やがて空飛ぶ車は、徐々に高度を下げ木々の間から、真っ赤な曙光が射し込みはじめていた。「着地成功!」と言うフレッドの言葉とともに、車は軽く地面を打ち一行は着陸した。着陸地点は小さな庭のボロボロの車庫の脇でした。 初めて、ソフィアとハリーはロンの家を眺める。

 かつては大きな石造りの豚小屋だったものかもしれない。あっちこっちに部屋をくっつけていて、数階建ての家になったように見えた。くねくねと曲がっており、まるで魔法で支えられているかのようだ。

 赤い屋根に煙突が四、五本、ちょこんと乗っかっているのが見える。入り口近くに表示が少し傾いて立っていた。『巣穴』と書かれていた。玄関の戸のまわりに、ゴム長靴がごちゃ混ぜになって転がり、とても錆びついた大鍋が置かれていた。丸々と太った茶色の鶏が数羽、庭で餌をついばんでいる。

 「大したことないだろ」
 「…ううん、…すごい素敵」

 ハリーとソフィアの気持ちは同じだ。自分たちが普段住んでいたあの“家”を思い浮かべ、“ウィーズリー家”を見ると何だか幸せな気持ちになった。

 「さあ、皆そーっと静かに二階に行くんだ」
 「母さんが朝食ですよって呼ぶまで待つんだ。それから、ロン、おまえが下に跳び撥ねながら降りて行って言うんだ。『母さん夜の間に誰が来たと思う!』って。 そうすりゃハリーとソフィアを見て母さんは大喜びで、俺たちが車を飛ばしたなんてことを知らなくて済む」

 双子の細かい説明に「了解」とロンが言った。

 「それじゃ、ハリー、ソフィアおいでよ。ぼくの寝室は――」

 途端ロンはさっと青ざめ、その目は一箇所に釘づけになっている。ウィーズリーおばさんが庭の向こうから、鶏を蹴散らして猛然と突き進んで来ていた。 小柄な丸っこい、やさしそうな顔の女性なのだが、鋭い牙を剥いた虎にそっくりなその姿は、なかなか見ごたえがある。

 その後ウィーズリーおばさんは、五人の前でピタリと止まった。 両手を腰に当てて、後ろめたいことのある顔の一人ひとりを睨みつける。花柄のエプロンのポケットから魔法の杖が覗いていた。

「それで?」

 ウィーズリーおばさんが言う。「おはよう、母さん」と、ジョージが挨拶したが、自分では朗らかに愛想よくしたつもりのようだ。

 「母さんがどんなに心配したか、あなたたち、わかってるの?」

 おばさんの低い声は、凄みが効いているのが分かる。

 「母さん、ごめんなさい。でも、僕たちどうしても……」

 三人の息子は、皆母親より背が高かったのだが、母親の怒りが爆発すると、三人とも縮こまっていった。

 「ベッドは空っぽ!メモも置いてない!車は消えてる!事故でも起こしたかもしれない…心配で心配で気が狂いそうだったわ。わかってるの?こんなことは初めてだわ…お父さんがお帰りになったら覚悟なさい。ビルやチャーリーやパーシーは、こんな苦労はかけなかったのに……」
 「パーフェクト・パーシー」

 フレッドが呟いた。

「パーシーの爪の垢でも煎じて飲みなさい!」

 ウィーズリーおばさんはフレッドの胸に指を突き付けて怒鳴りつけた。

 「あなたたち、死んだかもしれないのよ。姿を見られたかもしれないのよ。 お父さんが仕事を失うことになったかもしれないのよ――」

 この調子が、まるで何時間も続いたかのようだった。ウィーズリーおばさんは、声が枯れるまで怒鳴り続け、それからハリー、ソフィアのほうに向き直った。2人はたじたじと、後ずさりする。

 「まあ、あなたがソフィア?フレッド達の言ってた通り、とっても綺麗な子ね」
 「だろ?」
 「オレ等、そういう嘘はつかないから」

 双子がお調子よく喋るが、おばさんは直ぐに「お黙り!」と一喝した。

 「ハリー、ソフィア、よく来たわね。家へ入って、朝食をどうぞ」

 ウィーズリーおばさんはそう言うと、向きを変えて家のほうに歩き出した。 ハリーとソフィアはどうしようかとロンをちらりと見まが、ロンが大丈夫というように頷いたので、あとについて行った。

 台所は小さく、かなり狭苦しいものだった。しっかり洗い込まれた木のテーブルと椅子が、真ん中に置かれている。 ハリーは椅子の端しっこに、ソフィアはその隣に腰掛けて周りを見渡した。

 ハリーの反対側の壁に架かっている時計には針が一本しかなく、数字が一つも描かれていない。そのかわり、『お茶を入れる時間』『鶏に餌をやる時間』、『遅刻よ』などと書き込まれいた。ウィーズリーおばさんは、あちこちガチャガチャいわせながら、行き当たりばったり気味に朝食を作っていた。息子たちに怒りのまなざしを投げつけ、フライパンにソーセージを投げ入れた。時々低い声で「おまえたちときたら、いったい何を考えてるやら」とか、「こんなこと、絶対思ってもみなかったわ」と、ぶつぶつ言っているのが聞こえた。

 「あなた達のことは責めていませんよ」と、ウィーズリーおばさんはフライパンを傾けて、ハリーとソフィアのお皿に八本も九本もソーセージを滑り込ませながら念を押して言う。2人が苦笑しつつ、食事を勧めていたその時、皆の気を逸らすことが起こった。ネグリジェ姿の小さな赤毛の子が、台所に現われたと思うと、「キャッ」と小さな悲鳴をあげて、走り去ってしまったのだ。

 「…ロン、今の子は…?」

 気になったソフィアがロンに小声で聞く。

 「ジニー。妹だよ。夏休み中ずっと、ハリーのことばっかり話してた」
 「ああ、ハリー、君のサインを欲しがるぜ」と言ったフレッドがニヤッとしたが、母親と目が合うと途端にうつむいて、あとは黙々と朝食を食べていく。

 一方でソフィアのフォークを動かす手が、止まっているのに気づいたジョージ。

 「ソフィア、そんな心配しなくていいよ。ジニーのはただ単にハリーへの“憧れ”で、キミの――「ち、ち、違うよ…っ!わ、私は別に…」

ガシャンとテーブルの上にある食器が音を立てる勢いでソフィアは立ち上がる。突然のことに驚いて全員が彼女の方を向く。ジョージの言葉に動揺し、真っ赤な顔をしているソフィア。そして今度は、ハッと我に返って「ご…ごめんなさい」と謝って下を俯いたままになった。ポカンとした表情のハリーに、ウィーズリー兄弟が心を揃えて思う。

(…罪な男だなぁ…)

 その後、五つの皿はあっという間に空になり、フレッドがナイフとフォークを置いて大きな欠伸をする。

 「なんだか疲れたぜ」
 「僕、ベッドに行って…「行きませんよ」

 遮るようにモリーの一言が飛んできた。

 「夜中起きていた自分が悪いんです。庭に出て庭小人を駆除しなさい。また手に負えない位増えています」
 「ママ、そんな――…」
 「お前達二人もです」

 顔を歪めたロンから視線を双子に移し、モリーの目はギロリと光る。

 「ハリー、ソフィア。貴方は上に行ってお休みなさいな。あのしょうもない車を飛ばせてくれって、貴方達が頼んだ訳じゃないんですもの。」

 やんわりと微笑み向き直って言うモリーに、ハリーとソフィアは頭を振る。

 「僕、ロンの手伝いをします。庭小人の駆除って見たことがありませんし…」
 「私も…お手伝いさせて下さい。朝食をご馳走になったので…何もしないわけには…」
 「まぁ、優しい子達ね。でも、つまらない仕事なのよ」

 そう言って、モリーは暖炉の上の本の山から、分厚い本を引っ張り出す。

 「さてロックハートがどんなことを書いているか見てみましょう」
 「ママ、僕達庭小人の駆除のやり方位知ってるよ」

 ジョージが唸って言ったので、モリーは片眉を吊り上げる。ソフィアは豪華な金文字ででかでかと背表紙に書かれた文字を目で読む。『ギルデロイ・ロックハートのガイドブック―一般家庭の害虫』

 聞いた事のない名前に首を傾げ、そのままソフィアは表紙を見る。表紙には波打つブロンドに輝くブルーの瞳のとてもハンサムな青年の写真が大きく貼られていた。恐らく著書――ギルデロイ・ロックハートであろう人の写真を見ていたソフィアだったが、すぐに顔を引き攣らせた。バチン、と表紙のロックハートの写真は悪戯気なウィンクを飛ばしたのだ。それも、何度も。

 「ああ、彼って素晴らしい。家庭の害虫について本当によくご存知。この本とても良い本だわ…」

 彼の永遠ウィンクする写真を見てソフィアは身震いしたが、モリーはニッコリと微笑み、頬を赤くさせていた。

 「ママったら、彼にお熱なんだよ」

 うっとりとした様子のモリー。その様子を見ていたソフィアとハリーに、フレッドがわざと聞こえるような囁き声で言う。

 「フレッド、バカな事を言うんじゃありません」

 フレッドを窘めたモリーだったが、頬を赤く染めていた顔で言うものだから、説得力や威力に欠けていた。

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