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「はい」
「あ、こんにちは。今日、事務所で斎藤さん風邪ひいたって聞いて…お見舞いで」

そこにいたのは斎藤さんと同じ事務所に所属し、ガールズバンドのボーカルを務めている小川ハルナだった。
そう言う彼女の手にはスーパーのレジ袋。お見舞い品と思われるものが入っていた。

「わざわざありがとう」
「いえ、でも事務所の人は凄い熱があるって言ってたんですけど、もう大丈夫なんですか?」

斎藤さんの元気そうな様子を見て、聞いていた話と大分違っていると思ったらしい。

「うん。もう全然よくなって、看てくれた人がいたから」
「あ、…そうなんですか」

誰か看病してくれた人がいたという事実を知って、少しだけハルナの顔が曇った。
そして、それに続くようにして部屋の奥から聞こえてきた女性の声に彼女の心はさらに暗くなる。

「……斎藤さん、あの、」

中から遠慮がちに顔を出したのは、長い黒髪の一人の女性だった。
思わず魅入っていまうほど整った顔だちと真っ白い肌が印象的で、女性を見ていると向こうもこちらに気づいたらしく、頭を下げていた。
どうしてその人はこの部屋にいるんだろうと、ハルナの中で最悪の考えが浮かんだ。

「あ、ごめん、すぐ行くね」
「斎藤さん、あの人って…彼女さんですか?」
「いや、そうじゃないんだけど…ちょっと知り合いの人で」

看病してくれた人というのは、あの人なのだろうとハルナは思った。
斎藤さんは彼女じゃないというが、自分の家にまで入れて看病まで頼むほどだ。そのひとのことを信頼していることが伝わってきた。

「あ、じゃあ、ほんとコレありがとね」
「…はい、お大事に」

早く部屋へ戻りたいんだろう。斎藤さんはお礼だけしっかり言うと、あっさりその扉を閉めた。
ハルナを入れるわけでもなく、ただあの女性の元へと戻っていったのだ。
その閉められた扉をハルナは暫く見つめていた。

***

「今の人って…」
「同じ事務所の子だよ」
「もしかしてPINKEYLILLYの…」
「あ、知ってる?うん、そこのボーカルの子」
「友達に教えてもらって、聞いたことあります。
すごいですね斎藤さん。知り合いなんですね」
「あはは、俺一応バンドやってるので、彼女たちの先輩だから」

改めて彼が人気バンドのボーカルをしているのだと感じられた。
交友関係もやはり音楽関係の人が多いのだろう。
林檎を剥きながらしみじみ思った。

「ウサギってそうやってやるんだね」
「あ…すみませんいつもの癖で」

いつの間にか自分は林檎をうさぎ切りにしていたらしい。
昔から林檎を食べる時は、母親から教わったこの切り型をしてしまう。

「いいよ、俺切ってるとこ初めて見た」
「やってみます?」
「……遠慮しときます」

流石にギターを弾けなくなるのは困るかな、と苦笑交じりに言っていた。
男の人は料理をする人しない人に極端に別れるというが、百合の知っている男性はどちらも料理は全くしないようだ。

そうして林檎を剥き終わって百合はふと思った。
昨日からずっとここにいるが、自分はお風呂に入っていなければ着替えてすらいなかった。

「あの…私、そろそろ…」

流石にこれ以上の長居はよくないとも感じたが、
なにより異性がいる隣でお風呂に入っていないままなのは、どこか気が引けてしまった。

「あ、ごめんね。こっちこそ色々させちゃって」

斎藤さんも時計を見て、自分が大分長い時間彼女を引き止めてしまっていたことを知る。

「林檎はラップをして冷蔵庫に入れておけば、少しの間持つと思うので」
「うん、ありがとう」
「それから、あの余計なお世話かもしれないんですが……一応、さっきご飯を作るついでに常備菜を少し作っておいたので…、よかったら」

そう言って百合が冷蔵庫を開けると、そこにはいつの間にか、おかずの入ったタッパーがあった。
これなら数日はご飯がしっかり食べられそうだ。

「…高嶺さん、ほんとすごいね。主婦じゃん」
「ただの大学生ですから。これでしっかり栄養摂ってくださいね」

最後まで自分のために動いている彼女に、斎藤さんは嬉しそうに笑っていた。

「今度、しっかりお礼させてください」
「いえ、元気になってまたお店に来て下さればいいですから。あ、ぜひ店長にも顔を見せてくれれば」
「ああーあの人には特にね。うん、ちゃんと顔見せないと」

何故か店長の名前が出ると斎藤さんは頭を悩ませていた。
相当頭が上がらないんだろうなと思った。

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