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「ユーリリン、何見てんのー?」

大学での昼食時間、お弁当を食べつつ雑誌らしきものを読んでる百合に尋ねる。

「お菓子作りの本」
「へー、なんか珍しいね。いつも主婦向けのレシピとかなのに」

一人暮らしをしている百合は普段から自炊をしているため、主婦向けの献立が載った雑誌をみていることが多い。

「この間ライブ行かせてもらったお礼に何か作ろうと思って」
「……え!?手作りってこと!?」
「うん、だって節約できるから」
「確かに〜……ってじゃなくて、え!?つまりあの男の人に手作りのお菓子を!?」
「斎藤さんだよ?」
「そのサイトーさんに!?」

女子が男性に贈る手作りのお菓子だなんて、傍から聞けば恋人がすることにしか聞こえない。
しかし、当の本人にはそのことがよく分かっていないようだ。

「やっぱり大人の人はあまり甘いのは得意じゃないのかな」
「さぁー…最近はスイーツ男子ってのもあるみたいだけど」
「うーん…もっとちゃんと聞いておけばよかったなぁ」

真剣に悩んでいるその姿はまさに女子そのもの。
田中は彼女にもこういう日がくるのかと、どこか感慨深い思いで見ていた。
あの香水をつけてきた日から彼女は既に一人の乙女だったのだ。

「あーあ…なんかいざくると寂しいなー」
「…寂しいの?」
「うん、自分の世界から大事なものが一つ消えちゃって」
「……落とし物したの?私も探すよ」
「ううん、多分私でも見つけらんないから」
「…そう?でも、寂しくなったら言ってね。私がちゃんといるからね」

それを聞いて、あぁやっぱり彼女は彼女だなと感じた。
自分の前から消えたんじゃなくて、ちょっと色が変わってそこにいるだけ、本質はそのままだった。

「うん、ありがとね」

そこにちゃんといるんだ。

***

14日。カウンターの棚には、青色のラッピング袋で包装されたお菓子があった。
今日も会計や商品の出し入れをしていた百合は、時折時計を見たり入り口を見たりすることが何度もあった。
もうすぐ20時、店の閉店時間が近づいていた。
しかし、彼はまだ来ていない。

「百合ちゃーん、そろそろ上がっていいよー」
「…はい」

店長から声がかかり、百合はエプロンをほどき奥へと戻る。
カウンターの棚にあった青い袋とともに。

もしかしたら仕事が長引いてしまったのかもしれない。
何か別の用ができたのかもしれない。
色々自分の中で考えを浮かべ、着替えを済ませて店から出る。
外は2月にも関わらず、この寒さでパラパラと粉雪が降っていた。

「…帰ろう」

帰路へとつくため足を向けようとした。
そのときだった、誰かの声が聞こえてきたのは。

「……高嶺さん…っ!」

こちらへ走ってくるそのひとは男の人のわりに細見で声が少し高くて、誰だかは直ぐ分かった。

「斎藤さん…?」
「ごめんね、遅れて…!
ちょっとラジオの仕事が長引いちゃって」
「い、いえ…あの走ってきてくれたんですか…?」
「うん、なんか今日道混んでてタクシーも全然動かなかったから…走った方が早いと思って」

少し息を荒くして答える斎藤さんは、よっぽど急いできてくれたのだろう。
この寒空なのに額にはうっすら汗も見えた。

「ご、ごめんなさい…私なんかのために…っ」
「いや、約束したんだから、守らないとね」
「ありがとうございます、あ、それで…あの私…」

鞄の中から青い袋を取り出す。
綺麗にラッピングされたそれを見て、少しだけ驚いた様子の斎藤さん。

「この間ライブに誘っていただいたお礼で…その、作ったんですけど…美味しくなかったら…ごめんなさい」
「手作りなの?」
「は、はい…でも、あまりお菓子は作ったことがなかったので、ちょっと不格好で…」
「…ありがとう…っ、すごい嬉しいよ」

とても嬉しそうに笑う斎藤さんに百合は心がほっとした。
こうやって喜んでもらえると、一生懸命作ってよかったと思う。

「今日はもう帰るよね?」
「はい」
「じゃあ駅まで一緒に行こう」
「…はい」

前の雨降りのときとは違う。
景色はもちろんだが、なにか自分の心が少し浮足立っている気がした。

「あ、そういえば…連絡先交換しない?」
「…あ、はい」
「今日、事前に連絡できたらよかったかなって思って」
「確かに…そうですよね、そうしたら斎藤さん走ることもなかったのに…」
「あはは、もうそれはいいから。LINEでいい?」
「はい」

お互いにスマホを出して、連絡先を交換する。
自分のスマホにまさか幼馴染以外で有名人の名前が入るとは思いもしなかった。
帰り道、斎藤さんと歩いているとき心はずっと浮足立っていた。

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