3
マダムマルキンの洋装店で制服とローブを仕立ててもらった2人。
ハリウッドは店から出てきた2人にある物をプレゼントしたのだ。
「ハリー、ソフィア。こいつを──お前さんらにやろうと思って」
ハグリッドは照れ臭そうに頬をかいた後、持っていた鳥籠を一度掲げて見せ、2人へと手渡した。
「え、これ……」
中には真っ白い、雪のようにふわふわとした梟がちょこんと収まっている。
ソフィアの方もハリーの持つ梟と全く同じ種類だ。
2人は思わずハグリッドを見上げると、彼はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「フクロウ専門店の前を通る時ひたすらこいつを見とったろう。
よっぽど気にいったんだと思ってな。入学祝いのプレゼントだ。勿論ハリーには誕生日プレゼントも兼ねてな」
「わぁ!ありがとう!ハグリッド、凄い嬉しいよ!」
ハリーはとても気に入ったのか、梟を貰ってとても上機嫌。
ソフィアも初めて手にする贈り物に、驚きながらも嬉しそうだ。
「その2匹、双子の梟なんだと。
ハリーの方が雄で、ソフィアの方が雌らしい」
どうりで。種類も同じの割に似ていると思った。
違っていると言えば、ソフィアの梟だけは珍しい特徴があり白い羽に紫色の瞳。
ソフィアはその梟にとても親近感を持てた。
「ソフィアにピッタリの梟だと思ってな。
お前さんと同じ綺麗な目をしとる。大事にしてやれよ」
その言葉に照れたのかソフィアは小さな声で「ありがとう」と言うと、
ハグリッドは満足そうに籠の中でうとうととしている白い梟に目を細める。
ハリーは“ヘドウィグ”、ソフィアは“アンジュ”とそれぞれ名づけた。
***
次に鍋と秤、教科書、薬瓶をすべて揃え、望遠鏡を買った。
続いて薬問屋で様々な薬の材料を買い揃える。
これであとは杖だけ――そう、魔法の杖を選びに行くのである。
「杖はオリバンダーの店に限る。最高の杖を持たんとな」というハグリッドのお勧めの元、二人は店へと向かった。
剥がれかかった金色の文字で、扉に『オリバンダーの店――紀元前三八二年創業 高級メーカー』と書かれ、埃っぽいショーウィンドウには、色褪せた紫色のクッションに、杖が一本だけ置いてある。
扉を開けると、どこからともなくウェルカムベルがチリンチリンと可愛らしく鳴った。
店の雰囲気からして、錆びた鉄のカラカラとしたベルが鳴るのかと思っていたけれど、違ったようだ。
静けさの中、ソフィアは天井近くまで整然と積み上げられている細長い箱を眺めた。
中身はきっと杖だ。そして杖たちは、箱の中でそっと息を潜め、持ち主を待っているのだろう。
しかし、不思議なことにその杖の一本一本から魔力が零れだしているような気がした。
糸がピンと張り巡らされたような静寂と埃だらけのこの店内を、密かに魔力が漂っているような――。
不思議な感覚は、ソフィアの背中を駆け巡り、ゾクッと震わせた。
「いらっしゃいませ」
嗄がれた、しかし柔らかな声がハリーとソフィアを出迎えた。
薄暗さに紛れて、店主のオリバンダー老人がカウンターの奥にいた。
痩せて骨の浮いた皺だらけの指を組み、暗がりの中ぽっかりと月のような銀の双眼がこちらを見ている。
「すみません…杖をお願いします」
ハリーが老人にそう言うと、老人はハリーを見つめ次に嬉しそうな顔をした。
「やぁハリー・ポッターさん。
あなたが来るのを待ってましたよ」
どうやらハリーと彼の両親を知っているらしい老人、オリバンダー。
そしてもう一方のソフィアの方を見ると眩しそうに目を細める。
「そちらも杖をお探しのようですね……では、早速お嬢さんの方から拝見しましょうか。まず、名前と杖腕を」
「ソ、ソフィア・エムリス…杖腕…左」
すこしおぼついた様子で必死に答えるソフィアに、オリバンダー老人は、カウンターから出てくると近付いて来た。
そして、大きな目で注意深くソフィアを凝視し始めた。
鼻と鼻が触れてしまいそうだったが、ソフィアは決して目を逸らさず、彼の霧のような瞳に映っている自分を見つめ続けていた。
少女の何かを見ていたであろう老人が、一人でに納得して数回頷き、ポケットから銀色の目盛りの入った長い巻尺を取り出す。
「腕を伸ばして……そうそう」
オリバンダー老人は、ソフィアの肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から脇の下、頭周り、と寸法を採りながら話し続けた。
「エムリスさん、オリバンダーの杖は一本一本、強力な魔力を持った物を芯に使っております。
一角獣の鬣、不死鳥の尾の羽根、ドラゴンの心臓の琴線。一角獣もドラゴンも、不死鳥もみなそれぞれに違うのじゃから、オリバンダーの杖には一つとして同じ杖はない。もちろん、他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないわけじゃ。実は、杖の方が持ち主の魔法使いを選ぶのじゃよ」
これだけの杖がある中から、自分にピッタリ合う杖を探すなんて、気が遠くなる作業ではないのだろうか、とソフィアとハリーは話を聞きながら疑問を抱いた。
しかし、オリバンダー老人は言葉を紡ぎながら、迷いなく細長い箱をいくつか持ち出し、ソフィアに次々と杖を握らせた。
サンザシと不死鳥の羽根、ヤナギとドラゴンの琴線……。
握った途端オリバンダー老人に取り上げられたり、振り上げた瞬間にベルがけたたましく鳴ったりした。
次々と試してみたけれど杖はどれもソフィア選んでくれない。
ポプラの杖なんかは、軽く振っただけなのに、店をめちゃくちゃにしてしまいそうなほ激しく閃光が乱射され、年季の入ったこの建物が潰れてしまわないか肝を冷やした。
「そう心配なさるな。杖選びに時間のかかるお客はたくさんいらっしゃる。
しかし最後には誰もが必ずピッタリ合うのを手にして帰って行きますぞ……フム、次はどれが……」
杖の箱が山積みになっているというのに、老人はにこにこと上機嫌で、杖選びを楽しんでいる。
オリバンダー老人は顎に指先を当て、再びしげしげとソフィアの爪先から頭の先までをジロリと眺めまわすと、「そうじゃ、アレならどうだ?」と店の奥へ姿を消した。
「ナナカマドと一角獣の鬣、二十五センチ、忠誠心が強く良質」
今度は、何が起こるのだろうと思いながら、ソフィアは差し出されたナナカマドの杖を恐々と手に取った。
すると、杖を持った瞬間に指先が暖かくなった。
まるで杖の方からソフィアの手に馴染んで吸い付いてくるような感覚の後、杖先から白い霧のような光を緩やかに噴出し、宙で弾けると白い煙がふわりと舞う。
オリバンダーは、納得したように口許を緩めた。
「素晴らしい。合う物が見つかりましたな。良かった、良かった」
ソフィアも薄く微笑みを浮かべてハリーを振り返ると、彼も強く頷き返してくれた。
「ありがとうございます」とソフィアはオリバンダー老人に礼を述べながら、彼へ向き直り――表情を消した。
オリバンダー老人が、たった今まで湛えていた笑みを打ち消し、やけに神妙な顔つきで幼いソフィアを見下ろしていたからだ。
「……さて、癒しと守りの力を持つナナカマドの杖に選ばれたソフィアさんには、いくつか話しておかなければならぬことがある」
威圧感とも取れるただならぬ雰囲気を醸し出すオリバンダーに、思わず肩に力が入るソフィア。
老人は、ソフィアを射抜くように見つめたまま低く唸った。
そして、その声は近くにいるハリーにさえ聞かせないかのように、まるで誰かが耳をそばだてているのを警戒しているかのように、言の葉を囁く。
「この杖が理想とする持ち主は、頭が良く心優しい人間じゃ。
その評判の通り、わしは過去にも現在にも、ナナカマドの杖が世に悪事を成した例は一度たりとも覚えがない。
更に言えば、この杖に使われている一角獣の鬣は、おおむね闇の魔術に最も感化されにくいものだ……」
一言一句聞き逃さないよう、ソフィアは物音ひとつ立てずに真剣な面持ちで聞いていた。
「しかし、しかしじゃ、浮かれてはならぬ。うぬぼれてはならぬ。こうした善良さの裏に、ナナカマドの杖は非常に強力な力を秘めておる。
他の杖に匹敵するどころか、それに勝ることも多い……決闘では、相手を上回る力を発揮することもしばしばあるじゃろう」
この杖が?とソフィアは手の中に鎮座している杖に視線を移す。
一体どこにそんな力が眠っているのだろうと。
杖を通して力がソフィアに伝わってくるはずもなく、にわかに信じ難かった。
だが、語り口の持たないこのナナカマドの杖には、ひしひしと何か訴えかけるものがあるような気がして、ソフィアを見えない糸で悍ましさに締め上げる感覚にさせた。
オリバンダー老人は、「そして……」と続けながら、ソフィアの手からそっとナナカマドの杖を抜き取る。
「ナナカマドの杖に選ばれた者は……必ずと言って良いほど、『とある杖』の持ち主に強い親近感を抱かれる」
ナナカマドの杖は長く店に居座っていたのか、別れを惜しむかのように、杖先から持ち手までを老人の指先で撫でられていた。
「注意せよ、用心せよ。ナナカマドの杖の正体を、忘れてはならぬ。いずれ分かる時がくるじゃろう……『とある杖』との繋がりを」
丁寧に杖を包装するオリバンダー老人は大きな銀色の瞳を瞬かせる度、怪しく輝いた。