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ハリーを迎えに行くのに、少しばかり時間が押してしまっている。煙突飛行ネットワークの接続が不安定なため、ウィーズリー氏が再び委員会に問い合わせたりしていたのだ。午後五時過ぎ――夕食の早い家ではもう支度をしている時間だ。
「じゃあ、行ってくる」
「ハリーの御家族によろしくね、アーサー」
「あぁ」
暖炉の前にはウィーズリー氏、ロン、フレッド、ジョージの四人が立っている。以前ハリーの家に行ったことのある子供たちは進んで迎えに申し出た。
「マグルの持ち物を見て足止めされないでね」
ハーマイオニーがクスクス笑ってそう言った。ロンは罰が悪そうな顔でむくれる(彼は未だに電話を「話電」と言う)。4人がハリーを連れて来る間、ビルとチャーリーは外の食事の準備を、ソフィアとハーマイオニーとジニーとウィーズリー夫人はリビングで待機することになっている。パーシーは帰ってきてからも仕事に明け暮れているためここには居ない。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
ソフィアは四人に手を振り見送った。一人ずつ、煙突飛行粉を手に暖炉に入る。
「えっと――プリペット通り、ダーズリー家!」
戸惑いがちにハリーの家の住所を述べると、エメラルド色の炎が上がり彼らを包む。一人ずつ、飛行していった。最後にウィーズリー氏が消えた直後、ハーマイオニーが「あっ」と声をあげる。
「どうしたの?」
「あのね――」
ソフィアが聞くと、ハーマイオニーはもしかしたら…といった様子で頭を掻いた。
「ハリーのお宅が、暖炉を閉じてなければいいんだけど……」
彼女の言うことをいち早く察したのはソフィアだった。季節は夏。魔法界に通じる家なら、煙突飛行のために年中暖炉を開けている。しかし、ハリーの家は彼以外にマグルが生活していた。もしかしたら、ハリーが煙突飛行を忘れて家の者に言っていないかもしれない。鉄板に閉ざされた暖炉に、今移動した彼らが阻まれる様子がソフィアの脳裏に浮かんだ。
夫人やジニー達はキョトンとしている。純粋に魔法界のことしか知らない者には見当が付かないものらしい。マグル暮らし出身のソフィアとハーマイオニーだからわかることだ。二人は顔を見合わせる。そして互いに、誤魔化すように笑顔を作った。
***
一番最初にロンが帰ってきた。次にトランクを持ったジョージ、その次にフレッドがニヤニヤ顔で帰ってきた。少ししてからハリーが現れた。久し振りの煙突飛行に目を回したらしく、暖炉の中で少しふらついている。
「はぁい、ハリー」
「久し振りね」
「うん、久し振り。ソフィア、ハーマイオニー」
声を掛けると、ハリーは前に別れた時と同じ笑顔で答えてくれた。見ないうちにまたしても背が伸びているようで、ソフィアははにかんでみる。
「やつは食ったか?」
フレッドが駆け寄り興奮して聞いた。ソフィアやハーマイオニーにはわからない内容だ。
「あぁ。一体何だったの?」
「ベロベロ飴さ」
「ジョージと俺が発明したんだ。誰かに試したくて夏休み中カモを探して……」
狭いキッチンに笑いが弾けた。ポンと小さな音がした。ウィーズリー氏がこれまで見たこともないくらいに怒った顔をして現れた。
「フレッド!冗談じゃすまんぞ!」
ウィーズリー氏はカンカンだった。
「あのマグルの男の子にいったい何をやった?」
「俺、何もあげなかったよ」
フレッドは悪戯っぽく、ニヤニヤしていた。
「落としちゃっただけで……食べたのはあいつの意志だよ。俺が食えって言った訳じゃない」
「ワザと落としただろう!あの子が食べると、分かっていたな?」
他人の落としたお菓子を食べるなんて。フレッドたちがそれを予測していたのも気になるところだ。ウィーズリー氏と言い合いをしているフレッドを余所に、ハリーに声を掛けているジョージを見てみると、彼はニヤニヤ笑っている。
「あいつのベロ、どのくらい大きくなった?」
熱っぽく問うも、答えたのはウィーズリー氏自身だった。
「ご両親がやっと私に縮めさせてくれた時には、1メートルを超えていたぞ!」
再び大爆笑。
「笑い事じゃない!」
ウィーズリー氏は怒鳴り声をあげた。その様な行為がマグルと魔法使いの関係を著しく損なう、とカンカンな様子である。しかしフレッドとジョージは食い下がる。
「あいつがマグルだからあれを食わせたんじゃないよ!」
「あいつがいじめっ子のワルだって聞いたから!」
ハリーも2人に同調した。ますます訳がわからない。保護者である伯父夫婦の話は聞いたことがあるが、どうやら彼らが話しているのはその息子のことだ。彼に関してはまったく知らないのが現状である。親友と言っても、まだまだ知らないことはあるみたいだ。
「母さんに言ったらどうなるか――」
「私に何をおっしゃりたいの?」
後ろから声がした。ウィーズリー氏と双子がドキリとする。夫人がキッチンに入ってきたところだった。ロンの部屋に寝床を作っていた彼女は、たった今ハリーの来訪を知ったのである。
「まぁ、ハリー。こんにちは」
夫人はハリーに笑いかけ、すぐにその表情を一転させた。訝しげに目を細め、値踏みをするように問いかける。ウィーズリー氏は躊躇い、オロオロしだした。沈黙が漂う。
「ロン、ハリーを寝室に案内したら?」
ハーマイオニーが入口を見て言った。ソフィアはピンと来るものを感じる。
「ハリーはもう知ってるよ?」
きょとんとした様子でロンは答えた。
「僕の部屋だし、前もそこで――」
「皆で行きましょう?荷物を置かなくちゃいけないわ」
遮ってハーマイオニーが言った。意味ありげに笑いかける。その様子にロンも察したようだ。OK、と頷き踵を返す。
「俺たちも行くよ――」
「あなたたちは、ここに居なさい」
ジョージがついていこうとしたが夫人に阻まれる。罰が悪そうに縮こまり、双子はその場に立ち尽くす。ハリーとロンはそろそろとキッチンから抜け出た。ソフィアとハーマイオニー、ジニーも後ろに続く。狭い廊下を渡り、ぐらぐらする階段をジグザグと上っていった。
「ハリーの従兄弟ってどんな子なの?」
階段を上りながらソフィアが聞いた。ハリーが思い出したように笑う。
「ジョージとフレッドのカモになっても文句が言えない奴、だよ」
「?」
やはりわからない。否、わかる訳がなかった。噂と実際会った時の印象がかなり違うことを彼女は経験している。つまりは、やはり直接会ってみないと納得もいかない。取り敢えず、魔法使いとはあまり友好的になれそうにないマグルなんだと思っておく。容姿や人物像については気にしない方が良いだろう、と結論を出した。
「ここだよ」
ロンの部屋の前で立ち止まる。隣の部屋にはパーシーが居る筈だ。そう思っていたら本当に彼が出てきたので、ソフィアたちは僅かに目を見開いた。
「下が五月蝿いな。何なんだい?」
仕事中なんだ、と迷惑千万という表情で言った。ロンがあからさまに嫌そうな顔になる。眉間に皺が寄るさまを、ソフィアはしっかりと目撃していた。
「何の仕事なの?」
「『国際魔法協力部』の報告書さ」
ハリーが訪ねると、パーシーは気取って答えた。
「大鍋の厚さを標準化しようと――」
輸入品には僅かに薄いものがあり、漏れ率が年間で約3パーセント増えたと言う。ロンにはこれのどこが重要なのか分からないようで、すぐさま茶化すように切り返した。
「『鍋が漏る』って一面記事がでるよ」
その言葉にパーシーはカッとなり熱っぽく語りだす。
「お前は馬鹿にするかもしれないが――」
ロンからしてみれば、パーシーのこの様な振る舞いは日常茶飯事らしく、何を聞いても頭の固い話にしか思えない。だから早く会話を終わらせたかったのに、優等生な兄は弟に飽きることなく諭そうとする。端から見れば、とんでもない思想の履き違いだ。いつの間にか蚊帳の外状態になってしまったソフィアたちはクスクス笑っている。
「はい、ハイ、わかったよ」
「返事は1回!」
「ハイハイ」