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斎藤さんの風邪騒動以降、百合は久しぶりに一人でショッピングモールに来ていた。
というのも近々、友人の誕生日が近いためそのプレゼントを買いに来ていたのだった。
アクセサリー店や化粧品店など色々見ていくなか、目ぼしいものも見つかりひとまず休憩しようと近くのカフェを探す。
すると、ふと一人の女性がこちらに視線を注いでいることに気づいた。
茶髪に染めた長い髪をしていて、おしゃれな帽子とサングラスをかけている姿は他の人とはどこか違うオーラが出ている。
そしてどこかで会ったことのある違和感も感じられた。
しかし、どうしてその人は自分の方をじっと見ているのだろうか。
誰か後ろにいるのか、周りを見渡すが人通りとは少し外れているため、今ここには彼女と自分だけだ。
やがて女性が高いヒールをカツカツと鳴らして近づいてきた。
「…ねぇ、あなたこの間斎藤さんちにいた人だよね」
「…え?」
サングラスを少しずらしてそう言う。
よく見ればその女性は、この間斎藤さんの家に訪れてきたPINKEYLILLYのボーカルの小川ハルナだった。
「こ、んにちは…」
驚きもあったが、下手に声を出すことはなかった。
前に斎藤さんとのこともあるので身体が上手く反応してくれたらしい。
「ちょっと時間ある?お茶一緒にしない?」
まさかのことに再び驚くばかりだった。
自分はなにか有名人を引き付ける磁場でも発生しているのだろうか。
***
「ごめんね、急に」
「いえ…私もちょうど休憩したかったので」
近くにあったコーヒー店に二人で入った。
あまりお客も入っていなかったが、とても静かでカントリーな曲が流れている店の雰囲気に合っていた気がした。
百合はカフェオレを頼み、ハルナはエスプレッソを頼んだ。
「それで…どうして、私なんかを…」
いざ有名人を前にして緊張してしまうのは誰だって同じだろう。
声を出そうにもつい小さくなってしまう。
「うーん、ちょっと話してみたくて。あ、ていうか今更だけど、あなたの名前って…」
「高嶺百合です」
「よろしくね。私は、」
「知っています。PINKEYLILLYのボーカルの…」
「小川ハルナ、知っててくれてありがとうね」
「友達に曲聞かせてもらって……あの、すみません…おこがましいんですけど、サインもらってもいいですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「実は今度その友達の誕生日で、今日はそのプレゼント買いに来て…その子がPINKEYLILLYさんのファンなんです」
鞄から先ほど購入したプレゼントとボールペンを取り出した。
ピンク色のラッピングがされた小箱の表面にサインを頼み込んだ。
ハルナはそれを受け取り、慣れた手つきでサインをする。
「はい」
「ありがとうございます」
これで友人も喜んでくれるだろうと、百合は大事そうにそれを鞄の中にしまい込んだ。
そして頼んだカフェラテとコーヒーが運ばれてきたところで、ハルナが再び切り出した。
「それで…ちょっと聞きたいんだけど、斎藤さんとは仲いいの?」
「斎藤さんですか?……はい、良くしてもらってる方かと…」
「え、いつから知り合いなの?」
「えっと…今年からなので、1月の終わりぐらいでしょうか」
「……まだ全然会って間もないんだ」
確かに知り合って1か月経つか経たないかぐらいだ。
でも、どうしてハルナがそれを聞いてくるのか百合には分からなかった。
話とは斎藤さん絡みのことなのだろうか。
「何で知り合ったの?誰かに紹介されたとか?ファンだったとか?」
「あ…バイトし始めたお店の常連さんだったみたいで、それで…偶然…」
まるで尋問みたいだと百合は思った。
最初こそ人当りのいい人だなと感じたが、段々とハルナの表情が険しくなっている気がした。
「…あの人が何してるひとか知ってるの?」
「はい。バンドのボーカルさんですよね、前にライブに行かせていただいたんですけど…」
「ファンクラブ入ってるんだ」
「いえ……その、チケットを頂いて」
百合の言葉にハルナがぴくっと眉を動かした。
何か自分はまずいことを言ってしまっただろうか、益々不安が募る。
「…貰ったの?斎藤さんに?」
「は、い……CDを買った時に、見に来ないかって誘ってもらって…」
「ふーん……」
ハルナがエスプレッソに口をつける。
カップを持ち上げた手にはベビーピンクのマニキュアをしていて、指にはリングもつけていた。
ガールズバンドをしているだけあっておしゃれに気をつかっているようだった。
「私さ、斎藤さんと同じ事務所に入ってるんだ」
「はい、聞きました。先輩と後輩さんなんですよね」
「うん。でも事務所に入る前から斎藤たちのバンド知ってたし、ライブだって見させてもらったことあったの。
すっごいかっこいいよね。私たちは5人でバンドしてるけど、あの人達はスリーピースであの演奏力だから」
「すりーぴーす…?」
「三人で構成されるバンドのこと」
聞き慣れない音楽用語に首を傾げる百合に、ハルナは優しく解説をしてくれた。
「中でも同じボーカルの斎藤さんには凄い憧れて、私もあれぐらい歌を歌えたらなぁって思ってたんだ」
楽しそうに目を細めて話すハルナ。
よっぽど音楽が好きなんだろう、自分とは違う世界のひとたちの姿に見えた。
「だから同じ事務所からスカウトされたときはめっちゃ嬉しくって!
憧れの人と同じとこだーって、馬鹿みたいにはしゃいじゃってさ。
それで、仕事先とかフェスでも会うようになって……どんどん好きになっちゃったんだよね」
百合のなかで何かが止まった。
ハルナが言った言葉に嘘偽りはなさそうだった。
「……事務所の先輩とか、同じボーカルとかじゃなくて……あの人が好きなんだ」
恋する女の子の顔をしていた。
少し頬が赤らんでいて、きらきらした瞳がとても輝いている。
「だから…今日は、百合ちゃんにちょっとお願いしたいことがあって」
百合のなかで警戒音が響く。だめだと。
その先を聞いてしまってはダメだと心のなかで警戒音が鳴っていた。
「協力、してくれないかな…」
「……あ、」
「百合ちゃん、斎藤さんと仲良いみたいだから。
……ね、お願い」
手を合わせてこちらに懇願するハルナ。
今までこういった恋愛相談を受けたことがなかったため、どう答えたらいいか分からない。
むしろ自分はどう答えたいのか、それすら分からなかった。
「わた、し…」
「…もしかして、百合ちゃんも…斎藤さんのこと、好き?」
”好き”
幼馴染にも、友人にも、ハルナにも、みんなに聞かれる言葉。
どうしてこの言葉は最近自分にひっついてくるんだろう。
私は、どうして、この言葉を聞くと。
「そう、じゃないんですけど……」
「ほんと?…よかったー、百合ちゃん凄い美人だし、勝ち目ないと思ってた。
スタイルとかモデルさんみたいだしね」
「そんなことないですよ…ハルナさんとってもおしゃれですし、可愛いです」
「ありがとう」
ハルナはとっても嬉しそうな表情をしていた。
本当に安堵したのか、最初の強張った表情なんて嘘みたいだった。
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