バレンタイン


「ねえ高嶺!これあとどのくらい混ぜればいいの?」
「そうね…角が立つくらいくらいまで。そしたらこの袋に入れて…」
「板チョコ溶けきったよー!型に流すんだっけ?」
「あ、それはチョコフォンデュにして固めるの。ピックに刺したフルーツやお菓子をつけると美味しいのよ」
「透ちゃん待って、昆布はチョコとは合わないんじゃないかしら」
「いいのいいの!どうせならハズレとかも入れちゃおうよ!」
「あ!だれやクッキーつまみ食いしたん!?」

2月14日の聖バレンタインデー。
愛する人や親しい人に想いや日頃の感謝を伝えるため、世の女性たちはお菓子作りに奮闘しこの日は日本中が甘いチョコレートの香りに包まれる。
その一方、そのような相手の居ない者にとっては何とも虚しい1日となってしまうのだが。

「これが泡立て器というものなのですね」
「ヤオモモはなんとなくお菓子とか作るの得意そうなのにね!意外!」
「ええ、お菓子を食べるのはとても好きなのですが、いざ自分で作るとなると…。
うちではパティシエが作っていますので、調理器具に触れるのにもまだ慣れなくて…とても新鮮で楽しいです」
「(お嬢様や…)」

そんな日を明日に控えたこの日、雄英高校1年A組の女子たちが広いキッチンのある八百万邸に集まってお菓子作りに専念していた。
今日日、友達同士で手作りを贈り合うのが主流となりつつある。
女の子の大好きなお菓子のイベント、せっかくだから皆で一緒に楽しく作りたい。
ついでにクラスの男子たちにもおこぼれを恵んでやろう。発案者は葉隠である。

「ケロ、私マシュマロパイなんて初めて作ったわ。蛍ちゃんとても手際がいいのね」
「ホントに!マカロンが手作りできるなんてビックリだわ。なんか高そーなイメージだったからさ。ウチも料理勉強しようかな」
「ありがとう。真琴さんが甘いもの好きだから、お菓子作り練習したの」
「それって例の親戚のお姉さんだよね!蛍ちゃんわざわざ練習なんて…めっちゃええ子や!!」

そんなことないわ、と微笑む蛍に後光が指していると麗日は思った。
あの爆発さん太郎こと爆豪が惚れるのも納得の天使だ。
しかし、彼女の生粋の天然ぶりにより、あれでも必死にアピールしようとしているつもりの爆豪が哀れになってくる。
ちなみに現時点で爆豪は彼女の名前を呼ぶことすら出来ていない。爆発的暴君の気持ちを察している耳郎は、心の内でほんの少しだけ応援してやろうと決めたのだった。もちろん全面的に蛍の味方ではあるが。ヒーロー志望とは言えやはり年頃の女の子たち。甘いものと恋の話が大好きなのである。
料理が得意な者から面白半分で実験気分の者、料理など無縁だった者まで。おしゃべりやちょっとしたイタズラなど様々なハプニングがありながらも、なんとか当日までにはクラス男子の人数分に充分足りるであろう数を作りあげる事ができた。

▽▲▽

「ついに…ついに来たぜこの運命の日が!!!」
「うっせんだよモブ。そんな大げさに言うことかよ」
「14日か、毎年この日になるとめちゃくちゃチョコレートを貰うんだが何かの儀式なのか?いつも食い切れなくて困る」
「黙れ轟このイケメンが!!何だよその紙袋溢れてんじゃねーか!!どうせ爆豪も本命たくさん貰ってんだろぉ!?こっちは本命が貰えるかどうかの死活問題なんだよ!!モテ男にはモテない男たちの気持ちなんて分かんねぇんだよォォォ!!!!!」
「峰田おちつけ、義理でも貰えるだけありがたいじゃんか」
「なんだよ上鳴裏切り者!お前は仲間だと思ってたのによォ!なんだかんだ可愛がられて、義理のなかのいくつかはサラッと本命貰うタイプだろこの女顔!」
「女顔言うな!せめてカワイイ系男子って言えよ!」
「それもどうかと思うぞ」

翌日2月14日の放課後。峰田のいう運命の日である。雄英高校の少年たちも一部を除き朝から落ち着かない様子でそわそわしていた。峰田が騒ぎ出したのを皮切りに、彼らの話題は核心に迫り出した。峰田と上鳴のやりとりを瀬呂が宥める。

「ところで何故俺たちは残されているんだ?」
「男子は放課後全員教室に残ってろって女子たちから。ちょっと期待しちゃうよね」
「マドモアゼル達がボクの為に心を込めて作った極上スイーツをプレゼントしてくれるんだね☆」
「貴様だけの為では無いだろう…」
「黒影モ甘イノ大好キ!」

飯田の質問に尾白が答える。そこに青山が便乗し、常闇がツッコミを入れた。
やはり15歳の少年、女子に限らず男性陣も恋愛イベントには心が浮つくのだ。
推測が盛り上がる中、真っ先に帰ろうとしたが無理やり座らされていた爆豪がイライラと立ち上がった。

「甘ェもんなんか食えるかよ、帰る」
「いいのかー爆豪?女子の中には高嶺も入ってんだぞー?なあ切島?」
「もし女子の用事がバレンタインのプレゼントなら高嶺の手作りお菓子とか貰えるかもなー上鳴?」
「っ!…う、うっせーなァ!そこまで言うんなら残ってやんよ!」
「誰もそこまでは言ってねえけど」

意中の彼女の名前を出すだけで大人しくなるこの暴君。扱い易い男である。これで高嶺へ想いを寄せている事がバレていないと思っている辺りが何とも言えない。
今や彼の好意はクラス中に知れ渡っているというのに。誰かが噂を流したとかではなく、ただただ彼の態度が分かりやすいのだ。
休み時間は彼女を目で追っているし、彼女が側を通る度にそわそわと落ち着かない。
知らぬは当人ばかりなり。微笑ましい限りだ。
その時、廊下から賑やかな話し声と甘い香りが漂ってきた。彼らの期待は確信に変わる。

ガラッ
「お待たせー!ちゃんと男子全員居るー?」
「モテない可哀想な男共に女子からのお恵みだぞー!」
「透ちゃんの提案なのよね」
「来たァァァアアアアアア!!!」
「女神!!天使!!!」
「はっはっはー!透様とお呼びなさい!」
「透様アアアアアアアア」

扉が開いた瞬間、教室中に甘い香りが広がった。女子たちの持つプレートや皿には様々なスイーツが並びキラキラと輝いて見える。
マシュマロパイに生チョコレート、ココアクッキーにチョコフォンデュにマカロンもあり、色も鮮やかだ。
一部怪しい形をしたものもあるが、それもご愛嬌である。

「チョコレートだけのつもりが楽しくなって色々つくっちゃった!」
「放課後まで置いとくと溶けちゃうから、ランチラッシュ先生にお願いして冷蔵庫をお借りしとったんよね」
「待たせちゃってごめんね、たくさん作ったから好きなのを食べてね」
「ハッピーバレンタイン!」

確かになかなかの量だが、ここには甘味と縁深い個性の持ち主が居るため無問題であろう。
貴重な女性陣の優しさに、男性陣は口々に礼を述べながら気に入ったものを手に取る。それに作り手たちも便乗して、スイーツパーティが始まった。

「すげえ!なんだこれ白い毒キノコが群生してるみたいなやつ!」
「マシュマロパイよ、私と蛍ちゃんで作ったの。それより上鳴ちゃんもっとましな例え方は無かったのかしら」
「梅雨ちゃん、コイツにボキャブラリーなんて期待するだけ無駄だって」
「耳郎お前ホント一発だけ殴らして?な?」

「コレオイシイ!フミカゲモ好キナリンゴ!」
「ああ、美味いが…なぜ丸ごとチョコレートに漬けてしまったのか…?」
「え?何かまずかった?ほら、りんご飴とかも丸ごとじゃん?はい!飯田くんにはミカンバージョンね」
「ああ、ありがとう…しかし葉隠くんこれでは食べられ…いや、せっかくクラスの仲間が作ってくれたものに文句を言うなど学級委員長として恥ずべき姿…!」
「葉隠さんって色んな意味で大胆だよね…」
「えー尾白くんも気に入らないのー?次からは頑張りますよう!」

パキッ
「…ん?!しょっぱ!なんだ?これお菓子じゃねーのか?」
「ぐっ……苦い…!」
「あれ!切島と轟がハズレ引いたのか、チョコフォンデュの中に数個しか入ってないのに。意外と運ないねぇ…残さず食べなよ?」
「ハズレってなんだよ!確信犯だろ!しかもこれよく見たら乾燥昆布じゃん!美味しく出汁とれるやつじゃん!まあ食えないことも無いけど」
「俺のコレはなんだ…青苦い…」
「それ多分あたしが持ってきてたピーマンだ!」
「せめて種を取ってくれ…」
「丸ごとなら形である程度中身は予想出来ただろうに。何故それを選んだ轟…」
「腹減ってたから一番大きいの取ったんだ…障子水くれ…」
「ざまあ見ろ憎きイケメンが!!」
「それより乾燥昆布を普通に噛み砕いた切島の顎に驚きなのだがそれは」

「この生チョコケーキ作ったの誰だ?しっとりしてて美味いな!レシピ教えてくれよ、俺のレパートリーに加えるから」
「それは私です、ヤオヨロズスペシャルですわ。とは言え料理には馴染みがありませんでしたので、高嶺さんに教えて頂きながら作りましたの。」
「初めてにしちゃ上出来だぜ、ありがとな!」
「ふふ、私もとても楽しい体験ができて感動しましたわ。葉隠さんと高嶺さんには感謝をしなくては。砂藤さんどうぞ、心ゆくまで召し上がって下さいな」

「はい、デクくんにもお裾分けどーぞ!」
「あ、あああありがとう!わぁ、バレンタインデーにお母さん以外の人からお菓子貰うの初めてだよ!いただきます…………ん!美味しい…!これ麗日さんが作ったの?」
「このマカロンが蛍ちゃんで、そっちのクッキーは私!」
「そうなんだ、どっちも凄く甘くて美味しいよ!」

中にはイタズラの餌食となった者もいたようだが、少年たちは甘くて美味しいお菓子に大いに盛り上がり、あちこちで楽しく談笑する声が響く。
人気の品は早くも空になり、皿を回収する高嶺に声がかかった。

「お、おい、飛び女」
「あ、爆豪くん残っていたんだね。甘いものは苦手なのかと思ってたから」
「るせ、い…今は無性に甘ェもんが食いたい気分なんだよ…」
「そうなの?いつも食堂では凄く辛いもの食べてるからてっきり…」
「んんんだよ見てんじゃねえ!!………………て、テメェの作ったん、どれ、だよ」
「私がですか?一から全部わたし一人で作ったのはマカロンだよ」
「! それだ、あるだけ寄越せ」
「全部ですか?でもマカロンはとても甘いから…、そっちにお茶子ちゃんのつくった甘さ控えめクッキーもあるから…よかったら一緒に」
「ウルセェ!俺がテメェのがいいっつってんだ!それ全部寄越せ!!」
「ふふ、はい。マカロンはそこのお皿にあるから。あ、緑谷くんも食べてくれるのね」
「デクぁ!!!テメェは食うんじゃねえ!!!ソレは俺んだ寄越せや!!ブッ殺すぞゴラァ!!」

緑谷の名前を聞いた途端爆発した爆豪の両手。やっと愛しいあの子の手作りが食べられると思った矢先に地雷である幼馴染みの名前を聞いてしまった。
そればかりか自分の欲してやまないものを自分より先に食べられているとなれば、もう誰もこの暴君を止められない。爆豪はセンスだけでなく独占欲の塊でもあった。

「あー緑谷またやられてら」
「爆豪も頑張ってるけどイマイチ高嶺に伝わってねえんだよな…『お前のがいい』って最高のアピールじゃん」
「あ、緑谷自分が食ってた分も取られた」
「高嶺の手作りが食べられるんなら緑谷との間接キスも辞さねえと。愛重っ」
「おい爆豪皿ごと持ってったぞ」
「あれ全部食う気かな、甘党でもキツそうな量だけど」
「全ては愛故なのだ…」
「そういやアイツ今日女子に呼び出されまくってたのに、チョコらしきものは一個も受け取ってこなかったな」
「俺が受け取んのはアイツのだけってか?」
「純粋かよ…アレほんとに爆豪なんかな」

『爆豪の恋を見守り隊』の心配は尽きないのであった。

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