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なぜか信じられないことに、ハリーは石を手に入れてしまったのだ。「どうだ?」と、クィレルが待ち切れずに聞く。

 「何が見える?」

 ハリーは勇気を奮い起こした。

 「僕がダンブルドアと握手しているのが見える」

 もちろん作り話だ。ハリーは顔面蒼白になりながらも、しっかりとした口調で続けた。

 「僕…僕のおかげでグリフィンドールが寮杯を獲得したんだ」
 「こいつは嘘をついている…嘘をついているぞ…」

 クィレルは口を開いていないというのに、彼の方からまたも声が聞こえてきた。

 「ポッター、ここに戻れ!本当のことを言うんだ。いま、何が見えたんだ?」
 「俺様が話す…直に話す…」
 「ご主人様、あなた様はまだ充分に力がついていません!」
 「このためなら…使う力がある…」

ハリーは『悪魔の罠』によってその場に釘付けにされてしまったかのような感じになった。指一本動かせなくなる程にだ。クィレルがターバンをほどく姿を、ハリーは石のように硬くなったまま見ていた。ターバンを被らないクィレルの頭は、奇妙なくらい小さなものだった。クィレルは、その場でゆっくりと身体を後ろ向きにする。

 ハリーは悲鳴を上げそうになった。しかし、声が出ない。クィレルの頭の後ろにもう一つの顔が有ったのだ。ハリーがこれまで見たこともないほどの恐ろしい顔をしている。蝋のように白い顔、ギラギラと血走った目、鼻孔はヘビのような裂け目になっている。

 「ハリー・ポッター…」

 その頭は囁いた。ハリーは後ずさりしようとしたが、足が動かない。

 「このありさまを見ろ。ただの影と霞にすぎない。誰かの体を借りて初めて形になることができる…。しかし、常に誰かが、喜んで俺様をその心に入り込ませてくれる。この数週間は、ユニコーンの血が俺様を強くしてくれた。忠実なクィレルが、森の中で私のために血を飲んでいるところを見ただろう。命の水さえあれば、俺様は自身の体を想像することができるのだ……さて……ポケットにある石をいただこうか」

 ハリーは後ずさる。この頭は知っているのだ、彼が石を持っていることを。

 「バカな真似はよせ」

 ヴォルデモートは低く唸った。

 「命を粗末にするな。俺様の側につけ。さもないとお前もお前の両親と同じ目にあうぞ…二人とも命乞いをしながら死んでいった…」
 「嘘だ!」

 ハリーは声を大にして叫んだ。クィレルはヴォルデモートがハリーを見たままでいられるように、後ろ向きで近づいてきた。

 「胸を打たれることよ…」

 ヴォルデモートは押し殺したような声を出した。

 「俺様はいつも勇気を称える…そうだ、小僧、お前の両親は勇敢だった…俺様はまず父親を殺した。勇敢に戦ったがね。しかしお前の母親は死ぬ必要はなかった。母親はお前を守ろうとしたのだ。母親の死を無駄にしたくなかったら、さあ石をよこせ」
 「やるもんか!」

 ハリーは炎の燃えさかる扉に向かって駆け出したが、「捕まえろ!」と、ヴォルデモートが叫んだ次の瞬間、ハリーはクィレルの手が自分の手首を掴むのを感じた。その途端、針で刺すような鋭い痛みが額の傷跡を貫く。頭が二つに割れるかと思うくらいに。ハリーは悲鳴を上げ、力を振り絞ってもがいた。しかし驚いたことに、クィレルはハリーの手を離したのだ。

 額の痛みが和らいでいく。クィレルがどこに行ったのか、ハリーが周囲を見回すと、クィレルは苦痛に身体を丸め、自分の指を見ていた。見るみるうちに指に火ぶくれが出来ているのだ。

 「捕まえろ!捕まえろ!」

 ヴォルデモートがまたかん高く叫び、クィレルはハリーに飛びかかった。そして、ハリーの足をすくって引き倒し、彼の上にのしかかり両手を首にかけた。クィレルは己の膝でハリーを地面に押さえつけてはいたが、ハリーの首から手を離し、訝しげに自分の手のひらを見つめていた。その手は、もう真っ赤に焼け爛れていて、直視できなかった。

 「ご主人様、やつを押さえていられません…手が…私の手が!」
 「それなら殺せ、愚か者め、始末してしまえ!」

 ヴォルデモートが鋭く叫び、クィレルは手を上げて死の呪いをかけ始めようとする。―――しかし、

 「そうはさせない…っ!」

 鋭く先が尖った氷柱がクィレルに飛ばされる。いつの間にか周りの炎は凍らされており、ソフィアが駆けつけてきていたのだ。クィレルは氷柱を避けようとして呪いがかけられない。

 「小娘ぇえええっっ!」

 クィレルかヴォルデモートかどちらかは分からないが、両方共怒り狂い今にも襲ってきそうな勢いだ。

 「ハリー…手を…使ってっ!」

 ソフィアにはもう叫ぶだけの力は残ってはいなかった。それでもハリーには届いたようで、ハリーは咄嗟に腕を伸ばしクィレルの顔を掴んだ。

 「あああアアァ!!」

 クィレルが転がるようにハリーから離れた。その顔は焼け爛れ、ソフィアは思わず顔を背けた。その反動でソフィアの身体はどさりと倒れ、起き上がれるだけの力はもう残ってはいなかった。ハリーに触れることはできないクィレルに、もうなす術はない。薄れゆく意識の中でソフィアが最後に見たものは、クィレルの腕を捕まえ、力の限り強くしがみついているハリーの姿で。

霞がかった意識の中で、『おまえの行く先は俺様の元だ────それを忘れるでない』
そんな声が聞こえたような気がした。

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