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 土曜日の朝食後、ソフィアとロンとハーマイオニーは、まっすぐにクィディッチ競技場へは向かわず、選手が控えている更衣室の前までやって来た。金にものをいわせて買ったニンバス2001───それにまたがったスリザリン・チームに負けることがどんなに屈辱的であるか、ウッドから口を酸っぱくしてプレッシャーをかけられていたハリーに、最後の激励を送るためだった。
 ハリーの箒の柄には、去年ソフィアが初勝利のときにあげた呪文除けのお守りが括りつけられていた。

 「幸運を祈るよ、ハリー」

 ロンがハリーの肩を力強く叩くと、ハリーは頷いて更衣室へと入っていった。三人はそのまま競技場へ足を運んだ。グリフィンドール寮生が集まる観客席には、所々でスリザリンへの野次が聞こえた。ドラコ・マルフォイが負けるところを近くて見てやろうと、ロンに率いられてソフィアとハーマイオニーは最前列に座った。
 その時、グリフィンドール選手とスリザリン選手がグラウンドに入ってきた。群衆にワーッというどよめきが起こり、声援やブーイングがスタンドを満たした。いつものように審判にはマダム・フーチの姿があり、ウッドとスリザリン・キャプテンのフリントに握手をするように指示した。
 互いに威嚇し合って睨み合い、フーチ先生の笛の合図で十四人の選手が一斉に空へと飛翔した。誰よりも高く舞い上がったハリーの下方に、プラチナ・ブロンドが目印のマルフォイが箒のスピードを見せつけるように飛び回っていた。

 「あんちくしょう、振り落されろ!」

 ロンが歯噛みしながらスタンドの壁から身を乗り出して叫んだ。盛り上がる群衆と、ソフィアも一緒になってグリフィンドールに声援を送っていると、真っ黒の重いブラッジャーがハリーめがけて飛んでいくのが見えた。
 さすがハリーは軽やかにそれをかわしたが、どうも様子がおかしいことに気づいた。双子のウィーズリーの片割れビーターが棍棒を手に、ブラッジャーをスリザリンめがけて打ち返したのにも関わらず、ブラッジャーは途中で向きを変え、またしてもハリーめがけてまっしぐらに飛んでいった。
 それもハリーはひょいと急降下してかわしたが、再びビーターが今度はマルフォイめがけて強打したブラッジャーは、ブーメランのように曲線を描き、またもハリーの頭を狙う撃ちしてきた。

 「……何かおかしいよ…」

 ハリーはスピード全開で、グラウンドの反対側めがけてビュンビュン飛び、ブラッジャーが明らかにそのあとをしつこくつけ回している。まるで磁力で引きつけられているかのように、ブラッジャーの攻撃は完全にハリーにのみ絞られている。

 「ブラッジャーに呪文がかけられてるのよ!」

 ハーマイオニーが絶望的な声を上げた。狂ったブラッジャーが、ハリーを空中から叩き落とそうと全力で狙ってくるため、ハリーはスニッチを捕まえるどころか探すこともできずにいた。
 双子のウィーズリーのビーターが必死にハリーから、ブラッジャーの攻撃を逸らせようとしていたが、おかげでチェイサーのアンジェリーナがもう一方のブラッジャーに邪魔されて、ゴールの機会を逃した。空中でグリフィンドール選手が揉めているのはすぐに理解できた。

 「何とかできないのかい、ハーマイオニー?」
 「無理よ……危険すぎるわ……もしハリーに当たったら……」
 
ロンとハーマイオニー、ソフィアが青い顔をして見守る中、ハリーは空中で必死にブラッジャーを撒こうとしていた。マルフォイが笑いながらハリーに何か叫んでいた。きっと悪口には違いないけれど。その時、一瞬だけ停まっていたハリーの斜め後ろからブラッジャーが襲いかかってきた。ハリーはマルフォイを見て気づいていない。

 「危ない…っハリー!」

 ソフィアの悲鳴はハリーには届かず、ブラッジャーはハリーの腕を強打した。ハリーは右腕をだらんとぶら下げ、片足の膝だけで箒に引っかかっている。ブラッジャーが二度目の攻撃に突進してきた。今度は顔を狙っている。間一髪でそれをかわしたハリーは突然マルフォイの方まで急降下した。

 「ハリーは何してるんだ?もしかして」
 「スニッチを見つけたのかしら!」

 ソフィアと同様、ロンとハーマイオニーもヒヤヒヤしていた。ハリーは折れていない方の手を箒から放し、激しく空を掻いていた。そして、もはや脚だけで箒を挟み、地面に向かってまっしぐらに突っ込んだ。
 パシャっと跳ねを上げて、泥の中に落ちたハリーが箒から転がり落ちた。ハリーの折れていない方の手にはしっかりとスニッチが握られていた。誰もが息を呑み、次の瞬間、爆発的な大歓声が上がった。

 「行こう!」

 ロンが急いで観客席を抜ける数秒先に、すでにソフィアは走り出していた。グリフィンドールの生徒の波に押されながら、ネビルやシェーマスたちもグラウンドへ駆けつけようとした。ソフィアたちがグラウンドに着いた頃、ハリーの側にはすでに人だかりができていた。中心に倒れているハリーを支えていたのは、なんとギルデロイ・ロックハートだった。

 「やめて!」

 ハリーの悲痛な声が聞こえ、ソフィアは人垣をかき分けて彼とロックハートに近づいた。

 「僕、腕をこのままにしておきたい。かまわないで……」

 察するに、ロックハートがハリーの腕を手当てしてやろうと申し出たのだろう。ハリーは自力で立ち上がろうとしたが、激痛に顔を歪めて、再び自信満々のロックハートに支えられる羽目になった。その時、すぐそばで聞き覚えのある「カシャッ」という音が聞こえた。ソフィアの隣でコリン・クリービーがしっかりカメラを構えていた。

 「コリン、こんな写真は撮らないでくれ」

 ロックハートとのツーショットなんて真っ平ご免という口調でハリーが怒鳴った。ロックハートは穏やかな表情で、「横になるんだ、ハリー」とあやすように言った。ハリーはスリザリンに負けるのと同じくらい嫌な顔をして、歯を食いしばっていた。

 「僕、医務室に行かせてもらえませんか?」
 「先生、そうするべきです…」

 耐えきれなくなって、ソフィアも助け舟を出した。ロックハートは呑気にも「やあ、ミス・エムリス」と挨拶をした後、「心配ご無用!」とウィンクした。チームのシーカーが怪我しているというのに、グリフィンドール選手は心配そうに見守りながらも、試合に勝てた喜びで笑顔を隠せずにいた。

 「みんな、下がるんだ」
 「やめて───ダメ……」

 ハリーが最後、ソフィアに懇願するような目を向けて、ソフィアの心はひどく罪悪感でいっぱいになった。袖をたくし上げたロックハートが、ハリーの腕に向かって杖を振った瞬間、驚くべきことが起きた。隣でコリンが狂ったようにシャッターを切る中、ソフィアは周りの人と同様に息を呑んだ。

 「あっ」

 ロックハートの素っ頓狂な声だ。

 「そう。まあね。時にはこんなことも起こりますね。でも、要するにもう骨は折れていない。それが肝心だ。それじゃハリー、医務室まで気をつけて歩いて行きなさい。あっ、ミス・エムリス、それからウィーズリー君、ミス・グレンジャーも、付き添って行ってくれないかね?マダム・ポンフリーが、その───少し君を───きちんとしてくれるでしょう」

 ハリーは立ち上がった瞬間、またもや倒れそうにふらついた。ソフィアが慌てて支えたが、彼の腕に触れて、すぐに最悪な状況を理解した。ロックハートはハリーの腕の骨を治したのではない。骨を抜き取ってしまったのだ。

 ハリーを医務室に連れて行くや否や、マダム・ポンフリーは憤慨した面持ちで、哀れな骨抜きの腕の残骸を持ち上げた。

 「まっすぐにわたしのところに来るべきでした!」

 そしてハリーをベッドに寝かせ、大きな小言を言いながら事務所と病室を往ったり来たりした。ベッドの脇に立っていたハーマイオニーがすがるように、「治りますよね?」と聞いた。

 「もちろん、できますとも。でも、痛いですよ」

 マダム・ポンフリーは恐い顔でそう言うと、抱えてきたパジャマをハリーの方に放ってよこした。どうやら今晩はここに泊まらなければならないらしい。ハリーがロンの手を借りてパジャマに着替える間、ソフィアとハーマイオニーはベッドの周りに張られたカーテンの外で待った。カーテンの向こう側からロンの不平な声がハーマイオニーをちくちく攻撃した。

 「ハーマイオニー、これでもロックハートの肩を持つっていうの?えっ?頼みもしないのに骨抜きにしてくれるなんて」
 「誰にだって、まちがいはあるわ。それに、もう痛みはないんでしょう?ハリー?」

 負けん気の強い口調で、ハーマイオニーはカーテン越しにロンを睨んだ。ハリーが着替え終わると、事務所から戻ってきたマダム・ポンフリーがさっとカーテンを開け、「骨生え薬のスケレ・グロ」とラベルの貼ってある大きな瓶をベッド脇のテーブルに置いた。

 「今夜は辛いですよ。骨を再生するのは荒療治です」

 ビーカーになみなみと湯気の立つ薬を注ぎ、ハリーにそれを渡しながらマダム・ポンフリーが言った。スケレ・グロを一口飲んだ途端、ハリーは咳き込んだりむせたりした。マダム・ポンフリーが「あんな危険なスポーツ」だとか、「能無しの先生」とか、文句を言いながら出て行き、残ったソフィアたちはハリーが水を飲むのを手伝った。

 「とにかく僕たちは勝ったんだ、ハリー」

 ロンはハリーを励ますように言いながら、顔中を綻ばせた。

 「ものすごいキャッチだったなあ。マルフォイのあの顔……殺してやる!って顔だったな」
 「あのブラッジャーに、マルフォイがどうやって仕掛けをしたのか知りたいわ」

 ハーマイオニーは恨みがましい顔で腕を組んだ。ハリーは腕を押し潰してしまわないように気をつけながら横になった。

 「質問リストに加えておけばいいよ。ポリジュース薬を飲んでからあいつに聞く質問にね。さっきの薬よりましな味だといいんだけど……」
 「スリザリンの連中のかけらが入ってるのに?冗談言うなよ」

 ロンが嘲笑とも呼べる面持ちで、吐き捨てるように言った。その時、医務室のドアがパッと開き、泥んこでびしょびしょのグリフィンドール選手全員がハリーの見舞いにやってきた。手にはみんながケーキやら、お菓子やら、かぼちゃジュースやらを持ち込んで、ハリーのベッドの周りに集まり、まさに楽しいパーティーが始まろうとしていた。
フレッドとジョージがとにかくハリーを褒めちぎり、今頃マルフォイはキャプテンのフリントからひどく怒鳴りつけられているということを話して、みんなで「ざまぁみろ!」と笑った。その時、マダム・ポンフリーが鼻息も荒く入ってきた。

 「この子は休息が必要なんですよ!骨を33本も再生させるんですから!出て行きなさい!出なさい!」

 当然といえば当然だろうが、おっかないマダム・ポンフリーの鬼の形相に驚いて、みんなは一斉に医務室を飛び出して行った。ソフィアは去り際に、ハリーを申し訳なさそうに見つめた。

 「明日、朝食が終わったら…また来るから。お大事に」

 ハリーはそれを聞くと嬉しそうに頷いた。ソフィアは自分も首根っこを掴まれない内に、サッと医務室を出て行った。

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