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一週間が経った。あれからウィーズリー氏とパーシーは、ほとんど家にいない状態だった。2 人とも朝早く出て夜遅くまで帰らない。
魔法省は現在火の車だという。連日飛んでくる『吼えメール』の処理や会見の準備、加えて日常の業務もこなさなければならないので、役人の大半がてんてこまいな状況だ。正にリータ・スキーター様々である。
「何を読んでるの?ソフィア」
「呪文集よ」
雨が居間の窓を打った。ソフィアと同じく、ハーマイオニーも夫人がそれぞれに買ってきた教科書を読みふけっている。チャーリーは防火頭巾を繕っているし、ハリーはファイアボルトを磨いている。フレッドとジョージは隅っこの方で何やらヒソヒソ話しながら羊皮紙に書き込んでいた。ジニーはソフィアの隣で教科書の修理をしていた。
「みんな、もう部屋に上がって、ちゃんと荷造りしたかどうかを確かめなさい」
夫人が言った。顔を上げると、パーシーとハーマイオニーが議論を繰り広げていた名残が窺える。
「ほら早く、みんな……」
ソフィアとジニーはそれぞれ教科書を閉じて立ち上がる。まだプリプリ怒っているハーマイオニーを連れて、ジニーの部屋へと上がっていった。
「しもべ妖精の人権が認められないなんて信じられないわ!」
ウィンキーと出会ってから彼女はしもべ妖精の扱いに酷く怒っていた。最低な待遇、奴隷労働とまで言っている。
ウィンキーがどのように扱われているか知らないソフィアは考えようがなかった。個人の家に仕えているしもべ妖精は見たこともない。少なくとも、ホグワーツのしもべ妖精は、不満なんか抱いていなかったように見える。
「そう言えば二人とも、ドレスは用意したの?」
トランクの中身を確認している途中でジニーが聞いた。教科書指定の手紙に、今年は何故かドレスまで用意せよ、と書かれていた。今年は何か大きなイベントがあるのかもしれない。
「えぇ。休み中に両親と選んだわ」
ハーマイオニーが微笑んで答える。嬉しそうに、楽しみを待つような笑顔だ。ジニーがパッと明るくなり、どんなの?と聞いてくる。しかしハーマイオニーは全てを話そうとしない。
「楽しみはとっておかなくちゃ」
手を合わせて、まるで花をしょっているような様子である。エーッ?と頬を膨らませるジニーもやんわりと窘めた。
「ソフィアは?」
「見繕ってくれる人がいて、仕上がったらホグワーツに送ってもらうことになっているの」
「届いたら、一番最初に私たちに見せてくれるわよね?」
ソフィアは「もちろんよ」とにこやかに頷く。全世界の女の子達の憧れを詰めたような煌びやかなドレスを、宝物みたいに抱える彼女たちを目にして、自分にはどんな素敵なドレスが送られてくるのだろうとソフィアは想像が大きく膨らんだし、期待に胸が躍る。
***
九月一日、今日からまた学校が始まる。プシューッと、煙突から白く濃い煙を吐き出して、汽車は駅に停車した。雨足は一向に弱まる気配が無く、一年生以外の生徒たちは、ローブで頭を覆ったり、フードをすっぽり被ったりしてやり過ごしている。
「ホグワーツで今年なにかあるみたいだ。ソフィアはなにか聞いた?」
それぞれのコンパートメントに入り、扉を閉めきったところを見計らってロンが呟いた。とうとう腹を明かしきれず、いかにもスッキリしてない様子である。
「そうね…ドレスローブ持参って買いてあったから、ダンスパーティーはあるんじゃないかしら?」
ケーキをつまみながらソフィアが言うと、ハリーがロンを見た。
「言うなよ、出来るだけあれのことは忘れてたいんだから」
ロンがなにを言っているのかはわからなかったが、本人が忘れていたいと言っている以上追及は出来ない。それからグリフィンドールの同級生の男の子たちがコンパートメントにやってきた。皆の話題はもちろんワールドカップのことで、ハーマイオニーは延々と続くクィディッチの話題に辟易して教科書を読む作業に没頭し始めた。ソフィアも壁にもたれて、ハーマイオニーと同じように読書を始めた。
「まじすごかったよな!ネビルもくればよかったのに!」
「シェーマスのママがネビルのことも招待してくれてたじゃないか」
シェーマスとディーンが口々に言った。
ディーンはマグル生まれなので、ワールドカップに際してフィネガン一家の世話になったという。ハーマイオニーたち三人は会場でシェーマス、ディーンと出くわしていたようだ。
「ばあちゃんが絶対行くなって。くだらないなんて言うんだ、頭固いから…」
ネビルはしょげかえっていた。
「みんないいなあ。ねえ、買った物見せてよ。いろんな行商人が集まってたんでしょ?」
「ほら」
ロンがネビルに突き出したのはビクトール・クラムのミニチュア人形だ。セドリックも同じものを手に入れていた。
「うわー!」
「クラムをすぐそばで見たんだ!貴賓席だったから――」
「そうとも、お前の人生最初で最後のな」
きどった冷たい声がしたかと思いそちらを見ると、立っていたのはやはりドラコ・マルフォイだ。お付きの二人もいる。このグリフィンドール生で超満員のコンパートメントに乗り込んでくるのはなかなかいい度胸だ。
ソフィアが本から目を外すと、マルフォイと不意に目があった。彼は生徒内で唯一、ソフィアの秘密を知っている。勿論全てを知っているわけではないにしろ、警戒はしておくべき相手。向こうも同じだったのか、ぐりんと擬音がつきそうな不自然な動作でソフィアから目をそらす。彼にもいろいろと受け入れがたいものがあるのだろう。
「マルフォイ、お前を招いた覚えはない」
「ウィーズリー?なんだよそれは」
冷たく言ったハリーを無視して、マルフォイはさっと腕を伸ばした。ピッグウィジョンの鳥かごを覆っていた布を手に取る。
「返せ!」
「見ろよ!」
マルフォイは嬉々として布を広げた。古い洋服のようだ。茶色の布地にレースがふんだんに使われている。
「ウィーズリー、これを着るのか?言っておくが、1890年代に流行した代物だぞ――」
「さっさと返せ腐ったネズミ顔!」
ロンが真っ赤になってマルフォイの手からドレスローブを奪い返した。マルフォイは盛大にロンをあざ笑う。グリフィンドール生一同の怒りの表情もどこ吹く風だ。
「エントリーして少しは家名を上げたいんじゃないか、ウィーズリー?
まあ万が一にも選ばれることはないだろうが。賞金がかかってるしな、勝てば少しはまともなローブが買える」
「なに言ってんだ?」
ロンが噛みつく勢いで問うたが、マルフォイは今度はハリーに向き直った。
「お前はするだろうな、ポッター?目立つチャンスはいつだって逃さない――」
「なに言ってるのか知らないけど、はっきり言わないならあなたがここにいる必要はないわ」
ついにハーマイオニーが教科書から顔を上げつっけんどんに言うと、マルフォイの青白い顔に得意げな笑みが広がる。
「父親も兄も魔法省に勤めてるのに、知らないのか?本気で?驚いた、父上はもうとっくに僕に教えてくれたのに。ああ、お前の父親は下っ端だから知らされてないのかもしれないな、僕の家とは格が違う――魔法大臣と個人的に付き合いのある僕の家とは」
魔法大臣の名を聞いて苛立ったソフィアは無表情でマルフォイを見た。視線が絡む。結局言いたいだけ言ったのか、マルフォイは鼻で笑ってお付きの者を従えてコンパートメントから消えた。ロンが立ちあがって力任せにドアを閉めたのでガラスが割れる。ハーマイオニーが咎めるような声をあげて杖を一振りするとガラスは元通り一枚になってドア枠にはまった。
「ロンったら!あいつの挑発に乗ることないのよ!」
「あいつが?僕を挑発?そんなこと出来るもんか!」
怒りのせいで赤い顔で言うロンに説得力は皆無だ。
「パパはいつでも昇進できるけど、今の仕事が気に入ってるだけだ!ホグワーツで今年なにかあるのも知ってるけど、良識があるから僕らに言わなかっただけじゃないか!」
「その通りさ、ロン」
ハリーがロンを宥めるように言うと、ロンは奪い返したドレスローブを強引にトランクに押し込んだ。ソフィアはフォローをしてみることにした。
「ロンは背が高いから、なんでもかっこよく着こなせるよ」
「今回は完璧に仇になったけどな。パパのドレスローブは双子が着るんだ。こんな古着着せられるのホグワーツ中探しても僕ぐらいなもんだろ」
「ロン」
苦笑いのソフィアの代わりに、ハーマイオニーがロンを諌める。
「ごめんねソフィア。下手な慰めありがとよ!」
「ロン!」
「い…いいから、いいから」
ハーマイオニーがロンに向かって杖を構えたので、ソフィアは慌ててハーマイオニーを宥めた。ロンはその後もむっつり黙ってドアから通路を睨んでいる。あまりの雰囲気に男の子たちはおののいて、各々のコンパートメントに戻っていった。