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翌日から授業が始まった。朝食の席で、大広間中に怒鳴り声を轟かせたウィーズリーおばさんからの「吠えメール」のせいで、ロンはその日一日元気がなかった。
そして、一時限目のスプラウト先生の「薬草学」の授業前に、あのギルデロイ・ロックハートが現れたことによって、ハリーまでも元気を吸い取られてしまったようだ。ロックハートはダイアゴン横丁でハリーに出会って以来、ハリーのことが忘れられない様子だ。しかも騒動を起こした翌日だから、余計にロックハートはハリーに絡んできた。
その日の薬草学の授業は、「マンドレイクの植え替え」だった。つぎはぎだらけの帽子をかぶった、ずんぐりした小さな魔女のスプラウト先生が、マンドレイクの特徴を生徒たちに質問すると、やはりハーマイオニーの手が一番先に挙がった。おかげでグリフィンドールに十点もらえた。
マンドレイクの泣き声を聞いた者は死ぬ、と言われた時にはクラス中がどよっとしたが、まだ若いマンドレイクだからとスプラウト先生はみんなを安心させた。
その後、マクゴナガル先生の「変身術」の授業では、ソフィアはコガネムシをボタンに変える呪文をやってのけた。ロンが「どうして君はいつも説明を聞いただけでできるんだい?」と、一瞬元気を取り戻して褒めてくれた。
どうやら昨晩の騒動によって、ロンの杖は折れてしまったらしく、スペロテープでつぎはぎされていた。もう杖は修理できないほどに壊れてしまったようで、とんでもない時にパチパチ鳴ったり、呪文をかけようとすると、ひどい悪臭を放つ濃い灰色の煙でロンを包み込み、マクゴナガル先生のご機嫌も損ねて再びロンはどん底に落ちてしまった。
昼休み明けの授業は、「闇の魔術の防衛術」だった。ハリーの顔が心底不機嫌そうだった。ウキウキと足取りの軽いハーマイオニーとは対照的なハリーとロンを見て、ソフィアは一人肩を竦めた。クラス全員が着席すると、奥の部屋からロックハートが現れ、ネビルの持っていた「トロールとののろい旅」の本を取り上げ、表紙でウインクしている自分自身の写真を掲げた。
「私だ」
本人もウィンクしながら、ロックハートはクラス全体を優雅な仕草で見回した。やっぱり何だか胡散臭い、と感じていたソフィアだが、ハーマイオニーが隣で。ほう、と吐息したので何も言えなかった。
「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞───もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」
ロックハートはみんなが笑うのを待っていたが、数名が曖昧に、しかも愛想笑いっぽく笑うだけだった。少し残念そうな表情を浮かべたロックハートだったが、すぐに気を取り直して、「今日はまずミニテストをしたいと思います」と言った。そして、テストペーパーの内容を見て、唖然とした。
1、ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
2、ギルデロイ・ロックハートのひそかな大望は何?
3、現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?
…
54、ギルデロイ・ロックハートの誕生日はいつで、理想的な贈り物は何?
全部自分のことばっかりで、闇の魔術に対する防衛術なんて掠りもしていない。こんな質問が延々三ページ、裏表に渡って続いていた。ソフィアはほとんど当てずっぽうに適当に答えた。真剣に回答するのがあまりにもバカバカしかった。
三十分後、答案を回収したロックハートがわざとらしく肩を落として、あぁん残念ですねー、と呟きながら質問の一つ一つについて解説し始めた。前列のシェーマスとディーンが笑いを押し殺していて、ハリーとロンは呆れ返っていた。
教室にいる女子の殆どがロックハートの言葉にうっとりと耳を傾けている。ハーマイオニーはこんなくだらないテストでも、さすが満点を取ったらしく、ロックハートから十点をもらった。
それからようやく授業の態勢に入ったロックハートが、机の後ろに屈み込んで、覆いのかかった大きな籠を机に置いた。
「さあ───気をつけて!魔法界の中で最も穢れた生物と戦う術を授けるのが、私の役目なのです!この教室で君たちは、これまでにない恐ろしい目に遭うことになるでしょう。ただし、私がここにいる限り、何物も君たちに危害を加えることはないと思いたまえ。落ち着いているよう、それだけをお願いしておきましょう」
珍しく笑顔ではなく緊迫した面持ちでロックハートが言うので、さっきまで笑っていたシェーマスたちも吊り込まれて、籠をよく見ようとしていた。
「どうか、叫ばないようお願いしたい。連中を挑発してしまうかもしれないのでね」
クラス全員が息を殺した。ロックハートはパッと覆いを取り払った。「さあ、どうだ」とロックハートが芝居じみた声を出した。籠の中に入っていたのは、身の丈二十センチくらいの群青色をした、捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精たちだった。
緊張が一気に緩み、シェーマスがぷっと吹き出したため、ロックハートは心外そうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「どうかしたかね?」
「あの、こいつらが───あの、そんなに危険、なんですか?」
「思い込みはいけません!」
ばしりとロックハートがシェーマスをたしなめるように主張した。
「連中は厄介で危険な小悪魔になりえますぞ!」
籠がガタガタいっている。ピクシーたちが籠の中で暴れているのだ。ロックハートはにやりと微笑み、籠の戸に手をかけた。
「さあ、それでは君たちがピクシーをどう扱うかやってみましょう!」
ロックハートの手が籠の戸をついに開いた。教室がもう大パニックになった。ロケットのように四方八方に飛び散るピクシーが、上へ下へと縦横無尽に大騒ぎを起こす。
数匹は窓ガラスを突き破り、数匹はインク瓶を教室中に振り撒き、数匹は本やノートを引き裂き───ゴミ箱をひっくり返すは、生徒たちの私物を奪って窓の外へ放り投げるは、とにかくもうむちゃくちゃだった。
クラスの生徒の半分が机の下に避難する様に、ロックハートは満足そうに笑ったが、そろそろ騒ぎを食い止めようと杖を振り上げた時――ピクシーが一匹、ロックハートの杖を奪って、これも窓の外へ放り投げた。その時、ネビルがギャーッと悲鳴を上げて、ピクシーが束になって彼を宙に浮かばせていた。
「ネビルっ」
ソフィアは、急いで杖を振りかざした。
「インペディメンタ(妨害せよ)」
ピクシーの動きがぴたっと止まり、一斉にネビルを離した。ネビルはどすんと床の上に落っこち、お尻を押さえていた。空中で動きが一時的に鈍っているピクシーたちに向けて、ソフィアは再び杖を振った。
「ディセンド(落ちろ)」
天井近くにいたピクシーたちもこぞって床にべたべたと落下してきた。教室中がしーんと静まる中、机の下からもぞもぞと這い出してきたロックハートが、ソフィアを見つめて満面の笑みを広げた。
「素晴らしい!」
しかし、クラス中が放心状態から抜け切れず、愕然とソフィアとロックハートを見つめていた。ロックハートがかなり動揺を押し殺した様子でソフィアに近づいてきて、「君の名前は?」とニッコリ聞いた。ソフィアは何となく答えたくなかったが、しぶしぶ名乗った。
「みなさん、ミス・エムリスです!私のシナリオ通り、こうした状況において隠れた才能を発揮する君のような生徒が必ずこのクラスにはいると、私には最初からわかっていましたよ!グリフィンドールにまた十点を差し上げましょう!」
それはあまりにも無茶苦茶な言い分だった。そして、結局は自分のことを褒めている。ソフィアはハリーとロンと同様に全くもって呆れ返った。その後、ロックハートは「みんなでピクシーを掃除しましょうね」と呼びかけ、クラス全員がなぜか煮え切らない思いでピクシーを片付けていった。