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 ハリーが目を覚ましたのは、医務室のベッドの上で。どうしてここにいるのだろうと浮かぶ疑問は、ダンブルドアが現れたことにより記憶が蘇った。

 「ハリー、こんにちは」

 ハリーは布団を跳ね除けながら起き上がった。

 「先生!石!クィレルだったんです。クィレルが石を持っています。先生!早く…」
 「落ち着いて、ハリー。君は少ーし時間がずれとるよ。クィレルは石をもっとらん」
 「じゃあ誰が?先生、僕…」
 「ハリー、いいから落ち着きなさい。でないと儂がマダム・ポンフリーに追い出されてしまう」

 ハリーは混乱する頭を落ち着かせるように返事をし、ダンブルドアを見つめた。

 「君の友人や崇拝者からの贈り物だよ」

 ベッド脇のテーブルには、山のように積み重なったお菓子の数々。ハリーは目を丸くした。

 「地下で君とクィレル先生との間に起きたことは秘密でな。秘密ということはつまり、学校中が知っているというわけじゃ。君の友達のミスターフレッド、ミスタージョージ・ウィーズリーは、たしかに君にトイレの便座を送ったのう。君がおもしろがると思ったんじゃろう。だが、マダム・ポンフリーがあんまり衛生的でないと言って没収してしまった」
 「僕はここにどのくらいいるんですか?」
 「三日間じゃよ。ミスターロナルド・ウィーズリーとミスグレンジャーは、君が気がついたと知ったらほっとするじゃろう。二人ともそれはそれは心配しておった」

 ハリーはそこで違和感を感じた。何か、大事なことを忘れている気がする、と。

「せ、先生!ソフィアは?ソフィアは無事なんですか!?」

 ハリーは身を乗り出し、ダンブルドアを見た。ダンブルドアはハリーの隣のカーテンで仕切ってあるベッドに視線を移した。

 「ソフィアは、まだ眠っておる。命に別状はないが、まぁ…魔力の使い過ぎじゃな。ハリー、何があったんじゃ?」
 「僕があの部屋に行って、クィレルに呪いをかけられそうになった時…ソフィアが丁度駆けつけてくれて…それで…」

 ダンブルドアは目を見開き、カーテン越しにソフィアが眠っているベッドを見つめた。

 「儂が駆け付けた時、ソフィアは倒れておったが、何かあったのかね?」
 「僕、自分のことでいっぱいいっぱいで、ソフィアを気に掛けている余裕はなかったんです…。ごめんなさい……」
 「いやいや、ハリー。お主が謝ることではない。ソフィアももうじき目を覚ますじゃろう。心配はいらんよ」

 ハリーは頷くと、隣に視線を移した。早く目を覚まして欲しい。そう思いながら。

 「あの、先生。石は…」
 「君の気持ちをそらすことはできないようじゃな。よかろう。石だが、クィレル先生は君から石を取り上げることができなかった。儂がちょうど間に合って食い止めた。しかし、君は本当にようやった。石じゃがの、あれはもう壊してしまった」
 「こ、壊した?でも、先生のお友達…ニコラス・フラメルは…」
 「おお、ニコラスを知っているのかい?」

ダンブルドアは嬉しそうに言った。

 「君はずいぶんきちんと調べて、あのことに取り組んだんじゃな。儂はニコラスとおしゃべりしてな、こうするのが一番いいということになったんじゃ」
 「でも、それじゃニコラスご夫妻は死んでしまうんじゃありませんか?」
 「あの二人は、身辺をきちんと整理するのに十分な命の水を蓄えておる。それから、そうじゃ、二人は死ぬじゃろう」

 ハリーの驚いた顔を見て、ダンブルドアは微笑んだ。

 「君のように若い者には分からんじゃろうが、ニコラスとペレネレにとって、死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなものだ。結局、きちんと整理された心を持つ者にとっては、死は次の大いなる冒険にすぎないのじゃ。よいか、石はそんなに素晴らしいものではないのじゃ。欲しいだけのお金と命だなんて、大方の人間が何よりもまずこの2つを選んでしまうじゃろう…困ったことに、どういうわけか人間は、自らにとって最悪のものを欲しがるくせがあるようじゃ」

 ハリーは黙って横たわっていた。ダンブルドアは鼻歌を歌いながら天井の方を向いて微笑んだ。

 「先生、ずーっと考えていたことなんですが…石がなくなってしまっても…ヴォルデモートは他の手段でまた戻ってくるんじゃありませんか?いなくなったわけではないですよね?」
 「ハリー。いなくなったわけではない。どこかに行ってしまっただけじゃ。誰か乗り移れる体を探していることじゃろう。本当に生きているわけではないから、殺すこともできん。クィレルを死なせてしまった。自分の家来を、敵と同じように情け容赦なく扱う。それはさておきハリー、お主がやったことはヴォルデモートが再び権力を手にするのを遅らせただけかもしれん。そして次に誰かがまた、一見勝ち目のない戦いをしなくてはならないのかもしれん。
しかし、そうやって彼の狙いが何度も何度もくじかれ、遅れれば…そう、彼は二度と権力を取り戻すことができなくなるかもしれん」
 「先生、僕、他にも、もし先生に教えていただけるのなら、知りたいことがあるんですけど…真実を知りたいんです…」
 「真実か」

 ダンブルドアは溜息をついた。

 「それはとても美しくも恐ろしいものじゃ。だからこそ注意深く扱わなければなるまい。しかし、答えない方がいいというはっきりした理由がないかぎり、答えてあげよう。答えられない理由がある時には許してほしい。もちろん、儂は嘘はつかん」
 「ヴォルデモートが母を殺したのは、僕を彼の魔手から守ろうとしたからだと言っていました。でも、そもそもなんで僕を殺したかったんでしょう?」

 ダンブルドアが今度は深い溜息をついた。

 「おお、なんと、最初の質問なのに儂は答えてやることができん。今日は答えられん。今はだめじゃ。時が来ればわかるじゃろう…ハリー、今は忘れるがよい。もう少し大きくなれば…こんなことは聞きたくないじゃろうが…その時が来たらわかるじゃろう」

 ハリーにはここで食い下がっても、どうにもならないということがわかったため、質問を変えた。

 「でも、どうしてクィレルは僕に触れなかったんですか」
 「君の母上は、君を守るために死んだ。ヴォルデモートに理解できないことがあるとすれば、それは愛じゃ。君の母上の愛情が、その愛の印を君に残してゆくほど強いものだったことに、彼は気づかなかった」

 ハリーは自身の額の傷を触った。

 「ハリー、傷痕のことではない。目に見える印ではないのだよ。それほどまでに深く愛を注いだということが、たとえ愛したその人がいなくなっても、永久に愛されたものを守る力になるのじゃ。それが、君の肌に残っておる。クィレルのように憎しみ、欲望、野望に満ちた者、ヴォルデモートと魂を分け合うような者は、それがために君に触れることができんのじゃ。かくも素晴らしいものによって刻印された君のような者に触れるのは、苦痛でしかなかったのじゃ」

 ダンブルドアはその時、窓辺に止まった小鳥に何故かとても興味を持って、ハリーから目をそらした。そのすきに、ハリーはこっそりシーツで涙を拭った。

 「あの透明マントは…誰が僕に送ってくれたか、ご存じですか?」
 「ああ…君の父上が、たまたま儂に預けていかれた。君が気に入るじゃろうと思ってな」

 ダンブルドアの淡いブルーの瞳がキラキラと輝いた。

 「便利なものじゃ。君の父上がホグワーツに在学中は、もっぱらこれを使って台所に忍び込み、食べ物を失敬したものじゃ」
 「そのほかにも、お聞きしたいことが…」
 「どんどん聞くがよい」
 「クィレルが言うには、スネイプが」
 「ハリー、スネイプ先生じゃろう」
 「はい。その人です…クィレルが言ったんですが、彼が僕のことを憎むのは、僕の父を憎んでいたからだと。それは本当ですか?」
 「そうじゃな、お互いに嫌っておった。君とミスターマルフォイのようなものだ。そして、君の父上が行ったあることをスネイプは決して許せなかった」
 「なんですか?」
 「スネイプの命を救ったんじゃよ」
 「なんですって?」
 「さよう…」

ダンブルドアは夢見るような遠い目をして話した。

 「人の心とは、おかしなものよ。のう?スネイプ先生は君の父上に借りがあるのが我慢ならなかった…この一年間、スネイプは君を守るために全力を尽くした。これで父上と五分五分になると考えたのじゃ。そうすれば、心安らかに再び君の父上の思い出を憎むことができる、とな…」

 ハリーは懸命に理解しようとしたが、頭がズキズキしてきたので考えるのをやめた。

 「先生もう一つあるんですが」
 「もう一つだけかい?」
 「僕はどうやって鏡の中から石を取り出したんでしょう?」
 「おぉ、これは聞いてくれて嬉しいのう。例の鏡を使うのは儂のアイデアの中でも一段と素晴らしいものでな、ここだけの秘密じゃが、実はこれがすごいんじゃ。つまり石を見つけたい者だけが、よいか、見つけたい者であって、使いたい者ではないぞ。それを手に入れることができる。さもなければ、鏡に映るのは、黄金を作ったり、命の水を飲む姿だけじゃ。儂の脳みそは、時々自分でも驚くことを考えつくものよ…さぁ、もう質問は終わり。そろそろこのお菓子に取りかかってはどうかね。おぉ!バーティー・ボッツの百味ビーンズじゃないかね。わしゃ若い時、不幸にもゲロの味に当たってのう。それ以来あまり好まんようになってしもうたのじゃ…でもこのおいしそうなタフィーなら大丈夫だと思わんか」

 ダンブルドアはニコッと笑って、こんがり茶色のビーンを口に放り込んだが、途端に咽せ返ってしまった。

「なんと、耳くそじゃ!」

それにハリーはクスリと笑い、楽しそうなダンブルドアの姿を見送った。

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