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「グレイ、わたくしにも――」
「ダメですよ。シルヴィア様は大人しく座っていて下さい」

ニッコリと笑顔で言うグレイにシルヴィアは僅かに不貞腐れて頬を膨らませる。
綺麗で美しい彼女のそんな仕草は、普段とはまた違って愛らしさも感じられた。
すると、グレイは不敵に笑って、シルヴィアの耳元にしか聞こえない声で「今度教えてあげるから、機嫌直して」と言った。彼女が「絶対?」と聞くと、グレイは目を細めてシルヴィアの頭を撫でた。と、その時だった。
部屋の外から屋敷の使用人であるメイリンの、ジーメンス卿を慌てて呼ぶ声が聞こえてきた。
全員がビリヤード室を出て、ジーメンス卿の部屋へと駆けつける。

「どうしたの?なんの騒ぎ?」

駆けつけたジーメンス卿の部屋の前では、メイリンがドアを必死に叩いていた。
ジーメンス卿の返事がないため、セバスチャンがドアを蹴破るという強行突破にでた。
ジーメンス卿の部屋に入った瞬間、シルヴィアはグレイに目元を塞がれた。

「何が、あったの…?」
「シルヴィア様にはお見せできません」

目元を塞がれて視界が遮られたシルヴィアは訳が分からなかった。
すると、先生の「し…死んでる…!」という言葉が耳に入ってきた。グレイの力が緩んだ隙に、恐る恐るグレイの手を解けば、ソファーでグッタリとしているジーメンス卿の姿が目に入った。
その次にジーメンス卿の胸元の真っ赤な血が目に入り、シルヴィアはさっと頭の血の気が引いていくのを感じた。
それと同時に身体の力が一気になくなり、ふらっと倒れそうになるのをすかさずグレイが支えてくれた。
その後、騒ぎを聞きつけたシエルが現場に合流し、ジーメンス卿は警察(ヤード)が来るまで、地下室に安置する事になった。

「でもしばらく警察は来ないだろうね。だって、この嵐だよ」
「ってことは、俺達もココから帰れないってことか!?」
「何を今更。いいじゃないですか、どうせ泊まる予定だったんだし」
「いい訳あるか!!こんな人殺しのあった所で……」
「……そう。今、まさにここは陸の孤島。つまり、殺人犯もまだ屋敷内にいる可能性が高い」

その言葉に周囲がざわつく。

「てゆーか」

そんな中、グレイが爆弾発言をした。

「フツーに考えてこの中の誰かが犯人なんじゃないの?」
「なっ…」

あまりにも衝撃が大きな言葉に、男性陣が黙っていなかった。

「なんで俺達が!?冗談じゃねぇ」
「そ、そうですよ!」
「第一俺達は初対面の人がほとんどですし…「あっ!」
「ディアス様?」

急に声を出したアイリーンは、難しそうな顔をして考え込む。と、すぐに口を開いた。

「私達がこの部屋の前に着いた時、扉には鍵がかかっていましたよね?」
「そういえばそうですだね」
「つまり誰かが窓から進入して、逃亡の時間稼ぎのために施錠して、再び窓から脱出したのではありませんか?」
「でもこの雨の中、外から入ってきたらさすがに足跡残るんじゃない?それにココ2階だし」

ガタガタ、とグレイは窓を引っ張る。

「鍵もかかってる」
「じゃあ、やっぱり誰かが廊下側から施錠して逃げたとしか…「それは不可能です」

キーンの言葉をきっぱりと遮ったセバスチャン。
あまりにも、はっきりとした物言いには何か理由が?全員の視線が彼に向けられる。

「このお屋敷の鍵は全て建造当時のままの、ウォード錠を使用しております。複雑な細工ですので、職人でもない限りまず複製は不可能。
さらにそれは、施錠された保管庫に納められており、執事である私が管理しておりますので持ち出しは出来ません」

「また」とセバスチャンは扉を示す。

「内側から簡易的に施錠出来るよう、ウォード錠と別にもう一つ掛け金を取り付けてございます。
鍵の持ち出しが出来ない状況で、施錠が可能なのは内側からのみ。つまり」
「密室殺人ってことか」

密室殺人、セバスチャンの言葉を継いで言った劉の言葉に、ワンテンポ遅れてウッドリーは口を開いた。

「そんなバカな…小説じゃあるまいし!」
「確かに。こんな稚拙な密室劇を発表しては、苦情が来るだろうな」

眠いのか、退屈なのか。それとも…両方か?欠伸混じりに伯爵が言えば、「え?」とウッドリーが不思議そうに声を出す。

「先生もそう思われませんか?」
「えっ…あっ!!」

唐突に話を振られて戸惑うも、よくよく考えればすぐに気づいた。だてに小説家をしていない。

「そうか…確かにアレを使えば」
「どういうこと?」
「――針と糸だ」

シエルの言う通り、針と糸さえあれば外から簡単にかけられる。
まず、糸をつけた針を落とし金の傍に刺し、固定をする。次に糸をドアの下にくぐらせてから外に出る。
糸が切れない様に慎重に糸を引き、針を抜けば…落とし金が下りて施錠できる。あとは、ドアの下の隙間から針と糸を回収すれば、証拠も残らない。針と糸なら始末も簡単。
冷静に考えてみれば、単純なトリックだ。

「推理小説では使い古された実に単純でつまらんトリックだ。
だが、犯人は推理小説が書きたい訳じゃない。現実的な目くらましなど、こんなモノだろう」
「確かに、それで密室が成立するのはわかったけど…」
「それってつまり、誰にでも殺人が可能だったってことじゃ…」
「俺達は絶対違うぞ、他の誰かだ!」
「俺だって違う!」

そこでまた騒ぎ出す。まあ、犯人と疑われそうな状況…無実を訴えるのが普通だ。自分だって、犯人と疑われるのは嫌だ。

「まあまあ、お二人さん。落ち着いて皆のアリバイを洗ってみればいいじゃない。
ジーメンス卿が殺されたのは部屋に下がってから…さらに正確に言えば、卿がベルで使用人を呼んでから、執事君達が部屋に着くまでの間。
その時間のアリバイがあればいい」

「俺とアイリーンはビリヤード室にいた」
「はい」
「ボクとシルヴィア嬢もそこにいたよ」
「俺もです。あと、フェルペスさんも。ジーメンス卿が寝てから騒ぎが起きるまでずっとビリヤード室にいました。その間、席を外した人もいません」
「お前達は何をしてたんだ?」
「ん?我達はウッドリーさんと一緒にラウンジで飲んでたよ。ねぇ、藍猫」
「ああ!騒ぎがあるまでずっと一緒だった」
「確か12時過ぎにおさけがなくなったからか、執事君に持ってきてもらったよね?」
「はい。12時10分頃、お持ちしました」
「ワッ、ワタシ達使用人は5人皆で片付けしてましただよ!」
「大体、俺達はジーメンスがどの部屋に泊まってたかも知らなかったんだ!この広い屋敷でヤツを見つけるのだって時間がかかるだろ!?」
「ということは…」

「失礼ですが、伯爵。その時間は何を?」

「確かにアリバイがないのは僕だけだが、僕には卿を殺す理由がない」
「え〜?ホントにィ?」
「……何?」
「確かに理由がないってことはないかもね。人が人を殺す理由など他人が思いもよらない理由がほとんどだ。
人間の心理なんて天才学者がどれだけ研究を重ねても他人ではわからないものだよ。
それに君の会社、確かドイツに支社があったよね?その国の大手銀行役員である彼と何か書類上(かみのうえ)でモメ事があったかもしれない。我々には預かり知らぬことだけどね」
「僕のファントム社がこげつきでもしていると?馬鹿げてる!」
「なくもない話でしょ。どんな大きな会社でも一晩でなかったことになるご時世なんだしさ」
「まっ…待ってください!!詳しいことはわかんないけど、でもっ、坊ちゃんがそんなことするワケ……」

フィニの言葉を遮るかのように、シエルがフィニの名前を呼び、「下がれ」と命令した。
重たい空気が部屋中に漂う中、グレイが「保険が欲しいな」と口にした。

「保険?」
「ボク達が生きて帰れる保険だよ」
「それはつまり…」
「だって、ココは殺人犯が支配する屋敷なんだよ?そして嵐が止むまでボクらは出られない。嵐が止む前に全員口封じされたらどうする?」

グレイの一言で、客人達の顔はみるみる青ざめていった。そんな中、劉が明るい声で言う。

「あ、じゃあさー……カンキンしちゃおーよ、カンキン!」

劉の言葉に使用人達が声を荒らげる。そんな使用人達とはうって変わり、シエルは「それで気が済むなら好きにしろ」とため息混じりに了承した。

「カンキンするにしても伯爵の部屋はダメだね。貴族の部屋は大体抜け道が造ってあるもんだし。ボクんちにもあるしー」
「では、私共でお世話をしながら見張るというのは」
「それもダメ。だって、君達は伯爵を逃がすかもしれないでしょ?」
「ってワケで、ゲストの中で誰かが一緒に泊まって見張るってのがベストだと思うケド」
「俺は絶対ごめんだ!アイリーンを一人にしておけるか!!」
「お…俺だって!!」
「我もヤダなあ」
「ボクだってヤだよ。シルヴィアを一人に出来ないし……でも誰かがやんないとさー」
「わたくしがやりましょうか?」
「は?いきなり何言い出すのさ。僕の話聞いてた?そんなのダメに決まってんじゃん。もしもの事があったらどうするワケ?」
「でも、伯爵はまだ子供です…、彼が殺人犯などとは、わたくしにはとても思えませんし…。
民の安全を守るのも王室の務めだと女王陛下も―――「とにかくダメだから!」

まるで聖母・マリアのような慈悲深い心を持つシルヴィアに、グレイは半ば呆れながらも「ダメ」の一点張りで彼女の意見を聞こうとしない。
それどころか、子供とはいえ伯爵は男だからとか、他の男と寝るなんて許さないとか、大分私情も交えている彼だったが。

彼らの論争を軽く耳にしながらちらりと、伯爵の方を見る。
状況を考えれば、犯人は彼しかない。ーーーーでも、自分しかアリバイがない人間がいない時に犯行を行うなんて、そんな三文小説のマヌケな犯人がするようなことをするだろうか。
もし彼が犯人だとして、自分が不利になるとわかっていて、あのチープなトリックの種明かしをするだろうか?

「ーーーーってワケで」

ん?肩へと置かれた手に、考え込んでいた思考の底から我に返る。
叩いたのは劉だった。なぜ、そんな笑顔でこちらを見る

「よろしくね先生!」
「って、ええっ!?」

まさかの自分!?

「逃げないようにしっかり見張ってよ」
「そ…そんなぁー」

話にしっかり参加していればよかった…。
見事に押し付けられてしまった。その時、あ、と何か思い当たる顔をしたグレイ。

「そうだ、ボク馬車にイイもの積んでるんだ。君、取ってきてくれる?」

指名されたシェフは部屋を出る。イイものとは、なんのことだろうか?

「じゃ、これで解散だな。セバスチャン、皆様をお部屋にご案内しろ」
「かしこまりました。では、皆様ご案内致します。どうぞこちらへーーーー」

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