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「僕、どうしてアイルランドなんて応援してるんだろう?」
ぽっかり口をだらしなく開け、ヴィーラに見入っているロンは、本当に訳が分からないと無意識に帽子のシャムロックをむしっているのを、ウィーズリー氏に制止されていた。ソフィアの前方にいたドラコも、緑に光るロゼットを投げ捨ててしまおうと、腕を振りかぶりそうになるのを、隣にいた母親に止められる。ドラコはそのまま後方にいたソフィアと目が合うと、夢心地で焦点の合わない目で、ぼんやりソフィアを眺めていたが、やがて目を覚ましたようにハッと我に返った。
その後、自分の手中に緑色の光るロゼットがあることを意識すると、自分が何をしようとしていたのか思い出したのか、青白い肌に少しだけ赤みが差した。
ソフィアの隣の席でも同様なやり取りがハリーとハーマイオニーで繰り広げられていたらしく、ハーマイオニーが肺いっぱいに取り込んだ空気を、全て吐き出す勢いでため息を吐いている。
「まったくもう、呆れちゃうわ。ソフィアもそう思うでしょう?」
ハリーを座席に引き戻したハーマイオニーが、ソフィアを振り返った。同意を求められたソフィアは、眉尻を下げて困ったように笑いかけ、曖昧に誤魔化したが、ハーマイオニーがハッとしてまじまじとソフィアを注視してくる。
「ねぇ、今まで気が付かなかったのが不思議なくらいだけど、ソフィア……あなたって、もしかして――」
「どうぞ、杖を高く掲げてください……アイルランド・ナショナルチームのマスコットに向かって!」
何かを言いかけたハーマイオニーの言葉は、会場内に轟くルード・バグマンの声によってかき消された。
次の瞬間、大きな緑と金色の彗星のようなものが、競技場に音を立てて飛び込んでくると上空を一周し、それから二つに分かれ、少し小さくなった彗星が、それぞれ両端のゴールポストに向かってヒューッと飛んだ。突然、二つの光の玉を結んで、競技場にまたがる虹の橋がかかると、観衆が沸く。
虹が薄れると、二つの光の玉は再び合体し、一つになる。今度は、輝く巨大なシャムロック――三つ葉のクローバーを形作り、空高く昇り、スタンドの上空に広がると、金貨の大雨を降らせた。
小粒にキラキラ光っていたので、最初は星が落ちてきたのかとすら思ったけれど、ソフィアの被っている帽子に、いくつもの金貨の雨粒がぶつかっては、はねて床に落ちる。
金貨が顔にぶつからないようにしながら、上空を眩しげに見上げてみると、シャムロックは顎髭を生やした何千という小さな男たちの集まりだと分かった。みんな赤いチョッキを着て、金色か緑色の豆ランプを持っている。
「レプラコーンだよ」
群衆の割れるような大喝采を縫って、フレッドたちがソフィアの耳元で教えてくれた。金貨を拾おうと椅子の下を探し回ったり、被っていた帽子を脱いでひっくり返し、上空から降り注がれる金貨を下で待ち構えている観衆がたくさんいる。
ソフィアも、足元に散らばっている金貨の一枚を拾う。親指と人差し指で摘まみ、軽く左右に翻すとキラッ、キラッと会場の照明に反射して煌めく。
「もう拾わないのかい?」
「うん。これ一枚で充分よ。お金は欲しくないけど、思い出や記念は欲しいから」
ただのガリオン金貨だったけれど、ここで拾った金貨は特別な感じがする。
金貨の雨が止むと、巨大なシャムロックが消え、レプラコーンはヴィーラとは反対側のピッチに下りてきて、試合開戦のため、あぐらをかいて座る。
「さて、レディース・アンド・ジェントルメン。どうぞ拍手を――ブルガリア・ナショナルチームです! ご紹介しましょう――ディミトロフ!」
ブルガリアのサポーターたちの熱狂的な拍手に迎えられ、遥か下の入場口から飛び出す。イワノバ、ゾグラフ、レブスキー、ボルチャノフ、ボルコフ。一人ずつ名前が会場に響くと、会場は徐々にボルテージを上げ、空気の律動を感じる。
箒に跨った選手たちが、たちまち飛び去ると深紅のローブが激しくはためく。あまりの速さに残像が残った。これは万眼鏡の、スローモーション機能が大いに活躍してくれるだろう。
「そして――クラム!」
ソフィアは、選手入場口を万眼鏡越しに見下ろし、最後に出てきたビクトール・クラムに焦点を合わせ、姿を追いかける。色黒で黒髪の痩せた選手で、大きな曲がった鼻に濃い眉毛をしており、育ちすぎた猛禽類のようだ。プログラムには、十八歳と書かれていたが、実際にはもっと年上に見えた。
「では、みなさん、どうぞ拍手を――アイルランド・ナショナルチーム!」
バグマンが声を張り上げた。今度は、アイルランドのサポーターたちが拍手や声援で選手たちを迎える番だ。七つの緑の影が、サッと横切りピッチへ飛んでいく――コノリー、ライアン、トロイ、マレット、モラン、クィグリー、リンチ。アイルランドチームの凄まじい速さの正体は、ファイアボルトである。
「そしてみなさん、はるばるエジプトからおいでの我らが審判、国際クィディッチ連盟の名チェア魔ン、ハッサン・モスタファー!」
スタジアムにマッチした純金のローブを身に纏った、小柄な魔法使いがピッチに歩み出た。つるつるに剥げている頭とは異なり、口髭はたっぷりと蓄えられているのがなんともアンバランス。口髭に隠れている唇で銀のホイッスルを咥え、大きな木箱を片方の腕に、もう片方には箒を抱えている。
モスタファーが箒に跨り、木箱を蹴飛ばして開けた。真っ赤なクアッフル、黒いブラッジャーが二つ、羽のある小さな金のスニッチが一斉に外へ飛び出し、金のスニッチは一瞬のうちに夜闇に姿を眩ませてしまった。
――ホイッスルが鋭く鳴らされた。
「試合、開始!」