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斎藤さんたちのバンドの全国公演は4月から秋の11月まであるとのことで、その間、時々東京に別の仕事で帰ってきたりはするが実際はあまりゆっくりしていられなくなるらしい。
明日から、斎藤さんは暫く家に帰ってこない。
そのことが今朝から百合の気分をどこか重くしていた。
(今日はちょっと豪華な夕ご飯にしよう…)
それでもできるだけ栄養を取って元気に行ってきてもらいたい。
そう思い、早速リクエストを聞きに彼の部屋を尋ねたが。
「飲み会、ですか?」
「そう。仕事仲間の人達とね、だから好きにご飯食べてていいよ」
「…分かりました」
ギターの調整をしている彼に彼女の僅かな変化は気づけなかったらしい。
その後、彼は仕事にでかけ百合はいつもと同じようにそれを見送った。
今日は大学もバイトもお休みで、友人との約束も特にない。
最近は引っ越し騒動もあったため久しぶりにゆっくりできる休日となった。
斎藤さんの部屋で過ごす休日は初めてで、大きな部屋で一人ぽつんと佇む。
明日から自分はこの部屋で暫く今日のように一人で過ごすことになると思うと、なんだか無性に寂しくなった。
2年も一人暮らしをしていたというのに、何故今になってそんなことを感じるのだろう。
この部屋が大きいからなのか、一人の生活が久しぶりだからなのか、それとも…。
ひとまず暗い考えを頭から切り離そうと、家事にいそしむことにした。
***
「…え、百合ちゃんと一緒に?」
夕方、仕事仲間という名の音楽関係のひとたちと集まって飲み会にきていた斎藤さん。
その中に同じ事務所であるPINKEYLILLYのハルナがいた。
そしてハルナにとって知人でもある百合のことを聞かれたので、お酒も入っていたためかつい彼女が家にいることを話してしまった。
「うん、ちょっと訳アリで…」
「そうなんですか…」
「まぁ明日からツアーだから、家の管理もお願いしようかなって」
他人に自分の家を任せるほど彼らは信頼し合える関係になっている。
それがハルナにとても思い楔をのせた。
そんなことも露知らず、さらに彼は楽しそうに話を続けていった。
「高嶺さんってすげえ料理上手でさ、この間もハンバーグ作ってくれたんだけど、今まで食べてきたなかで一番うまいハンバーグでさ。
あと家に帰るといっつも綺麗に掃除されてて、俺あの家って案外広いんだなって最近知ったよ」
活き活きと嬉しそうに。
一体その瞳には、彼女との生活がどれほど輝いてみえるのだろうか。
「…斎藤さんって、本当に百合ちゃんのこと大好きなんですね」
「え!?」
「え、ってそんな驚かなくても。バレバレですよ?」
「……マジで?」
「マジです」
斎藤さんはそれを聞いて、うわーそうなのかーと頭をかきながら照れている。
「…ほんと、勝ち目ないなぁ」
ポツリと呟いたその言葉は周りの言葉に掻き消されて、本人には聞こえていなかった。
以前ハルナは、百合に斎藤さんを好きだという自覚がないうちは自分の恋を諦めないと決めた。
しかしそれは自身の勝手なあがきで、本当はなんとなく心の中で、いつかこうなることが分かっていた気がした。
百合は自分の気持ちに気づいていないだけ、そしてその彼女を斎藤さんがどれほど想っているか、それが分かってしまえばもう結末は見えているから。
そろそろ潮時だった。
「じゃあ、今日はその大切な百合ちゃんを一人家に置いてきたんですねー」
「?」
ハルナが自分で頼んだカクテル、アプリコットフィズのグラスを回しながら言う。
しかし斎藤さんはその意味が分からないようで、眉を寄せて不思議そうな顔をしていた。
「百合ちゃん、寂しいでしょうねぇ。
明日から斎藤さんいないのに、一人で夕ご飯……泣いてないといいんですけど」
「…でも、俺いないだけで…」
「なに言ってるんですか。女の子って結構そういうの気にしちゃうんですよ?言えないだけで、それを隠して頑張るんです。
…弱音なんか見せない子は特に」
百合はいつも文句も言わず自分の言葉を聞いてくれていた。
誰かに迷惑をかけたくない、心配をかけたくない。
真面目で優しすぎる彼女の考えていることは分かってきていると思っていたのに。
弱音を見せない子だって分かっていた筈なのに。
「すいません…!俺、ちょっと帰ります!」
「斎藤君?どしたのー」
突然立ち上がった斎藤さんを不思議そうに見上げる面々。
しかし、彼はただ頭を下げながらその場を足早に立ち去っていった。
そんなの後ろ姿を見ていたハルナ。
その口元には僅かに笑みがあって、彼女は残ったカクテルを眺めるとゆっくり飲み干した。
アプリコットフィズのカクテル言葉―――”振り向いてください”
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