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 大雨の中ホグズミード駅に到着し、馬なし馬車で城に辿りつき、びしょ濡れ集団のせいで泥水の滴る玄関ホールを進み、ソフィアたちはようやくホグワーツの大広間に入った。大広間は例年通り、新学期の宴のために豪華な飾りつけが施されている。寮席に並んで腰かけ、少しすると組分け儀式が始まった。

 「僕らのときと違う歌だよ」

 思い出すと、ハリーは一昨年、組分け儀式が行われる大広間にはいなかった。去年はソフィアもハーマイオニーも組分け儀式を見逃している。ハリーが拍手しながら興奮して言うので、ロンが笑った。

 「毎年違う歌だよ。そうでもなきゃ帽子の一年ってかなり暇だと思うぜ」

 組分けが行われている間中、ロンはナイフとフォークを握り自分の前の空の金皿を眺めていた。なにもロンだけではない。男の子の大半がそうだ。寒かったし、はやく晩御飯にありつきたいのだろう。

 ソフィアは組分けで新入生がグリフィンドールに決まるたび大きな拍手を送り続けた。組分けが終わり、ダンブルドアの合図でようやく晩餐が始まった。金の皿に御馳走が溢れると、大広間中に暖かいがやがやが広がる。

 「ご馳走が出たのは本当に運のいいことでした」

 さーっとやってきてそう言ったのはグリフィンドールゴーストの『ほとんど首なしニック』だ。

 「サー・ニコラス、なにかあったんですか?」

 口いっぱいに食べ物を詰め込んでいる男の子たちを代弁して、ソフィアがニックに尋ねた。

 「ピーブズがね。まあ、いつものことです」
 「ピーブズが厨房でなにをしたの?」

 ハーマイオニーが急いて尋ねた。

 「なにもかもひっくり返して大暴れ。ハウスエルフが口も利けなくなるほど怖がって――」
 「なんですって?」

 ハーマイオニーが眉をひそめた。
 
 「ハウスエルフが、このホグワーツにもいるっていうの!?」

 恐怖で打ちのめされたような声色のハーマイオニーにニックが答える。

 「愚問でしょう?イギリス中のどの屋敷より多くいる。ざっと百以上」
 「わたし、見たことないわよ!」
 「見られないようにしているのですよ、いいハウスエルフというのはそういうものです」
 「お給料は?お休みは?ちゃんと貰ってるわよね?」
 「彼らはそのようなもの望みはしませんよ」

 ニックがハーマイオニーの問いについに笑った。途端にハーマイオニーは自分の皿をぐっと向こうに押しやり腕を組んだ。

 「ハーマイオニー?」
 「絶食する気か?きみが食べるのやめたとこで、ハウスエルフが休めるわけじゃないぜ?」
 「奴隷労働よ」

 ハーマイオニーが憤然と言った。

 「これがそうなのよ!奴隷労働!」

 ソフィアが今まで疑問にも思わなかったハウスエルフの労働について、ハーマイオニーは怒り心頭だった。ハーマイオニーはそれから料理にもデザートにも口をつけなかった。

 「さて、よく食べよく飲んだ皆のものにわしから発表がある」

 ハーマイオニー周辺に不穏な空気が流れていたので、立ち上がったダンブルドアの声にソフィアはほっとした。

 「寮対抗クィディッチリーグは今年一年取りやめじゃ。これを伝えるのはわしにとってもつらいことじゃが」
 「なんで!」

 ハリーが目を見開いて叫んだ。そこかしこで同じような悲鳴が上がるのが聞こえる。クィディッチチームのメンバーたちだ。この場に今夏卒業したオリバーがいたなら、卒倒していたのは間違いない。ダンブルドアは方々から聞こえる声に申し訳なさそうに、しかしそれでも微笑んで続けた。

 「十月から始まり、学年末までこの学校を賑わす行事を開催することとなった!ここに大いなる喜びを持って発表する――」

 大広間の扉が音を立てて開いたので、ソフィアは飛び上がって振り返った。大広間中がそうした。戸口に立っていたのは杖をついた黒い旅行マントの男だ。遠目に見ても随分年かさに見える。フードを脱いだ男の馬のたてがみのような長い暗褐色のまだら髪が、男がそうするのに合わせてぶるっと震えた。
彼が一歩踏み出すたび、コツッコツッという鈍い音が大広間に響く。

 ダンブルドアの前まで進み出た男に、ダンブルドアが手を差し出した。二人は固く握手を交わして、ついに男が生徒に振り返る。鼻が大きくそがれた顔中が傷だらけだ。なによりも驚くべきは目だ。片方は普通の黒い鋭い目だが、もう片方が異様だった。明るいブルーの、まるでコインのように真ん丸で大きい瞳は瞼にもおおわれておらずグルグルと上下左右に視線を走らせている。歩くたびに鈍い音がしていたのは義足のせいだ。片足に木製の義足が宛がわれている。

 「ご紹介しよう。闇の魔術に対する防衛術の新任教師――ムーディ先生じゃ」
 「ムーディ?マッドアイ・ムーディ?ロンのパパが今朝助けに行った人?」
 「だろうな…」

 ハリーのひっそりした驚き声に、ロンも圧倒されたような返答を絞り出すだけだ。

 「あの人、どうされたの?あの顔、なにが?」
 「知らない…」

 ハーマイオニーの問いに、ムーディを食い入るように見つめるロンが呆然と返す。

 「有名な人なの?」
 「腕利きの闇祓いだったらしいの、最近引退なさったって――。今朝なにかトラブルがあったみたいでロンのお父さまが加勢に向かわれたけど」
 「先程言いかけていた話の続きをしようかの」

 ダンブルドアはムーディが職員席に腰掛けるのを見届けてから、静まり返った大広間に向かって朗らかに言った。

 「我がホグワーツはまことに心躍る行事を主催するという光栄に浴することとなった。この催しはここ百年行われておらぬ――。大変な名誉じゃ。今年ホグワーツで、トライウィザード・トーナメントを行う!」
 「ご冗談でしょう!?」


 ソフィアから遠く離れたところに座っていたフレッドの素っ頓狂な叫びに、ムーディが到着してからずっと張り詰めていた緊張が解けた。生徒のほとんど全員が笑った。ダンブルドアも楽しそうに微笑んだ。

 「ミスター・ウィーズリー、わしは決して冗談など言ってはおらぬよ。ミスター・ウィーズリーのようにこの行事を知り得ておる上級生もおるじゃろうが、知らぬものが大半じゃろうからわしから説明をさせていただきたい。
 トライウィザード・トーナメントは七百年前に始まった催しじゃ。ヨーロッパの三大魔法学校、ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラング。その三校の間で親善試合として始まったのがトライウィザード・トーナメントじゃ。
 各校から一名代表選手が選ばれ、三人が三つの競技を競う。五年ごとに三校が持ち回りで主催したもので、若い魔法使い、魔女たちが国を越えて絆を深めるにはまたとない機会じゃった。おびただしい数の死者が出るに至って、催し自体が中止されるまでは」
 「死者?」

 ハーマイオニーが驚き見開いた目でソフィアを見た。ソフィアもそうした。

(大量の死人が出た催しを、再開する?)

 「我が国の魔法省と我が校が、今こそ再開のときは熟せりと判断した。今回は選手の一人たりとも死の危険にさらされぬように、我々はひと夏がかりで一意専心取り組んだのじゃ。他二校の校長が代表選手の最終候補生を連れて十月に来校し、ハロウィーンに代表選手三名が選出される。優勝杯、学校の栄誉、そして選手個人に与えられる賞金一千ガリオンを賭け、三人が競うのを見届けるのは他の生徒の刺激にももちろんなろうとわしは思う」

 ホグワーツ特急でマルフォイが言っていたのはこのことだったのだ。ダンブルドアがこれだけ意気揚々と発表するのだから、魔法省職員も口止めされていたのだろう。

 「今回は選手に年齢制限を設けることとした。十七歳以上の生徒が代表選手に名乗りを上げるのを許される」

 途端にブーイングが上がった。十七歳未満の生徒の声だろう。遠目にフレッドとジョージ、リーが親指を下に向けているのが見える。ブーイングにも臆することなく、ダンブルドアは茶目っ気たっぷりに笑った。

 「夜が更けた――。わしの話はこれでしまいじゃ。明日からの授業に備え、ゆっくりお休み」

 各寮の監督生がぱっと立ちあがって一年生を先導し始めた。上級生もだらだらとそれに続く。
 ソフィアは代表選手が誰になるのか興味はあるし、誰が立候補するのかも気になるけれど、自ら進んで手を挙げるつもりもないので、どこか他人事になってしまう。もちろん、三大魔法学校対抗試合はとても楽しみだが、それよりもドレスローブが活躍する日はいつなのか、そちらの方に気が向いているのが正直な気持ちだった。

 女の子の大半は、今夜、寝室で三大魔法学校対抗試合の話をしながらも、煌びやかに着飾る日のことを喜々として話すのだろう。初日からホグワーツ生は、期待に胸を膨らませる者もいれば、不安を抱える者もいて、早速怒りを露わにした者もいた。一年を通して行われる大々的なイベントのおかげで、今年は考えなくとも濃密な一年になり得るであろう。そんな予感を感じながら、ソフィアは、新たなホグワーツ第四学年目の始まりを迎え、寮へ帰っていた。

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