ウィーズリーおばさんの引率のもと、ウィーズリー家、グレンジャー家、ハリー、そしてソフィアはぞろぞろと歩いて、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店へ向かった。道中、ひっきりなしにウィーズリーおじさんはグレンジャー夫妻を質問攻めにしていた。その顔はあまりにも屈託がない。
 書店に着くと、驚いたことに黒山の人だかりができていて、大勢の人が表で押し合いへし合いながら中に入ろうとしていた。ぽかんとするソフィア、ハリー、ロンに、その理由を教えてくれたのはハーマイオニーだった。彼女の指差した上階の窓には、大きな横断幕が掛かっていて───「サイン会、ギルデロイ・ロックハート、自伝『私はマジックだ』」と書かれていた。ハーマイオニーの表情もどこか期待で満ち溢れていた。

 「もうすぐ彼に会えるわ……!」

 人垣を押し分けながら中に入ると、前を歩くウィーズリーおばさんの声がした。表も中も人だかりはほとんどがウィーズリーおばさんくらいの年齢の魔女ばかりで、長い列は店の奥まで続いていた。
 ソフィアたちは急いで「泣き妖怪バンシーとのナウな休日」を一冊ずつ引っ掴んで、ウィーズリー家のみんなと、グレンジャー夫妻が並んでいるところに割り込んだ。するとその時、ワッと拍手が鳴り響き、奥の方からギルデロイ・ロックハートの姿がだんだん見えてきた。

 ギルデロイ・ロックハートの机の周りには自分自身の大きな写真がぐるりと貼られ、写真は人垣に向かっていっせいにウインクした───ウィーズリー家のあの本と全く同じ笑顔だ。輝くような白い歯を見せびらかし、魔法使いの三角帽を小粋な角度でかぶっている。

 「ソフィアはああいうのどう思う?」

ウィーズリーおばさんと並んでロックハートを穴が空くほど見つめているハーマイオニーに聞こえないよう、ロンが聞いてきた。ソフィアは少しだけ眉根を寄せ、どう答えていいか困った笑顔でちらっとハリーを見た。

 「…私は別に…」

 ロックハートのファンに聞こえないように、ソフィアは簡潔に答えた。ロンがにやりと安心したように笑い、ハリーも小さく口角を上げた。しかしその時、まるでソフィアのその言葉を聞き逃さなかったかのように───ロックハートがこちらを見つめていた。ソフィアからロン、ロンからハリーへ視線を移したロックハートは、ハリーをじいっと見つめて、それから勢いよく立ち上がって叫んだ。

 「もしや、ハリー・ポッターでは?」

 人垣がパッと割れて道を開けた。ロックハートが列に飛び込んできた。ヒヤシンスの香水の匂いがした。ロックハートがハリーの腕をつかみ、正面に引き出した途端、人垣が一斉に拍手した。日刊予言者新聞の記者と名乗る小男が、大きな黒いカメラで目がくらむようなフラッシュを焚いた。ロックハートはハリーの手を無理やり握って握手しているポーズをとった。その笑顔はやはり白い歯が眩しく輝いていた。シャッターを切りまくるカメラマンに、ロンが大いに不愉快そうに顔をしかめた。

 「ハリー、ニッコリ笑って!一緒に写れば、君と私とで一面大見出し記事ですよ」

 んなもんハリーは望んじゃいない、というロンの毒づいた言葉はソフィアにしか聞こえなかった。ひとしきりシャッターの嵐が止んだ後、ソフィアは目がちかちかするのを押さえた。ハリーがこっそりソフィアたちのところへ戻ろうとしていたが、ロックハートにがっちり捕らわれてしまった。

 「みなさん、なんと記念すべき瞬間でしょう!私がここしばらく伏せていたことを発表するのに、これほどふさわしい瞬間はまたとありますまい!」

 ロックハートは声を張り上げた。

 「ハリー君が、フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店に本日足を踏み入れた時、この若者は私の自伝を買うことだけを欲していたわけであります───それを今、喜んで彼にプレゼントいたします。勿論無料で。」

 人垣がまた拍手した。

 「この彼が思いもつかなかったことではありますが、間もなく彼は、私の本『私はマジックだ』ばかりでなく、もっともっとよいものをもらえるでしょう。彼もそのクラスメートも、実は『私はマジックだ』の実物を手にすることになるのです!」

 ロンが小さくいらねぇよ、と呟いたのでソフィアは思わず笑いそうになってしまったが、場の空気を呼んで黙っておくことにした。

 「みなさん、ここに、大いなる喜びと、誇りを持って発表いたします。この九月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 人垣がワーッと沸き、拍手し、ハリーは半ば強制的にギルデロイ・ロックハートの全著書をプレゼントさせられていた。本の重みでよろけながら、ようやく解放されたハリーが部屋の隅に避難するのを見て、ソフィアは彼を追いかけた。ソフィアの側には、買ったものを詰めるためのお古の大鍋を持ったジニーもついて来た。
 ハリーは二人を見ると、煤で汚れた顔を赤くしながら、「これ、あげるよ」と呟き、本の山をジニーの鍋の中に入れた。

「僕のは自分で買うから」
「いい気持ちだったろうねぇ、ポッター?」

 その時、ソフィアたちの背後から憎らしい声が聞こえた。振り向くと、ドラコ・マルフォイがいつもの薄ら笑いを浮かべて立っていた。ハリーはうんざりした顔を隠さずにマルフォイを睨みつけた。

 「有名人のハリー・ポッター。ちょっと書店に行くのでさえ、一面大見出し記事かい?」
 「ほっといてよ。ハリーが望んだことじゃないわ」

 珍しく声を荒げたのはジニーだった。ソフィアもハリーも少しだけ驚いた。ジニーはマルフォイを睨みつけたが、次の瞬間またいつものように真っ赤になった。

 「ポッター、ガールフレンドができたじゃないか!」

その言葉に一番敏感だったのはソフィアだった。マルフォイは馬鹿にするように言っていたので勿論ジョークではある。しかしマルフォイもソフィアの心情を予想して、わざとそう言ったのだ。すると、ちょうどロンとハーマイオニーが、ロックハートの本を一山ずつ抱え、人混みをかき分けて現れた。ロンは靴の底にくっついた不快なものを見るような顔でマルフォイを見ると、「なんだ、君か」と低くこぼした。

 「ハリーがここにいるので驚いたっていうわけか、え?」
 「ウィーズリー、君がこの店にいるのを見てもっと驚いたよ。そんなにたくさん買い込んで、君の両親はこれから一ヵ月は飲まず食わずだろうね」

 今やロンもジニーも真っ赤だった。その時、ウィーズリーおじさんが、フレッドとジョージと一緒にこちらに来ようと人混みと格闘しながら呼びかけた。

「ロン!何してるんだ?ここはひどいもんだ。早く外に出よう」
「これは、これは、これは───アーサー・ウィーズリー」

 ソフィアはウィーズリーおじさんから突然現れた声の主に視線を向けた時───アッと息を呑んだ。ドラコ・マルフォイの肩に手を置き、彼とそっくり同じ薄ら笑いを浮かべたプラチナ・ブロンドの男───ルシウス・マルフォイがそこに立っていた。ルシウスはソフィアなどには目もくれず、ウィーズリーおじさんを見下すような目つきで見つめた。

 「お役所はお忙しいらしいですな。あれだけ何回も抜き打ち調査を……残業代は当然払ってもらっているのでしょうな?」

 ルシウスがジニーの大鍋に手を突っ込み、豪華なロックハートの本の中から、使い古しの擦り切れた本を一冊引っ張り出した。そして鼻でふっと嘲笑した。

 「どうもそうではないらしい。なんと、役所が満足に給料も支払わないのでは、わざわざ魔法使いの面汚しになる甲斐がないですねぇ?」

 ウィーズリーおじさんの顔が赤毛の髪よりも、もっとずっと赤くなって、拳を握りしめていた。

 「マルフォイ、魔法使いの面汚しがどういう意味かについて、私たちは意見が違うようだが」
 「さようですな」

 ルシウスの目が、すっと冷ややかに、後ろで心配そうに成り行きを見ていたグレンジャー夫妻に注がれた。

 「ウィーズリー、こんな連中と付き合ってるようでは……君の家族はもう落ちるところまで落ちたと思っていたんですがねぇ───」

 ジニーの大鍋が宙を飛び、ドサッと金属の落ちる音がした───ウィーズリーおじさんがルシウス・マルフォイに跳びかかり、その背中を本棚に叩きつけた。分厚い呪文の本が数十冊、みんなの頭にドサドサと落ちてきた。騒ぎを聞きつけたウィーズリーおばさんが悲鳴を上げて、おじさんを止めようとした。その時、ハグリッドが店の入り口から本の山をかき分けてやって来た。

 「やめんかい、おっさんたち、やめんかい」

 あっという間にハグリッドは二人を引き離した。ルシウスの目には、ウィーズリーおじさんに本でぶたれた痕があり、手にはまだ、ジニーの変身術の古本を握っていた。目をギラギラと妖しく光らせ、それをジニーの方へ突き出しながらルシウスが言った。

「ほら、チビ、君の本だ。」君の父親にしてみればこれが精一杯……」

 しかし、ルシウスの捨て台詞が不自然に途切れ、ソフィアは何故か、背中に冷や汗が流れるのを感じた。ルシウスの薄灰色の瞳がしっかりとソフィアを見据え、微かに見開かれたのだ。もっとよく見ようと、ルシウスが目を凝らすのがわかった。ソフィアはなるべく目を逸らした。けれどもハグリッドが更にルシウスを追い立ててくれたことで、彼は舌打ちをし、ハグリッドの手を振りほどいて、ドラコに目で合図した。
 店を出る際、やはりルシウスはソフィアを一瞥した。そして少しだけ首を傾げると、さっと店から出て行った。

 「アーサー、あいつのことはほっとかんかい」

 ハグリッドは、ウィーズリーおじさんのローブを元通りに整えてやろうとして、おじさんを吊し上げそうになりながら言った。

 「骨の髄まで腐っとる。家族全員がそうだ。みんな知っちょる。マルフォイ家の奴らの言うこたぁ、聞く価値がねえ。揃って根性曲りだ。そうなんだ。さあ、みんな───さっさと出んかい」

 ハグリッドに促され、一同はしょんぼりとすっかり元気をなくして外に出た。グレンジャー夫妻は恐ろしさに震えていたし、ウィーズリー家のみんなは怒りで震えていた。

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