破したんだ」」
開いたままの扉を見ると、四人は改めて自分たちのこれからすることが何なのかを思い知らされた気がした。ハリーは扉を押し開けると、低いグルグルという唸り声が聴こえてきた。三つ頭の犬の鼻が、姿の見えない四人の居る方向を狂ったように嗅ぎ廻っていたのだ。
「犬の足元にあるのは何かしら」
「ハープみたいだ」
「きっと音楽が止んだ途端に、起きてしまうんだ。さあ、はじめよう」
ハリーはハグリッドにもらった横笛を唇にあてて吹きはじめた。メロディーともいえないものだったが、最初の音を聞いたときからすぐに、三つ頭の犬はトロンとし始めたのだ。ハリーは、息も継がずに吹いた。段々と犬の唸り声が消えていき、ヨロヨロッとしたかと思うと、膝をついて座り込み、ゴロンと床に横たわる。グッスリと眠り込んだのだ。
四人が『透明マント』を抜け出して、ソフィアも結晶から元に戻り、ソーッと仕掛け扉のほうに移動する時、「吹き続けてくれ」と、ロンが念を押しました。犬の巨大な頭に近付くと、熱くて臭い鼻息が掛かった。
「扉は引っ張れば開くと思うよ。ハーマイオニー、先に行くかい?」
「いやよ!」
「ようし」とロンが言って、歯を喰いしばって、慎重に犬の足を跨ぐ。屈んで仕掛け扉の引き手の輪を引っ張ると、扉が跳ね上がった。
「…何か見える?」
「何んにも…真っ暗だ。降りて行く階段も無い。落ちて行くしかない」
ハリーはまだ横笛を吹いていたが、ロンに手で合図をして、自分自身を指差した。
「きみが先に行きたいのかい?本当に?どのくらい深いかわからないよ。ソフィアに笛を渡して、犬を眠らせておいてもらおう」
ハリーは横笛をソフィアに渡した。ほんの僅かに音が途絶えただけで、犬はグルルと唸り、ぴくぴく動いたが、
ソフィアが吹きはじめると、またすぐ深い眠りに落ちていった。ハリーは犬を乗り越え、仕掛け扉から下を見下ろす。底が見えない。ハリーは穴に入って行って、最後には指先だけで穴の淵にぶら下がった。ロンのほうを見上げて言う。
「もしぼくの身に何か起きたら、追い掛けて来ないで。真っ直ぐに梟小屋に行って、ダンブルドア宛にヘドウィグを送るんだ。いいかい?」
「…わかった」
「それじゃ、あとで会おう。出来ればね」
ハリーは手を離した。冷たい湿った空気を切って、下へ、下へ、下へと落ちていく。そして―――ドスン。奇妙な鈍い音を立てて、ハリーは何か柔らかい物の上に着地できた。ハリーは座り直し、まだ目が暗闇に慣れていなかったので、あたりを手探りで触ってみる。何か植物のようなものの上に座っているような感じだ。
「オーケーだよ!軟らかく着陸できる。飛び降りても大丈夫だ!」
切手ぐらいの小ささに見える入口の穴の明かりに向かってハリーが叫ぶ。するとロンがすぐ飛び降りてきた。ハリーのすぐ隣りに大の字になって着地した。
「これ、なんだい?」
「わかんない。何か植物らしい。落ちるショックを柔らげるためにあるみたいだ。次にハーマイオニー、おいでよ」
今度はハーマイオニーが悲鳴を上げつつも着地する。それを確認してハリーが叫ぶ。
「ソフィア!いいよ!」
遠くのほうで聞こえていた笛の音が止み、三つ頭の犬が大きな声で吠えたときには、ソフィアはハリーの脇に着地していた。
「…こ、怖かった…」
「ここって、学校の何マイルも下に違いないわ」
「この植物のお陰で、本当にラッキーだった」
「ラッキーですって!二人とも自分を見てご覧なさいよ!」
ハーマイオニーは、弾けるように立ち上がり、ジトッと湿った壁のほうに行こうともがき始めた。ソフィアが着地した途端、植物のツルがヘビのように足首に絡み付いてきたのだ。気づかないうちにハリーとロンの脚は長いツルで固く締め付けられていた。
ハーマイオニーとソフィアは、植物がまだ固く巻き付く前だったのでなんとか振りほどいた。ハリーとロンがツルと格闘し彼らが振りほどこうとすればするほど、ツルはますますきつく、素早く二人に巻き付いてくるのだった。
「動かないで!私、知ってる!これ「悪魔の罠」だわ!」
ハーマイオニーが叫ぶ。
「ああ。何て名前か知ってるなんて、大いに助かるよ」
ロンが首に巻き付こうとするツルから逃れようとして、のけぞりながら唸る。
「黙ってて。どうやってやっつけるか思い出そうとしてるんだから!」
「早くして、もう息が出来ないよ!」
ハリーは胸に巻きついたツルと格闘しつつ喘いだ。ソフィアも必死で自分の頭の中にある、授業の記憶を探り出す。
「『悪魔の罠』、『悪魔の罠』…スプラウト先生は何て言ったっけ?暗闇と湿気を好み………火をつければいいんだわ!」
ハーマイオニーがが咄嗟に思いつくと、杖を取り出して何か呟きながら杖を振った。 すると、スネイプ先生に仕掛けたのと同じ青い色の炎が植物めがけて噴射した。草が光りと熱ですくみ上がり、二人の身体を締めつけていたツルが、見るみるほどけていったのだ。草が身をよじり、へなへなとほぐれたので、二人はツルを振り払って自由の身になれた。
「ありがとう、ハーマイオニー。『薬草学』をちゃんと勉強していてくれて』
ソフィアやハリー達がお礼を言うと、彼女は照れたように「どういたしまして」と答えた。