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その後ハリーが選んだ──選ばれた杖。
柊と不死鳥の羽、二十八センチ、良質でしなやか。
この杖に使われている尾羽を提供してくれた不死鳥は、もう一枚だけ、同じ様に尾羽を提供したのだという。
そのもう一枚の尾羽を使った杖──今ハリーが手にしている杖と対とも呼べる杖、兄弟杖が存在しているのだ。
そしてその兄弟杖がハリーの額にこの傷を負わせたという。
こうして実際にヴォルデモートが使用しているという杖を作ったオリバンダーの話を聞いて、彼と共通する不死鳥の尾羽を分け合った杖を手にして、ハリーはひしひしと足元から這い上がって来る恐怖に身を強張らせた。
少し前までは鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌だったというのに、
今では深刻そうに俯き沈黙するハリーに、ハグリッドは優しく言った。
「あんまり深く考え過ぎるなよ、ハリー。言ったろ。お前はあの人に打ち勝ったんだ」
けれどハリーの気持ちは晴れなかった。
今度も打ち勝てるとは限らない、本当に、今は心からそう思った。
オリバンダーの店を出ると、購入した杖を早速箱から出してハリーはその手に握りしめた。
杖はまるで自分の為に誂えたかのようにじんわりと手に馴染み
これは自分の──ハリーの杖なのだと、確かにそう思えた。
***
翌日、キングズ・クロスへ着いたのは十時半だった。
道中一切喋らなかったせいか、緊張の為かハリーは喉がからからに乾いていた。
そして、今日がホグワーズへ入学する日だというのにソフィアとハリーは大きな試練へと立ちはだかったいた。
「…9と4分の3番線ってどこにあるの!?」
一番大事なことをハグリッドに聞くことができず、そして自力で探しようにもこの駅にそんなものはない…筈だ。
試しに駅員に聞いてみたが、ハリーたちが悪戯で聞いているのかと疑われてしまうだけだった。
一体どうすればいいんだ、と困り果てていたところに聞いたことのあるフレーズが耳に入ってきたのである。
「マグルで混み合ってるわねぇ、当然だけど」
背後で聞こえた声にハリーとソフィアは反射的に反応した。“マグル”確かにそう聞こえたのだ。
それは魔法世界で言う人間の別名。つまり魔法使いにしか分からない言葉。
振り返ってみると、ふっくらしたおばさんが揃いもそろって燃えるような赤毛の四人の男の子たちを連れていた。
皆、ハリー達と同じようなトランクを押しながら歩いていた。
それに、梟がそれぞれ一羽ずつ持っている。
胸をドキドキさせ、ハリーはカートを押して彼らの後をついて行く。
ソフィアも遅れないようにカートを押す。彼らが立ち止まったので、ハリーは話声が聞こえるくらいの所で立ち止まった。
母親と見られる女性が「さて、何番線だったかしら」と、言う
「9と4分の3番線よ」
小さな女の子がかん高い声を出して教える。この子も赤毛だ。
はぐれないようにお母さんの手を握っている。
「あたしも行きたいなぁ」
「ジニー、あなたはまだ小さいからね。ちょっとおとなしくしててね。はい、パーシー先に行ってね」
どうするんだろうと見ていると、一番年上らしい青年がプラットフォームの9番線と10番線の間に向かって進んで行った。
ハリーが必死に唾を飲み込み、深呼吸している間に彼は既に消えていた。
「フレッド、次はあんたよ」
「フレッドじゃないよ、俺はジョージ。
全く、それでも俺らの母親なわけ?俺がジョージだって分からないの?」
「あら、ごめんなさいねジョージちゃん」
「冗談だよ、俺はフレッド!」
少年はそう言って柱に向かって早足で突き進むと、一瞬にして消えてしまった。
「俺がジョージね」
フレッドと名乗った少年に続くように、
全く同じ顔をした少年が楽しそうに笑いながら柱の先へと消えて行った。
ハリーとソフィアは感心して彼らが消える様子を見ていたが、一番のっぽの少年が動き出したのを見て慌てて口を開いた。
「あの…すみません…っ」
「あら、こんにちは。二人はホグワーツへは初めて?ロンもそうなのよ」
女性はハリー達の荷物を見るとにこやかに笑ってそう言い、隣に立つ少年の背を叩いた。
「あそこにはどう行ったらいいんですか?」
「大丈夫、心配する事無いわ。あそこへ向かって真っ直ぐ歩けばいいだけ。
ぶつかるかもって怖がったりしないことね。これが大切なの。
怖かったら少し走るといいわ。さあ、お先にどうぞ」
「あ、はい…ありがとうございます」
おばさんに優しく促され、ハリーは釈然としないながらもカートを回し、ロンの前へと移動した。
ハリーは嫌な音を立てて鳴る心臓を宥めるように一度大きく息を吐き出し、
再び乾いてきた喉を潤す様にごくりと唾を飲み込み、意を決して歩き出した。
カートにしがみつくようにして、ハリーは突進する。
壁がグングン近付いて来て、もう止められない。
カートを止めることは出来ない。
あと一歩、ハリーは目を閉じた。
一瞬ぶつかるかと思ったが…―――そんなことはまるでなかった。
まだ走っている――そう思い目を開けるとそこには、鮮やかな紅い色の蒸気機関車が、乗客でごったがえすプラットフォームに停車していた。
頭上の表示には、“ホグワーツ行き特急11時発”と書かれている。
振り返ると、改札口の壁の有ったところに「9と3/4」と書かれた鉄のアーチが。
その後、数秒の差でソフィアもやってきて二人は何とか無事に機関車に乗ることができた。
***
最後尾の車両近くまで来てやっと空いているコンパートメントの席を見つけた2人は、
列車の戸口の階段で、どうしても持ちあがらないトランクと格闘していた。
先ずはハリーの荷物をと思ったのだが2人ともまだ少年と少女なわけで、大人の力を借りないと持ち上げられそうにもない。
ヘドウィグとアンジュは先に入れたので、大丈夫だ。
けれどこのままだとトランクとハリーだけが置いて行かれてしまう。
「う、く…っ」
せめて片側だけでも乗せられれば、体重をかけててこのように持ちあがるかもしれないが、それすらも出来なかった。
ハリーの方は既に二回も足の上にトランクを落としたので、痣になっているに違いない。
「手伝おうか?」
ハリーが滲む汗をぬぐいながら顔を上げると、先ほど先に壁を通り抜けて行った双子のどちらかがこちらを覗きこんでいた。
「お、お願いしたいです!」
ハリーは息を切らせながらぐったりとトランクにもたれかかった。これは絶対に一人では無理だ。
双子の方割れも同じ事を思ったのか、迷う間もなくもう一人を呼んだ。
「おいフレッド、こっち来て手伝え!」
どうやら声をかけてくれたのは“ジョージ”という人の方らしい。
双子のおかげで、2人分のトランクは無事に発車までにコンパートメントの隅へと収まった。
「二人とも、ありがとう!すごく助かったよ!」
ソフィアはお辞儀をし、ハリーの方がお礼を言いながら無意識に汗で額に張り付いた髪をはらうと、双子の方割れが驚いたように目を丸くした。
「それ──」
もう一人が同じ様に目を丸くして、露わになったハリーの額の傷を指差した。
「驚いた。君──」
「彼だ。そうだろ?」
言葉尻を引き継ぐように、双子が矢継ぎ早に言った。
「「ハリー・ポッター!」」
双子の声が綺麗に揃った。
意識しているのかいないのか、息がぴったりである。
ハリーは興奮したようにきらきらとこちらを見て来る双子の視線を遮るように、今はらったばかりの髪をさりげなく元に戻し、傷を隠してから頷いた。
「う、うん。そう、だけど」
双子が尚もこちらを凝視してくるのでハリーは焦ったが、タイミング良く窓の外から二人を呼ぶ声が聞こた。
フレッドとジョージは名残惜しそうにもう一度ハリーを見ると、勢いよく列車から飛び降りて行った。
コンパートメントに入ってからハリーの隣にピタリとくっつくように、ソフィアは座っている。
その肩は少し強張っているので、恐らくはこの先の学校生活に不安があるのだろう。
先ほど手伝って貰った双子はもちろん、これから通う学校には人がたくさんだ。
ハグリッドに聞くと、ソフィアはあまり人慣れしていないらしく、ここ数日だけであんなに人と関わったとは初めてだという。
ここで「頑張ろう」などと声をかけても、ソフィアには逆効果になると思い、ハリーはあえて何も言わずにただ見守り傍にいることにした。