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斎藤さんが全国公演に行ってから、百合は久しぶりに幼馴染に呼ばれた。
彼行きつけのカフェで待ち合わせをする。
そこは如何にもお忍びで使われそうな雰囲気のお店で、殆ど外から中の様子は見えず、そして中も上手に壁が仕切られていた。
「お前、今サイトーさんのとこいんでしょ」
「…なんで知ってるの?」
「店長さんに前聞いた。友達んとこっつてたのに、お前全然教えてくんねーから」
「だって怒ると思って…」
「自惚れんなバーカ、オレだってそこまでガキじゃねっつの」
彼は意外にも落ち着いて聞いていた。
自分の予想ではもっと色々言われることを覚悟していたのだが、その心配は無用だったらしい。
「それにあの人ツアー中だろ?なら別に問題ないし」
何が問題ないのかは聞きたいところだが、ここは敢えて刺激しないことが一番だ。
「正人君だって、今忙しいんじゃないの。私なんかと会ってて大丈夫?」
「今日はオフ。完全に休み、いやーアイドルって大変だわ。1か月ぶりに自由の身」
なら余計自分の私欲のために時間を潰せばいいものを、彼はどうして自分と会っているのだろう。
新しくできた彼女や友人など、自分より遥かに交友関係が広い幼馴染を思うと不思議で仕方がない。
「っつわーけで、お前も今日なんもないんだろ。久々にこの正人様が相手してやんよ」
「…別にいいけど、ちゃんと変装してね」
「おう、そこはバッチリ」
人気アイドルと昼間から街を歩くのは危ない気もしたが、彼が久ぶりの休日といっていたのを聞くと無下にもできない。
それに彼が芸能界入りしてからというのも、幼馴染である彼と遊ぶことはなかったため百合も内心楽しみだった。
二人で遊びにいくとなると大抵、身体を動かすものか何かを観に行くかだった。
そして今回は身体を動かす方になり、近くのスタジアムで様々なスポーツをした。
百合は元々文科系なため、根っからの体育会系の幼馴染についていくのがやっとだ。
でもそれはいつものことで、彼はそんな百合を笑いつつもきちんとリードしてくれる。
「…わっ」
「おいおい大丈夫かー?」
しかし中でも百合はスケートが苦手で、滑ろうにもすぐに冷たい氷の上に尻餅をついてしまった。
なんとか壁に伝いながら立ち上がろうとしたが、またもバランスが崩れそうになる。
すると彼はしっかりとそれを真正面から支え、彼女の細い手を掴むとゆっくり滑り出す。
「ほらちゃんと掴まっとけって」
「う、うん…」
彼女を支えながら、こうするといいなど指導を交える。
「…っ、正人君…は、離さないでね…」
「はいはい。…つーか、誰が離すかよ」
必死に彼についていこうとする百合が自分の足元に集中しながら言った。
相変わらず彼は笑っていたが、どこかその瞳は真剣だ。
君を支えられるのはオレだけで、その手を離す気なんてあるわけないのだから。
***
「…痛い…」
「ほんとお前どんくせーのな」
「正人君が誘ったくせに」
帰り道、固いスケートリンクで何度も転んだ百合は身体の痛みを訴えていた。
が、誘っておいた本人に全くというほど反省の色が見えない。
「あ、私こっち…」
「…あー、そうか…」
いつもと違った方向へ行こうとする百合。
そう、今彼女は彼の恋敵ともいえる男の家に居候しているのだ。
その場で分かれる二人。
彼は彼女の後ろ姿を見つめると、やがて。
「百合ー」
彼女の名前を呼ぶ。
すると百合は足を止めて振り返った。
長い黒髪がさらりと揺れ、灰色の瞳がこちらを向く。
「今日、楽しかった。ありがとなー」
「…うん」
彼の言葉に、優しく笑う百合。
ああ、やっぱり彼女は綺麗だな、と思わず見惚れそうになるのを感じた。
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