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場所を変え、手渡された新たな建物地図を受け取る。
敵チームである静たちは先にビルに入り、作戦を立てる。お互いの能力は理解したし、これから乗り込んでくるヒーローチームの障子・轟の能力は大凡の範囲でしか予想できなかったが、恐らく上手くいくはずだ。
否、上手くいかなくても巴にはそう簡単に負けられない、強い想いがあった。
出久があんなに頑張ったんだから。
きっと数では此方が有利だが、個性の力で言ったらヒーローチームの2人の方が上かもしれない。
何でも障子くんの握力はタコ並みだったのだ。だったら下手に戦闘に持って行くよりも即座にどちらかを捕えられれば突破口は自ずと見えてくる。
幸運にも此方には伏兵として最適な、透明人間の葉隠が居る。

「尾白くん、静ちゃん!私ちょっと本気出すわ。手袋もブーツも脱ぐわ」
「は、はい…」
「うん…(葉隠さん…透明人間にしては正しい選択だけど、女の子としてはやばいぞ…倫理的に…)」

見えないから良いモノの、本来であれば確実にアウトである。
そして伏兵として配置に向かう葉隠(小型マイクで位置を確認)を見送り、尾白と共に核の前で待ち構える態勢に入った。
 
葉隠たちが建物内へ入り敵側としての作戦を立てた5分後、轟と障子が建物内へ潜入を開始した。

「4階北側の広間に一人。もう一人は同階のどこか……、素足だな……。透明の奴が伏兵として捕える係か」

体格のいい障子は異形型。背中面から伸ばした触手の先端に自身の身体を複製することが出来る。
触手の先に復元した耳で建物内の微細な音を聞き障子は先へ進もうとした。

「外出てろ、危ねぇから」

しかしその障子の情報さえも無視して轟は右手を構え歩きだす。

「向こうは防衛線のつもりだろうが……、俺には関係ない」

轟は右手を壁に添え力を発動する。瞬間壁から天井へと氷が伝い瞬く間に建物全体が氷結した。
絶対零度の最中、轟は4階へと歩を進め核のある部屋へ踏み入る。完全に凍てついた室内で奥にある核と、その隣に立つ静と尾白を視界に入れ、淀みなく室内へと脚を進めた。

「動いてもいいけど、足の皮剥がれちゃ満足に戦えねぇぞ」

冷たく静かに見据え勧告する轟。
見えない姿で確保を狙っていた葉隠も、ブーツを脱いだ素足が仇となり動けなくなっていた。

『仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化!』
『最強じゃねぇか!』
『ありゃ何も出来ねぇわ……』

この凍った空間を彼だけがなんともないように進む。このままでは核に触れられて負けてしまう。
しかし、このまま易々と負けるわけにはいかない。

「…まだ…終わってません」
「照己?」

パキパキパキと凍った床の上をゆっくりと歩いて行く轟がまるでその余裕差をみせつけるかのように静と尾白の真横を横切って行く。
そして核の前に立つと静かにその核のハリボテに向かって手を伸ばした。

『ヒーローチームWI…』

誰もがヒーローチームの勝利を確信し、通信機の向こうではオールマイトがその結果の声を上げようとしていた。
核に手を伸ばす轟に成す術も無く尾白も葉隠も諦めた様子だった。が、

「……っ!?」

轟の身体が何か白い光に覆われたと思えば、次の瞬間、身体がふわりと宙を浮きそのまま先ほどいた入り口まで戻されそうになる。
まるで何かに身体を操られているかのように、勢いよく轟の身体が飛ばされていく。
しかし、そこで何もしない彼ではない。轟は咄嗟に自身の後ろに氷の壁をつくり部屋の外へ飛び出ることを回避した。
そしてこの出来事が誰かの個性だろうと悟った轟が、静かにこの空間内に居る静と尾白の方向へとゆっくりと振り返りながら横目で視線を向けるが。

「な…」

そこには、静の姿だけが無かった。尾白も葉隠も足を凍らされて動けない状態でこちらを見ているのに、先ほどまで
足を氷漬けにしたのに…どうやって。
まさか本当に足の皮剥がして…なんて思う暇もなく轟の真後ろで微かに響いたシュルルルッという音。

即座に身を翻し、その場から飛び退くとつい先ほどそこに居た自分のすぐ真後ろで捕縛用のテープを伸ばしている1つの影が立っているのが見えた。

「…もう少し、だったのに…」

シュルルルッと捕縛テープを元に戻している静。
尾白と葉隠が「照己さん!」「静ちゃん!と声を上げたのを聞いて「はい」と返事をしている。
目の前で起きている光景に正直、轟は戸惑っていた。どうしてコイツは動けるんだ、と。

「葉隠さん、尾白くんごめんなさい。…もうちょっとだけ粘らせて」
「お…おう」
「私の事は気にしなくて良いよ!やっちゃえ!やっちゃえ!」

五体満足、しかもそれほどダメージを受けていない状態に見える静が轟は不思議で仕方なかった。
開始直後に障子を逃がし予告も無く奇襲の如く凍らせて、逃げる隙も避ける隙も与えていなかったのにどうして。

「なんで、お前動いて…」

轟は本当に驚いているのか、いつものポーカーフェイスが少し崩れているのが見える。
別に彼の言った通り、足の皮剥がしたわけでも無ければ靴を脱ぎ棄てたわけでも無い。

「私の個性は、物に干渉するだけでなく…自分自身も操ります。
操られているものはその間、オーラのような膜に覆われ、私もこのように宙に浮くことができるんです」
「………なるほど。開始直後から自分の足にそれを張ってたってか」
「はい。轟くんと障子くんの個性が未知数だったので、どちらかが遠距離型だと不味ですから」

開始直後、すぐに自分の足先にオーラを張っていたのが正解だった。まさか轟が此処まで遠距離広範囲に対応している個性の持ち主だなんて。
幸い、足元は複雑な氷の造形で凹凸が激しく、凍っていない足元の部分を隠してくれていた為に轟には今まで自分が凍っていない事がバレなかったのだ。
今回はそれを利用して、奇襲を仕掛けたがあとちょっとという所でしくじってしまった。

「それにこれだけの広範囲…きっと轟くんは障子くんをビルの外に避難させている可能性が高い。
…だから今此処にいるヒーローは轟くん1人だけ」

そう予測できたからこそ、仕掛けた。独りなら捕まえられるかもしれない。
仮に障子が駆けつけたとしてもそれなりに時間がかかる。ならそれまでに捕まえられれば勝機は大きかったのだが…今となっては難しい。
でもあと一つ勝利する方法がある。

「で?俺が来るまで氷漬けになってる振りをして、奇襲を仕掛けたって?…お前、とんだ悪(ワル)だな」
「だって…私、今は敵(ヴィラン)ですから」

あと1つの勝つ方法。時間いっぱいまで轟を核に触れさせない事。
そうか、と轟も表情を切り替える。氷漬けの地面を蹴って此方に一気に迫ってくる轟に静は彼同様氷漬けの床を蹴って飛び退き、距離を取って走り出す。静を捕まえる以外方法が無い事に気づいたようだ。

体勢を立て直しながらこちらへと駆け出す轟が左手をかざす前に、思わず「ごめんね」と呟きながら間近に迫った彼の体に向けて手のひらをかざし“個性”を発動させる。
衝撃のまま後ろへと飛んだ轟はくるりと空中で受け身を取りながら着地した。

「謝んな。ほぼ実戦って言ってたろ」
「…そうだね」

やはり元の運動神経が良いのだろう。
さて、次はどう来る…と警戒して身構えた時、轟が「けど」と呟いた。

「もう分かった」

え、と声が出る前に轟が素早く右手を振り、静の手と足を凍らせた。
手は念の為か肩の部分まで氷が侵食していて、ただでさえ寒い室内なのに余計に寒さを感じて震えた。
余程がっちりと凍らせたのか腕すらも動かせない。

「手も凍ってりゃ“個性”使えねぇだろ」

轟はそのまま静の横を通り過ぎ、「悪かったな」と左手で核に触れた。
みるみるうちに室内の氷が溶け、身動きが取れなかった体も動かせるようになった。

「レベルが違いすぎた」

その後オールマイトのヒーローチームの勝利が告げられ、静達は地下のモニタールームに移動した。
勿論、今戦のベストは轟だった。仲間を巻き込まず核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化。轟の“個性”を考えれば、あの時着地した瞬間にまた“個性”を使って体勢を崩させながら相手の“個性”使用を許さず、そのまま部屋の外へ追い出して核兵器から遠ざければ良かったのかもしれない。
彼の“個性”の範囲限界が未知数な分、“個性”の使用を許さないのは当然の行為だ。

「まあでも、照己少女の咄嗟の判断も素晴らしかったね!核兵器の近くにいた分“個性”を使って足元の氷を破壊するのは危険だけど、その反面轟少年の意表を突いた行為は評価しよう!」
「…はい」
「そんなに落ち込むことはないぞ!キミはその個性、よく使いこなせている!」

やや肩を落としがちな静に対し、オールマイトは励ますようにして彼女の頭にポンポンと優しく手を置いた。
それからオールマイトと八百万の講評を終えて一息つき、次のチームの第三戦が始まり静は轟の元へ駆け寄る。

「あ…あの…体、大丈夫?」

加減したとはいえ、彼の身体を突き飛ばしたようなものだった。心配になり声を掛けると「問題ねぇ」と返事をし
た。緑谷のように保健室に行く程ではないみたいで少しホッとする。

その後のクラスメイトたちの訓練も実に順調に進んだ。自分達が終わったからもういいや、ではなく皆きちんと自分自身の反省点を見つけ他の者が戦闘に入れば、次の戦闘にも活かせるようしっかりとモニタリングを行った。
こうしているうちにあっという間に初めての戦闘訓練の授業は終わった。

「お疲れさん!緑谷少年以外は大きな怪我もなし!しかし真摯に取り組んだ!!初めての訓練にしちゃ皆上出来だったぜ!」

全てが無事に終わり、オールマイトが生徒全員を称賛する。その言葉を聞いて心の何処かで安心してしまったのか初めての実戦ということも重なってドッと疲れが出てきた気がする。

「相澤先生の後でこんな真っ当な授業…なんか拍子抜けというか…」
「真っ当な授業もまた私たちの自由さ!それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば!着替えて教室にお戻り!」

そう言うや否や、バビューンと物凄い勢いでオールマイトは走り去って行った。そんなに急がなくても出久は逃げないし帰らないと思うが。その光景を見ていた峰田も「急いでるなオールマイト…かっけえ」と零していた。
生徒たちはチームを組み敵対しそれぞれの戦い方を目にしたことで親近感も仲間意識も芽生え、ワイワイと更衣室へ向かっていった。

▽▲▽

放課後。何故かみんなで訓練の反省会をやることになった。
静は一人帰ろうと立ち上がると「お前あの轟を一瞬でも足止めしたんだから参加しろよ!な!」と笑顔で腕を掴んできた切島に気圧されそうになったが「スーパーのタイムセールが…」と言って断った。
当の轟は既に帰宅したようで教室内にはいなかった。んじゃしょうがねーな、と残念そうにパッと手を離し「悪かったな!また明日!」と手を振った切島に少々申し訳ないと思いつつ手を振り返した。
またねー静ちゃんと手を振ってきた女子たちに同じように手を振り返し、教室を出る。
あれから爆豪は黙ったままだ。何か思うところがあるのだと思う。
そう考えていると廊下の真ん中に黒いものが。

歩み寄ってみるとそれはカード入れのようなもの。
定期だろうか、と手にとって裏返す。

「…学生証」

誰の物かを確認すると持ち主は先ほど教室を出て行った目の前の席の人で。
さっきの授業のこと気にしてたから気が付かなかったのだろう。
普通の学校なら明日渡せば良いか、となるけどこの学校はそうはいかない。
この学生証は言わばID、入館証のような役割をしている。コレがなければ明日この学校に入ることは出来ない。

今出たばかりなのでそんなに時間は経っていないはずなのに。小走りで彼の姿を探すけどまだ視界には入らない。
今の爆豪に話しかけるのはかなり危険だと思う。さっきの戦いを見て、表情のない顔を見て、自分から進んで話しかけようだなんて思う人間はいない。
でも、でも自分は知ってる。彼は確かに横暴だし怖いし自分中心だし周りなんて見てない人かもしれない。
それでも彼は昔自分に優しくしてくれた、多分だけど…心配もしてくれた。

だから、その優しさを少しでも返したい。

「…ば、爆豪くん…」
「…」
「あの…っ」
「…んだよ」

今日1日で一番大きな声を出して爆豪を呼ぶと2度目の呼びかけに反応してくれた。

「これ、」
「…あ?」
「学生証落ちてたの、これないと明日困る、と…思って…」

片手で差し出した学生証を受け取らず静を見据えている爆豪。
誰もいない静かな廊下に無言な空間に二人きり。

「…おまえは」
「?」
「おまえは…どうして、あの時助けた?」
「え?」

学生証を受け取ることはなく出てきたのはその質問。
あの時助けた?彼はいまそう言った。あの時、つまりヘドロ事件のことを言ってるのだろうか。
助けたことはあの時以外ないので恐らくそのことだが。けど、どうして今そのことを聞くのだろう。

「俺は助けなんて望んでなかった、一人でやれたんだ!なのに、勝手な事しやがって…!」
「爆豪、くん?」

怒りを吐き出すその声とは対照的に、今にも泣きそうで壊れそうで。この感情をどこにやればいいの分からない、そんな表情で巴を見ている。

「お前もデクもちょう…し、の…」

大きく一歩踏み出して距離を縮める。
背伸びして幼なじみにしてあげるように手をのばして、そっと、そっと頭に触れる。

「答えはゆっくり見つけよう?…大丈夫。私、傍にいるから」

視線を反らす事なくゆっくりと頭を撫でる。思ったよりも柔らかくて、でもみた目通りツンツンしてて。
今にも泣きそうで壊れそうだった表情は消えていて、いつの間にか驚きの顔に変わっている。さっきとは違う、泣きそうな顔はもう見えない。

「…」
「………ご、ごごごめんなさい!!!」

きょとん、としたの勝己くんの顔を見た瞬間、自分がした軽率な行動に後悔した。
高校生の男子の、しかも巴にとって怖い人No.1に躍り出ている爆豪の頭を、しかも最高に機嫌の悪いこのタイミングで。

何してるんだ私は。でも仕方ない。だって彼のあの顔見てたら無意識に行動してしまったんだから。

さっきまで彼の頭に乗っていた手は行き場をなくし宙をさまよう。手だけではなく視線もゆらゆらと動かしながら言い訳を考える。
寝癖付いてたから。いやもう帰りで寝癖はない。頭にゴミついてた。それで数秒頭撫でる訳ない。

今の彼をそのままにしちゃいけないって思ったから。ほっとけなかったから。ほっとけない…。
どうして…放っておけないのだろう。

揺れいてた視線を床に落とし、手の動きを止める。
不意に爆豪の靴が視界に入る。

「…調子のんな」

手にあった学生証が抜き取られ、頭に感じる嫌じゃない重み。少し陰る静の視界。

ゆっくりと顔を上げるとそこには始めて見る彼のはにかむような笑顔。笑顔って言っても本当に微々たる物。幼馴染という長い付き合いで始めて見たちょっと優しい顔。

何でそんな顔をしているの?眉間のしわは?さっきのは?怒ってないの?もう大丈夫?いろんな疑問が浮かんでくる。
でも言葉は何にも出てこなくて。

「じゃあな」

頭から離れる手。その手をポケットに入れて勝己くんは静に背を向け歩き出した。遠ざかる背中。
その背中に声をかけるなんてできなくて。結局、爆豪の姿が見えなくなるまでその場を動くことができなかった。
背中が見えなくなる。無意識に触られた頭を触り、先ほどの顔を思い出す。

だめだ、他のこと、他のこと考えなきゃ。

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