38
ハリーは最後の部屋に入っていった。すでに誰かがそこに居るようだ……しかし、それはスネイプではない。ヴォルデモートでもない。そこに居たのは、クィレル先生だったのだ。
「あなたが…!?」
ハリーは息を飲む。クィレルは、笑いを浮かべていた。その顔はいつもと違い、痙攣などない様子。
「私だ。ポッター、君にここで会えるかもしれないと思っていたよ」
「でも、ぼくは…スネイプだとばかり…」
「セブルスか?」
クィレル先生は笑っているが、いつものかん高い震え声ではなく、冷たく鋭い笑い声だ。
「確かに、セブルスはまさにそんなタイプに見える。 彼が育ち過ぎたコウモリみたいに飛び廻ってくれたことが、とても役に立った。スネイプの傍に居れば、誰だって、か、かわいそうな、ど、どもりの、ク、クィレル先生を疑いはしないだろう?」
ハリーは信じらなかった。こんなはずは無い。これは間違いだ。
「でも、スネイプはぼくを殺そうとした!」
「いや、いや、いや。殺そうとしたのは私だ。あの『クィデイッチ』の試合で、君の友人のミス・グレンジャーが
スネイプに火を付けようとして急いでいた時、たまたま私にぶつかって私は倒れてしまった。それで、君から目を離してしまったんだ。もう少しで、箒から落としてやれたんだが。君を救おうとして、スネイプが私のかけた呪文を解く反対呪文を唱えてさえいなければ、もっと早く叩き落とせたのだ」
「スネイプが、ぼくを救おうとしていた?」
「そのとおり」
クィレルは冷たく言い放った。
「彼が、次の試合で審判を申し出たのは何故だと思う?私が二度と同じことをしないようにだよ。まったく、おかしなことだ…そんな心配をする必要は無かったのに。ダンブルドアが見ている前では、私は何も出来なかったのだから。他の先生達は全員、スネイプがグリフィンドールの勝利を阻止するために審判を申し出たと思った。スネイプは憎まれ役を進んで申し入れたわけだ…随分と時間を無駄にしたものよ。どうせ今夜、私がおまえを殺すのに」
クィレルが指をパチッと鳴らし、縄がどこからともなく現われてハリーの身体に固く巻き付く。
「ポッター、君はいろんな所に首を突っ込み過ぎた。生かしてはおけない。ハロウィーンの時も学校中を動き廻って。賢者の石を守っているものが何なのかを私が見に行った時に、私の姿を見てしまったかもしれない」
「あなたがトロールを入れたのか!」
「そうだ。私はトロールについては特別な才能がある。残念なことに、あの時、皆がトロールを探して走り廻っていたのに、私を疑っていたスネイプだけが、まっすぐに四階に来て私の前に立ちはだかったのだ。私のトロールが君を殺し損ねたばかりか、三頭犬もスネイプの足を噛み切り損ねた。さあポッター、おとなしく待っているんだ。この興味深い『鏡』を調べなくてはならないのでな」
その時、はじめてハリーはクィレルの後ろに有るものに気が付いた。以前見た「みぞの鏡」があるのだ。
「この鏡が、石を見つける鍵なのだ」
クィレルは鏡の枠をコツコツ叩きながら呟く。
「ダンブルドアなら、こういうものを考え付くだろうと思った。しかし、今頃はロンドンだ…帰って来る頃には、私はとっくに遠くに行ってしまう…」
ハリーに出来ることといえば、とにかくクィレルに話し続けさせ、鏡に集中出来ないようにすることだった。 ハリー自身それしか思い付かなかったのだから。
「僕、あなたが森の中でスネイプと一緒に居るところを見た!」
ハリーが出し抜けに言った。「ああ」と、クィレルは鏡の裏側に廻り込みながらいい加減な返事をする。
「スネイプは私に目をつけていて、私がどこまで知っているのかを確かめようとしていたんだ。初めからずっと私のことを疑っていた。私を威そうとしたんだ…。私にはヴォルデモート卿がついているというのに、それでも脅せると思っていたのだろうかね…」
クィレルは鏡の裏を調べ、また前に廻って、喰い入るように鏡に見入っていました。
「石が見える。ご主人様に差し出している私の姿が見える。…でもいったい石はどこだ?」
ハリーは縄をほどこうともがきましたが、結び目が固くてほどくことが出来ない。何とかして、クィレルの注意を鏡から逸らさなくてはならなかった。
「でもスネイプは、僕のことをずっと憎んでいた」
「ああ、そうだ」クィレルが事もなげに言う。
「まったくそのとおりだ。おまえの父親と彼はホグワーツの同窓だった。知らなかったのか?互いに毛嫌いしていた。だが、おまえを殺そうなんて思わないさ」
「でも二、三日前、あなたが泣いているのを聞いた。スネイプが威しているんだと思った…」
クィレルの顔に、はじめて恐怖がよぎりました。
「時には…ご主人様の命令に従うことが難しいこともある…あの方は偉大な魔法使いだし、私は弱い…」
「それじゃ、あの教室で、あなたは『あの人』と一緒に居たんだ?」
ハリーは息を飲んだ。
「私の行くところ、どこにでもあの方がいらっしゃる」
クィレルが静かに言った。
「世界を旅している時、あの方に出会ったのだ。当時、私は愚かな若輩だったし、善悪について馬鹿げた考えしか持っていなかった。ヴォルデモート卿は、私がいかに誤っているかを教えてくださった。善と悪が存在するのではなく、力と、力を求めるには弱すぎる者とが存在するだけなのだと。それ以来、私はあの方の忠実な下僕になった。もちろんあの方を何度も失望させてしまったが。だから、あの方は私にとても厳しくしなければならなかった」
突然クィレルは震え始めた。身体も声も。
「過ちは簡単に許してはいただけない。グリンゴッツから石を盗み出すのにしくじった時は、とてもご立腹だった。私を罰した……そして、私をもっと間近で見張らないといけないと決心なさった……」
クィレルの声は次第に小さくなっていき、もう最後の方はやっと聞き取れるほどで。恐怖で埋め尽くされているのが蒼白い顔から見て取れた。
「……いったいどうなってるんだ!石は鏡の中に埋まっているのか?鏡を割ってみるか?」
しびれを切らしたらしいクィレルが強硬手段に出ようとしている。ハリーは、めまぐるしくいろいろなことを考えていた。今、何よりも欲しいと考えているのは石だ。 クィレルより先に賢者の石を見つけたいということだ。だから、もし今、鏡を見れば、石を見つける自分の姿が映るはずだ。つまり石がどこにあるのかが見えるはずだ。
クィレルに悟られないように、鏡を見るにはどうしたら良いのだろう?
ハリーは、クィレルに気付かれないように鏡の前に行こうと、左のほうににじり寄って行ったが、縄が足首をきつく縛っていたせいで、つまずいて倒れてしまった。クィレルは、ハリーを無視しブツブツ独り言を言い続けている。
「この鏡は、どういう仕掛けなんだ?どういう使い方をするんだ?ご主人様、助けてください!」
ハリーはゾッとした。別の声が返事をしたのでしたが、その声はクィレル自身から出て来るようだ。
「その子を使うんだ…その子を使え…」
クィレルが突然ハリーのほうを向く。
「分かりました…ポッター、ここへ来い!」
手を一回パンと打つと、ハリーを縛っていた縄がほどけて落ちた。ハリーは、ゆっくりと立ち上がる。
「ここへ来るんだ。鏡を見て何が見えるかを言え」
ハリーは目を閉じて鏡の前に立ち、そこで目を開ける。青白く脅えた自分の姿が目に入る。次の瞬間、鏡の中のハリーが笑い掛けてきた。鏡の中のハリーが、ポケットに手を突っ込むと、血のように赤い石を取り出した。そして、ウインクをするとまたその石をポケットに入れた。するとその途端、ハリーは自分のポケットの中に何か重いものが落ちるのを感じたのだ。