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春、桜も開花が近くなってきたこの頃、自身に降りかかって来たのはただの不運だった。

「工事?」
「そうなのよ〜、ごめんなさいね。
うちのアパートちょっとワケあって急遽工事しなくちゃいけなくなって」
「それって…」
「だから突然で申し訳ないんだけど、暫く別のお家に居候してもらえるかしら。
他の人はもう皆目星はついたらしいから、あとは百合ちゃんだけなの。ほんとごめんなさいね!」

高嶺百合、住処をなくしました。



「……どうしよう」

管理人さんはあと一週間で新しい場所を探してほしいと言っていた。
けれど、そんなに急に事は上手くいくはずもなく。
最初に考えたのは友人である田中椿の自宅だが、実家暮らしで下に兄妹の多い彼女に早々頼めるはずもなく
もう一つは幼馴染の家だが、アイドルである彼の家は常に週刊誌などのカメラマンが張っていて寧ろ近づきたくない、
最後に店長に頼もうかと思ったが、以前に長男が公務員試験を控えていると言っていたので、やはり断念をした。
少しお金はかかるが今からでも新しいアパートを探そうとしたが、如何せん季節柄、ちょうど新学期が始まるので上京してくる人が多く、低家賃のところは全て埋まっていた。
まさに絶望的ともいえる状況だった。

「え、百合ちゃん、大丈夫かい?すごい顔青いよ?」
「……その…、実は…」

精神的に限界がきたのか、バイト先でつい店長にぽろっと悩みを打ち明けてしまった。

「家がない!?」
「て、店長、声…っ」

思わず大声を上げてしまった店長を押さえる。

「あ、ご、ごめんよ…っ、それで住むところがなくなっちゃったってことだね?」
「はい…あと一週間しか猶予がなくて」
「うーん…確かにそれは大問題だね…」

「なにかあったんですか?」

2人してカウンターで”考える人”のポーズをしていると、いつものように斎藤さんがやってきてくれた。

「い、いらっしゃいませ」
「実はねー斎藤くん、百合ちゃんが……………ああああ!!」
「うわ、びっくりしたー」

斎藤さんにもこの話を聞いてほしいと店長が話そうとした瞬間、何かを思い出したのか突然大声を上げた。
百合も斎藤さんも肩をびくつかせた。

「斎藤くん!キミ、もうすぐツアー始まるよね?」
「はい、そうですけど…」

それは百合も本人から聞いていたことだった。
何度か連絡をしているとき、今年はツアーやライブで忙しくなると話してくれたからだ。

「いや、さっきの話の続きなんだけど、実は百合ちゃんがアパートを今週中に出なきゃいけなくなって、すぐに新しいところを見つけなくちゃいけなくなったんだって」
「え?そうなの?」
「…はい…突然、工事が入るらしくて…」
「でねーキミ、もうすぐツアー始まって暫くお家を空けるよね?」
「まぁ、そうですね………って、え?!」

店長の言いたいことが分かったらしく、斎藤さんは驚いた様子をみせる。
しかし、百合は未だに話の筋が見えず疑問気に首を傾げている。
そして店長が斎藤さんの両肩にぽんと手を置いた。

「人助けだと思って!…ね?」
「え、逆に俺でいいんですか…っ、男のとこに女子大生が、」
「別にいきなり同棲ってことじゃなくて、ツアー中ならキミも家を空けて家の管理ができないでしょう?
百合ちゃんは家事、掃除となんでもできちゃって、しっかり者だし任せてもいいんじゃないかなー?」
「まぁ確かに掃除とかしてくれるのはありがたいですけど……本人が…」

二人が話を終えると、百合の方へ視線を向ける。
当の本人は大きな目をぱちくりさせて固まっていた。

***

「…本当に、すいません…」
「全然いいよ。寧ろ俺のとこでゴメンね、女の子が一人で心細いでしょ」
「い、いえ…前にもお邪魔させてもらいましたから…」

結局他にあてがなかった百合は、店長の勧めで斎藤さんの自宅に暫く居候させてもらえることになった。

「荷物はこれだけ?」
「はい」

元々部屋にものをあまり置いてなかった百合の引っ越し荷物はとても少なかった。
段ボール3箱と布団が一式。

「それじゃあここの部屋使って」

斎藤さんが案内してくれたのは奥の部屋。
以前百合が住んでいたアパートの一室より遥かに大きかった。

「こんなに大きな部屋…いいんですか?」
「元々全然使ってなかったから、気にせず使っていいよ」
「…すみません、ありがとうございます」

深々と頭を下げて、早速荷物をほどいていく。
居候させてもらう間の家賃について聞くと、掃除や家事をしてもらえればそれでいいと言ってくれた。
こんなに高いマンションに住まわせてもらって、お金はいいと言ってくれる彼の優しさが痛いぐらいに感じた。

「あ、それでね、俺確かにツアーはあるんだけど…まだ4日先だから、その…それまでは…」

店長はいきなり同棲するわけではない、と言っていたが、ツアーまでのその4日は結局同棲という形になってしまった。
恋人でもない男女が一つ屋根の下で住むなど、普通に考えればあり得ない話だ。
それを分かっている斎藤さんも思わず口ごもってしまう。

「はい、その間のご飯や洗濯、家事は全て任せてください」

だが百合の方はその重大さがあまり分かっていないようで、今日の晩御飯は何がいいですか、とあっさり聞いてきたのであった。

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