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ヘドロ事件から数か月が経った。今日も相変わらず出久は始業ギリギリにきて、疲労困憊といった様子で受けて帰っていく。
周りも自分もすっかり受験モード。余計なことを考える暇があったら自分のことをしなくてはならない。
それでたまには良いだろう、と今日はケーキ屋に寄った帰りだ。
ストレスには甘いもの。必要経費必要経費、と少し薄くなった財布は鞄に仕舞われた。
(そういえば、誰かが綺麗にしてるんだっけ…)
海が見えるようになったとか同じクラスの子が話していたのを思い出す。海流だか潮流だかの関係でゴミが流れ着き、そこに不法投棄が加わってゴミだらけの海浜公園。そこが今少しずつ綺麗になってると聞いた。
「……少し、寄ってみようかな」
時間はまだあるし。そう呟いて巴は帰路へついていた足を海浜公園のほうへと向けた。
歩きはじめて少し。海浜公園についてざっと見回せば確かにゴミが少なくなっている。
海岸線も見え始めていて、すごい、という言葉が巴の口から漏れた。
「あ、巴ちゃん……?」
巴が声をかけられて振り返ると出久がいた。走っていたのか、息が荒い。
どうしてここにいるんだろう、というのを表情が物語っている。
「水平線が見えるようになった、って聞いてね。……もしかして出久がしたの?」
「えっ、あ、う、いや……その、えっと……」
口ごもる出久に巴は小さく笑みを浮かべた。
おそらく出久がやったのだろう。けれど何か知られたくないことがあって言うに言えない。
「いいよ。清掃も立派な奉仕活動。ヒーローになる一歩だね」
そう言えば出久が嬉しそうに頷く。少し顔が赤らんでいるのは先程まで走っていたためだろう。
ヒーローに、という言葉で気分が高揚しているのかもしれない。出久は昔からずっとヒーローになりたがっていたから。
「…それにしても、筋肉ついたね?」
「そうかな?」
「うん、ついたよ。前よりいくらか逞しくなってる」
ぽんぽん、と二の腕を軽く触る。うん、やっぱり筋肉ついてるね。そう言えば照れたように嬉しそうに出久は笑った。
海浜公園から流れてくる空気も以前の澱んだものが少なくなっている。
爽やかとまではまだまだいかないが、呼吸をしていて苦しくない。磯の香りがふわりとただようここは、散歩だのデートスポットだのになるのだろう。
「そういえば成績もあがってたね」
「え、う、うん!ありがとう!巴ちゃんが色々教えてくれたからだよ!」
成績優秀な巴に出久は時々分からないところを教わっていたのだ。
「でも、出久が頑張った実力だよ。…このままだったら雄英も夢じゃないね」
微笑みながら言う巴に、出久は頷いて手を握った。追いかけ続けていた背中の相棒――といっていいのかはわからないが――から夢じゃないと言われたのだ。嬉しさと熱い思いが出久の中にこみ上げてくる。
握っていた手を開いて、マメやタコばかりの不格好な掌を眺め。自然と緩む口元も仕方のないことだ。
「それじゃあ、私…そろそろ帰るね。出久のことを見てる人もいるし」
「またね――って見てる人!?」
「だってあそこに…」
巴が指でさししめした場所にはオールマイト――トゥルーフォームだ――がいた。
何やら巴と出久を見て親指を立ててサムズアップしている。
違う、そういうのじゃなくて、違う。そんなのかっちゃんに殺されちゃう。
声にならない声を出久があげた。今この場に爆豪がいないことがどれほど救いであるか。
今ばかりは天の采配に感謝の念を捧げるほかなかった。
「じゃあ、改めて。また学校でね」
「うん、またね」
そう言って巴はスカートを翻して帰路へと戻る。出久もまた走り始めたのを感じ、後ろへ振り返って一言。
「頑張れ、ヒーロー」
巴の言葉に出久が片手を握り締めて上へとあげる。その姿を見送って、巴は帰ることにした。
「今の子は君のコレかい?」
「ぅええええええ!?ち、違います!絶対に!違います!!」
小指を立ててみせたオールマイトに出久は首を思いっきり左右に振って否定した。
そんなのたとえ噂であってもかっちゃんに殺されてしまう。こればかりは本気で殺される。死ぬ未来しか見えない。
「なんだ、違うのか」
「巴ちゃん――今の子は、その、かっちゃんの……」
「ほう、略奪愛か」
「ちちち、違いますって!」
「わかっているとも。冗談さ冗談」
「よ、よかった……」
HAHAHAという効果音がつきそうな様子のオールマイトに出久は脱力した。巴ちゃんと一緒になる、なんてそんなこと。小さい頃に考えたことはあったかもしれないが、それ以上に一緒にいるだけでかっちゃんに酷く睨まれていた記憶のほうが色濃い。
「……さて、緑谷少年。そろそろ休憩はいいかな?」
「はいっ!」
オールマイトの声に、出久は改めて気合をいれる。
待ってて、かっちゃん、巴ちゃん。
――今、僕も君たちと同じところにいくから。
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