23


東京タワーやレインボーブリッジ、東京スカイツリーなどが見下ろせて、それらが茜色に染まっている。
思わず言葉を失ってしまいそうなほど美しい景色だった。

「すごい…」
「前にきたときは昼間だったけど、夕焼けもいいかなって」
「すごいです、斎藤さん。綺麗ですこの景色」

嬉しそうに笑顔をそちらに向けると、斎藤さんも「よかった」と笑顔を見せていた。

「私、こんな景色初めて見ました…」
「うん。俺も」

既にスカイデッキの景色に魅入られている百合。
斎藤さんもその隣に立ち、二人で、陽の沈んでいく東京を見つめていた。



「今日は本当にありがとうございました」
「俺の方こそ楽しかったよ、ありがとね」
「斎藤さんって物知りなんですね、今度また色々教えて下さい。音楽のこととかも」
「そう?初めて言われたけど、でも俺でよければ全然」

駅について挨拶を交わし、それぞれの電車に乗るためホームへ向かおうとする。

「…そういえばさ、本当はもっと早く言えばよかったんだけど、タイミング逃しちゃって…
えっと、今日の高嶺さんの格好、すごい可愛いかった。
だから…帰り道気を付けてね、昼間みたいに変な男に絡まれないように」

”すごい可愛い”
そう言われて、百合は数秒の間の後、一気に顔に熱が集中していくのが恥ずかしかった。
思わず頬に手を当てて隠そうとする。

「あ、え、と……ありがとう、ございます…」
「ごめん、俺も変なこと言っちゃったよね、気持ち悪いよね、俺なんかがそんな…」
「ちがうんです、そうじゃないんです、…初めて、男の人に言われたので…びっくりして、」

お互い顔を赤らめて言葉に詰まってしまう。
二人の間だけ他とは違う時間が流れているようだった。

「じゃあ…また」
「はい、」

やがて斎藤さんが切り出すようにして、その場を分かれて行った。
時折ふたりとも、相手の方をちらりと振り返りながら。

***

百合が家に帰える途中、幼馴染から連絡があった。
今日また家に寄るとのことだ。

「よっ」
「…珍しいね、いつも玄関にいるのに」
「まぁこんなときもあるだろ」

アパートまでの道のりで合流してきた幼馴染は百合の姿を上から下まで見て尋ねる。

「なに今日合コンだった?ってわけないか……田中、でもなさそうだし」
「うん、斎藤さんと映画見てきたの」
「……は?お前ら付き合ってんの?」
「ううん」
「でもデートには行ったんだ…」

もうゴール間近みたいなものじゃないか、と自分の知らないところでどんどん事が進んでいることがどうしようもなく嫌だった。
けれど自分の我儘をまた彼女にぶつけるわけもいかず、ぐっとこらえる。

そして家について部屋に入ると何か違和感を感じた。
今まで何度も来たことのある部屋で、今まで特に変わったことはなかったというのに。

「これは?」
「お客様用のお箸とスプーン入れ」

テーブルの上には白い箸入れがあった。
こんなことは今まで置かれたことがなかった筈、どうして今になって。

「この間、斎藤さんが来てね。ご飯食べて行ったの。
それでまた来た時にあった方が便利かなって」

まさか自分の部屋に招く程、仲が縮まっていたとは想像もつかなかった。
というか普通に考えてそんなの恋人同士のやることじゃないか。
正人の中でまた嫉妬の炎がめらついていく。
自分と彼女だけの空間にどんどん侵食してきている男に対して。

彼女がいつもあまり着ないような服も、メイクも、全て今日のデートのためだったのだ。
自分と出かけるときには見なかった格好をしていたことが、すごく悔しかった。

「正人君…?」
「…なに?」
「怖い顔してるよ、大丈夫?」
「あー、うん…何でもない、てか腹減った飯食いたい」
「はいはい」

できるだけ平静を装いつつ、今日も彼女の手料理を待つ自分を心底褒めてやりたい。

本当は言いたかった。
自分のためにご飯を作ってほしいと、自分のために可愛く着飾ってほしいと。

お願いだから、俺だけを見てよ。

- 29 -

*前次#


ページ:



ALICE+