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映画当日。前日のうちに決めていた服装に着替えて、百合は待ち合わせ場所まで向かう。
黒をベースに青い花があしらわれたシャツワンピースに淡い水色系のコートを羽織って、髪の毛はハーフアップ。
ふぁんでーしょん、ちーく、りっぷ。魔法でもかけられたかのようにいつもよりオシャレな自分ができていた。
友人と遊ぶときもおしゃれはするし、メイクもするけれど、今までの自分とはちょっと違っていた気がした。
待ちゆく人たちがちらちらと彼女の方を振り向いたり目を向けたり。
けれど今の百合はそんなこと気にもならず、ただただ自分の緊張を落ち着けようとしていた。
待ち合わせである六本木の一角に着く。
遅れないようにといつもより早く家を出たので、待ち合わせ時間より10分早くついてしまった。
スマホを片手に暫く待つことにしたが、ふとこうやって街で一人で待つのは初めてだと思い出した。
友人とは駅内で待ち合わせたり、幼馴染は家から一緒に行ったりしていたのだ。
こうやって相手を待つのは、それこそ映画のワンシーンのように思えた。
そんなことを考えていると何か視線を感じて顔を上げた。
見ると、前方にいた若い男のグループが、こちらを見ては笑ったり話したりしているのだ。
なんだかその視線が気持ち悪くて、場所を移動しようかと思ったが、斎藤さんはもうこちらへ向かっているかもしれないので下手に変更するわけにもいかない。
しかし前方の男たちのうち、一人がこちらへ向かって歩いてきたのが見えた。
やっぱり移動しようと意を決したとき、ぐいっと左腕を引かれた。
思わず自分の腕を引いた人の方へ身体がよろめくが、そのひとはそれさえもしっかり支えてくれた。
「ごめん、待ったよね」
「斎藤さん…」
腕を引いてきたのは斎藤さんだった。
斎藤さんは変わらず優しい目をしていたけれど、その目をちらりと先ほどの男たちへ向けた。
百合もつられてそちらを見ると、男たちは明らかに不貞腐れた顔をしてその場を離れていくのが分かった。
「ちょっと危なそうだったから、急にごめんね」
「いえ、寧ろありがとうございました」
「じゃ、行こっか」
斎藤さんについて映画館へと向かった。
***
映画は医療系のものだったが、監督が恋愛映画で有名な人だったからか、恋愛も主体になっていて誰にでも楽しめそうなものになっていた。
そしてその映画の主人公は始め自分の恋に気づいておらず、心の葛藤に何度も苦しんでいたり時に笑っていたり…
百合はいつの間にかその主人公を目で追っていた。
その中でも、悩む主人公に対し主人公の継母が言っていた言葉が印象的だった。
『戸惑えば戸惑うほど、それは愛しているということなの』
それが彼女の心の中にすとんと入ってきた。
映画を見終わってから近くのカフェでお茶をした。
斎藤さんは映画の感想よりも主題歌を歌ったバンドの話に夢中で、百合もそれを何度も頷きながら聞いていた。
彼がこうやって何かを熱心に話す姿は初めて見たが、やはり音楽の世界にいる人なのだと改めて思う。
「このあとどうしよっか、何処か行きたいとこある?」
「私、この辺りはあまり来たことがないんですけど…なにかありますか?」
「んー俺もあまり知ってるほうじゃないけど、まぁとりあえず、ゆっくりできるとこにでも行きますか」
そういって立ち上がった斎藤さんについていくため、百合も立ち上がる。
伝票は斎藤さんが持ってレジへと持って行った。
その動作がとても素早くて少し出遅れてしまい、追い付いた時には斎藤さんが会計を済ませてしまっていた。
「あのお金…」
「いいから、こういうときは社会人が出さないと」
自分もバイトをしているので多少はお金を出せるのだが、本当にこういったとき男性に先に支払ってもらうなんて、と少し心の中で感動していた。
まるで映画のようだと思ったのだ。
それから斎藤さんは百合を、緑のある庭園だったり美術館だったり、大人の男性が選びそうな場所にエスコートしてくれた。
今まで来たこともない場所ばかりで全てが新鮮で、何より斎藤さんはとても物知りらしく百合の知らないことをたくさん教えてくれるのだ。
そうして時間はとても早く過ぎていって、いつの間にか外が暗くなっていることに気づく。
「最後、あれ行かない?」
斎藤さんが指差す先は、大きくそびえたつタワー。
六本木ヒルズ森タワーとかかれた建物だった。
中に入っていき二人でエレベーターに乗りこむ。
「なにかあるんですか?」
「うーん、いいもの見せられたらなぁって」
彼の言ういいものが何なのかは恐らく行けば分かるのだろう。
そしてエレベーターが止まって降りると、斎藤さんが「こっち」と百合の手を引いた。
突然握られた手に、百合は自分の鼓動がどんどん早まっていくのを感じた。
華奢な身体からは想像もつかなかったほど斎藤さんの手は男らしい大きな手をしていた。
休日にも関わらずここには多くの人がいて、そのほとんどは自分たちと同じように男女の二人組だ。
その人混みを上手にかわしながら斎藤さんが進んでいく。
やがて立ち止まると、そこにあったのは夕焼けに染まる東京の景色だった。
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