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 それから数日、学校中がミセス・ノリスの襲われた話で持ちきりだった。犯人が現場に戻ると考えたのかどうか、フィルチは、猫が襲われた場所を往ったり来たりすることで、みんなの記憶を生々しいものにしていた。おかげであれほど楽しみにしていたハロウィーン・パーティも、今年もちっとも楽しめなかった。
 フィルチは犯行現場の見張りをしていない時は、血走った目で廊下をほっつき回り、油断している生徒に言いがかりをつけて処罰に持ち込もうとしたりと、それはもうかなり気が立っていた。
 ジニー・ウィーズリーは、ミセス・ノリス事件でひどく心を乱されたようだった。ロンの話では、ジニーは無類の猫好きらしい。ますます顔色の蒼くなってきたジニーは、もうソフィアやロンが声をかけても、ほとんど何も答えてはくれなくなった。
 一方、ハーマイオニーは事件以来、狂ったように図書館へ通い詰めていた。理由は「秘密の部屋」について調べるために「ホグワーツの歴史」を借りたかったそうだ。しかし、いつ行っても全部貸出中らしい。日に日にイライラが募っていくハーマイオニーに、ロンが空気を読まず、魔法史の宿題を見せて欲しいと頼んだものだから、余計に彼女の機嫌は悪くなる一方だった。

 ベルが鳴り、ハーマイオニーとロンの口論を聞き流して、ソフィアとハリーも魔法史のクラスに向かった。今日もいつものよう担当のビンズ先生はノートを開き、中古の電気掃除機のような、一本調子の低い声でブーンブーンと読み上げ始めた。
 クラスのほとんどが催眠術にかかったようにぼーっとしている。先生が三十分も読み上げ続けた頃、今まで一度もなかったことが起きた。ハーマイオニーが手を挙げたのだ。チラッと目を上げたビンズ先生も、驚いたようにハーマイオニーを見つめた。

「ミス……あー?」
「グレンジャーです。先生、『秘密の部屋』について何か教えて頂けませんか」

 口をぽかんと開けて窓の外を眺めていた生徒も、がくがくと首を揺らして眠気に耐えていた生徒も、みんな一斉に催眠状態から覚醒した。ビンズ先生は目をしばしばさせた。

 「わたしがお教えしとるのは魔法史です」

 干からびた声の先生は、喉が乾いているかのようにゼーゼーと言った。

 「事実を教えとるのであり、ミス・グレンジャー、神話や伝説ではないんであります」

 先生はコホンと咳払いをすると、授業を続行した。が、すぐにまたハーマイオニーは腕を上げた。ビンズ先生が戸惑ったように再び彼女を見た。

 「ミス・グラント?」
 「先生、お願いです。伝説というのは必ず事実に基づいているのではありませんか?」

 恐らくビンズ先生の授業を途中で遮る生徒は、先生が生きている間も死んでからも、ただの一人もいなかったに違いない。「ふむ」とビンズ先生は考えながら、ぼんやりと全生徒を見渡した。
 どの顔も先生の方を向き、こんなに興味を示されることなど、かつてなかった先生が、完全にまごついていた。ビンズ先生は「あー、よろしい」と呟き、それから噛みしめるように語りだした。

 「さて……『秘密の部屋』とは……皆さんも知っての通り、ホグワーツは一千年以上も前、その当時の、最も偉大なる四人の魔女と魔法使いたちによって、創設されたのであります。創設者の名前にちなみその四つの学寮を、次のように名づけたのであります。すなわち、」

ゴドリック・グリフィンドール
ヘルガ・ハッフルパフ
ロウェナ・レイブンクロー
サラザール・スリザリン

 「彼らはマグルの詮索好きな目から遠のく離れたこの地に、ともにこの城を築いたのであります。なぜならば、その時代には魔法は一般の人々の恐れるところであり、魔女や魔法使いは多大なる迫害を受けたからであります。数年の間、創設者たちは和気藹々で、魔法力を示した若者たちを探し出しては、この城に誘って教育したのであります。
しかしながら、四人の間に意見の相違が出てきた。」

 ハリーとロンはちらりと目配せをしているのが、ソフィアの位置から見えた。
 二人の直感したことは同じだったようだ。

 「スリザリンと他の三人との亀裂は広がって行った。スリザリンは、ホグワーツには選別された生徒のみが入学を許されるべきだと考えた。魔法教育は、純粋に魔法族の家系にのみ与えられるべきだという信念を持ち、マグルの親を持つ生徒は学ぶ資格がないと考えて、入学させることを嫌ったのであります。」

 否が応でもドラコ・マルフォイの顔がちらつくことを、ソフィアも認めざるを得なかった。彼は根っからのスリザリン気質なんだな、と改めて思い知った。

 「しばらくして、この問題をめぐり、スリザリンとグリフィンドールが激しく言い争い、スリザリンが学校を去ったのであります」

 ビンズ先生は一旦口を閉じ、乾いた口をすぼめたせいで、まるでシワクチャな年寄り亀のような顔だった。ソフィアはこの話で、みんなに一層、グリフィンドールとスリザリンはやはり相容れないのだと擦り込まれることに、少しだけ嫌な気持ちになった。先生はふーっと溜息をつきながら、「信頼できる歴史的資料はここまでしか語ってくれんのであります」と話を続行した。

 「しかしこうした真摯な事実が、『秘密の部屋』という空想の伝説により、曖昧なものになっておる。スリザリンがこの城に、他の創設者には全く知られていない、隠された部屋を作ったという話がある。その伝説によれば、スリザリンは『秘密の部屋』を密封し、この学校に彼の真の継承者が現れる時まで、何人もその部屋を開けることができないようにしたという。その継承者のみが、『秘密の部屋』の封印を解き、その中の恐怖を解き放ち、それを用いてこの学校から魔法を学ぶに相応しからざるものを追放するという」

 先生が語り終えると、教室に沈黙が満ちた。みんながビンズ先生を見つめ、もっと話して欲しいという落ち着かない空気を漂わせていた。先生は微かに困惑し、「もちろん、すべては戯言であります」と告げた。

 「当然ながら、最高の学識ある魔女や魔法使いが、何度もこの学校を探索したのでありますが、そのような部屋は存在しなかったのであります」

 ハーマイオニーが再び手を挙げた。

 「先生、『部屋の中の恐怖』というのは具体的にどういうことですか?」
 「何らかの怪物だと信じられており、スリザリンの継承者のみが操ることができるという。しかし言っておきましょう。そんなものは存在しない。『部屋』などない、したがって怪物はおらん」

 これで最後とばかりにビンズ先生が言い捨てた途端、沈黙だったクラスがざわめき始めた。みんなが口々に挙手もなく、先生に疑問をぶつけ始めたのだ。先生はもうたくさんとばかりに打ち切った。

 「これは神話であります!部屋は存在しない!スリザリンが、部屋どころか、秘密の箒置き場さえ作った形跡はないのであります!こんなバカバカしい作り話をお聞かせしたことを悔やんでおる。よろしければ歴史に戻ることとする。実態のある、信ずるに足る、検証できる事実であるところの歴史に!」

 それ以上は誰も何も言わなかった。教室はまた沈黙に包まれ、ビンズ先生はほっとして、また何事もなかったかのように授業を続けた。クラス全員がその数秒後、いつもの無気力状態に戻った。

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