12
昼休み。相変わらず食堂は生徒で溢れかえるほど混んでいた。なにせ食堂を利用するのはヒーロー科だけではなく、サポート科や経営科も一堂に会するのだ。混まない訳がない。
どうにか確保した食堂のテーブル席にお茶子、飯田。その向かい側に出久、静の順で座り昼食を頂く。相変わらずお米が美味しい。
「いざ委員長やるとなると務まるか不安だよ……」
「ツトマル」
「大丈夫さ」
「…深く考えすぎだよ」
小さく吐息しながら不安気に呟く出久に、美味しそうにご飯を頬張るお茶子と飯田、そして静が言葉を返す。
「緑谷くんのここぞという時の胆力や判断力は"多"をけん引するに値する。だから君に投票したのだ」
さらりと自分が投票した事を白状する飯田。真面目な彼なら、彼自身が学級委員長任せても良いと思える人に投票する。個性把握テストといい、先日の戦闘訓練といい出久に一目置いていてくれていたのだろう。
「でも飯田くんも委員長やりたかったんじゃないの?メガネだし!」
「"やりたい"と相応しいか否かは別の話…僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」
結構ザックリといったお茶子の一言にも動じることなく冷静に話し出した飯田の言葉に、静を除いた二人が反応する。
「「"僕"…!」」
確か、今まで飯田が自分の事を話すときは"俺"だったはずだが、無意識にスッと出てしまったのか見事にハモッた二人に飯田自身も気づいたらしくハッとした表情で此方を見る。
少し恥ずかしそうなその彼の顔に、お茶子の顔が輝く。
「ちょっと思ってたけど飯田くんて坊ちゃん!?」
「坊!!」
目をキラキラさせながら言うお茶子のまさかの坊ちゃん発言に驚く飯田。
「……そう言われるのが嫌で一人称を変えてたんだが…」
バレてしまっては仕方ない、とばかりに困ったような表情を浮かべながら飯田がポツリポツリと口を開く。
「ああ俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ」
「ええーー凄ーーー!!」
由緒正しきヒーロー家系。通りで真面目すぎるほど真面目な訳だ。今時は親がヒーローで子供が跡を継ぐなんて話はあるが、まさかこんな身近にいたとは。しかも二男という事は上に兄が居る。しかもその兄もヒーローという事だろう。
「ターボヒーロー、インゲニウムは知っているかい?」
「もちろんだよ!!東京の事務所に65人もの相棒(サイドキック)を雇ってる大人気ヒーローじゃないか!!まさか…!」
「詳しい…」
飯田の問いかけにまず先に出久が喰いついた。流石ヒーローヲタクと呼ばれているだけはある。大方知らないヒーローでも出久の説明で分かる。彼が知らないヒーローなんて居ないんじゃないかと思うぐらい分かりやすい。
「それが俺の兄さ」
「あからさま!!すごいや!!」
そんな出久の説明に、飯田はまるで自分の事のようにクイッと眼鏡のブリッジを指で押し上げ高らかに言い放った。
そんなあからさまな態度で有りながらも、実際に凄い事なのだから文句のつけようがない。
飯田も唯の坊ちゃんじゃない。凄い、真面目な素敵なヒーロー一家の1人なのだ。
「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー!!俺はそんな兄に憧れヒーローを志した。
人を導く立場はまだ俺には早いのだと思う。上手の緑谷くんが就任するのが正しい!」
ほら、やっぱり真面目だ。本当は自分が委員長をやりたくて仕方が無かったけれど、自分よりも出久の方が皆をまとめることに優れていると、出久の事を認めてくれているんだ。
自分自身の力を知っているからこそ、悔しいけど出久に票を入れてくれたんだ。
爽やかに言い切った彼の顔を見て、静は思わず笑みが零れる。
「飯田くんって笑うんだね。…初めて見たかも」
今まで見てきた彼の表情は真面目で、どちらかというと強面のイメージがあったが、出久の事を認めてくれた彼の顔はどこか柔らかく、優しい表情をしていた。
静がそう言うとかなり飯田はびっくりした様子で、「え!?そうだったか!?笑うぞ俺は!!」と言い張っていた。
その必死さに出久もお茶子も思わず笑っていた、その時―…
ウウーーーー!!
校内に今まで聞いた事の無いほどの大音量の警報が響いた。
「な、何事!?」
食堂に居た誰もが動きを止め、その警報に唖然としている。
先輩やサポート科、経営科の生徒も皆シーンと静まり返っており、警報の音だけが大きく鳴り響く。
『セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』
警報の合間に流れるアナウンスにガタッガタッと次々周りが席から立ち上がり慌て始める。「3!?」と先輩が驚いているのが見えた。
しかし、出久たち1年にとってみれば初めての警報で、一体何が何だか分からず呆然と立ち尽くすしかない。
「セキュリティ3てなんですか?」
「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ!3年間でこんなの初めてだ!君らも早く!!」
思わず飯田が傍に居た先輩に声を掛けると、先輩は慌てたようにそう言って席を立ち駆け出して行った。
兎に角マズい事態に変わりないらしい。飯田たちも早く非難を、と席を立ちあがって離れた瞬間―、
「う、うわぁっ!?」
一斉にパニックに陥った生徒たちが波のように非常口に向かって押し寄せてきた。皆が我先にとひしめき合い、只でさえ人でごった返していた食堂内が更に人口密度を増す。あっという間に静たちは人の波に飲み込まれた。
避難するために進む事は愚か立つこともままならず、「いてえいてえ!」「押すなって!」「ちょっと待って倒れる!」「押―すなって!」と悲鳴や怒声があちこちから聞こえてくる始末。
実際、このままでは人と人の間に挟まれて潰されそうな勢いだ。
「さすが最高峰!危機への対応が迅速だ!!」
「迅速過ぎてパニックに…っ」
これはセキュリティーが突破されたとか侵入者うんぬんよりも此方の方がマズい。このままでは怪我人は愚か、死人が出そうな勢いだ。
人の波に飲まれ揉みくちゃになりながらもなんとか進もうとするが、やはりかなりの密集度で身動きすら取れない。
「どわーーしまったー!!」
「きゃっ…」
「緑谷くーーーん!!」
「静ちゃーん!!」
そんな中で一瞬の油断をついて、今まで飲まれていた人の波とは別方向に向かって出久が動いたかと思うとあっという間に人の波に飲まれて離れていく。
慌てて一番近くに居た静が出久の飲まれた波の中にいこうとしたが、彼女も別の波に攫われてしまった。
なんとか飯田たちの元へいこうと手を伸ばしたとき、走り出した他の生徒がぶつかり足がもつれた。
足がもつれた時点で転ぶのは確実。この中で体勢を立て直すのは不可能に等しい。
どうにか顔面から転ぶのは避けようと、思わず手を前へと出した時だった。
誰かにその手をパシッと掴まれて、そのままグイッと倒れそうになった体を引っ張り上げられた。
「…わっ、」
「ぼさっとしてんな」
静の腕を引っ張ったのは轟だった。あの変わらない表情のまま彼女を見下ろし、腕をガッシリと掴んだまま離さない。
パニックになった人達が出口へ出口へと勢い良く流れていくその流れに逆らえないまま、押し潰されそうになりながら移動していく。満員電車よりも酷い混みようだ。出入り口はそんなに広くない。そこに大勢のパニックに陥った人達が無理矢理入り込もうというのだから、満員電車よりタチが悪い。
大勢の生徒が叫びながら勢い良く出ようとするこの食堂自体は広いとはいえ、人が密集したこの場所は熱気に包まれていた。
「おい」
轟の声が聞こえた気がしたが周りが煩くて何を言っているかまでは分からない。
四方から押し寄せる人の波に俯きつつあった頭が少しクラクラしてきた。
段々心臓が煩くなってきたような気もしてきた。押された背中が痛い。
「下向くな」
「!」
「ただでさえ人が密集してて酸素薄いんだから、下向いてちゃ酸欠起こすだけだろ。無理してでも上向け」
普通に言っても聞こえないと気付いたのか轟は耳元まで口を持っていき、少し大きめの声でそう言った。
二の腕の方を掴み直して無理矢理引っ張り上げられ、後ろから押し寄せる人の波も利用して少しジャンプする。
頭だけでも人波から抜け出すことが出来て肺の中に思い入り酸素を吸い込んで深呼吸をする。
「ご、ごめ、んなさい…ありがとう」
「この状況で酸欠起こされても対処出来ねぇからな」
たしかにそうだ。それにしても、侵入者ってどういうことなのか。
センサーだらけの雄英に侵入するなんて、普通じゃ出来ない。
今朝のマスコミ凄かったし、あの中の誰かがセキュリティ突破出来るような“個性”の持ち主だったのか。
なかなか収まらないパニックにうんざりしていると、物凄い勢いで何かが頭上を飛んでいった。
え、と見上げると勢い良く飛んでいったのは飯田だった。
大丈夫と叫んだ飯田によると、侵入者といってもただのマスコミらしい。
セキュリティ突破するとは思わなかったけど。飯田によってパニックに陥っていた食堂内は落ち着きを取り戻す。
人でごった返していた出入り口付近も徐々に人波が引いていき、どうにか身動きが取れる程にはなった。
「轟くん、さっきはありが…………あれ」
先程のお礼を言おうと隣を振り返るとそこに轟はおらず、カウンターのそばの列に並んでいた。
とことん他人に興味無いんだなと思った。自分を助けたのも偶然隣にいて、偶然酸欠起こしそうな状況に陥って、その場で酸欠起こされても対処なんか出来ないから取り敢えず助けた、という感じだろう。何となく、そんな気がした。
「ホラ委員長始めて」
「でっでは他の委員決めを執り行って参ります!………けど、その前にいいですか!」
昼休みがほぼ潰れ、皆疲れ切った顔を浮かべながらも午後の授業は始まる。
今日は午前中に決めきれなかった、学級委員長以外の委員決めを行う事になっていた。
教団の前に立ちガッチガチに固まっている出久を隣に立っていた八百万が急かすと、しどろもどろになりながらも出久が口を開いた。
「委員長はやっぱり飯田くんが良いと…思います!」
いつの間にか真剣な面持ちになっていた出久の口から出てきたその言葉にクラス中が驚いたのは勿論、まず飯田が驚いていた。
「あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は…飯田くんがやるのが"正しい"と思うよ」
先ほどの状況把握能力に加え、生徒の安全を考えた勇気ある行動に出久は彼に委員長をやってもらいたいと決めていたようだ。
出久の提案に異議を唱える者はおろか、寧ろ「飯田、食堂で超活躍していたし良いんじゃね!」と切島が切り出せば、皆それに便乗するように納得していく。
「何でも良いから早く進めろ…時間がもったいない」
「ひっ!!」
そんな感動的な展開にも相澤先生は面倒臭そうに教卓の影で寝袋に納まりながら10秒チャージを咥え、ギロ…と出久を睨み上げていた。
しかし反対しない所を見ると別に委員長を飯田に変わっても問題ないという事だろう。
「委員長の使命ならば仕方あるまい!」
「任せたぜ非常口!」
「非常口飯田!しっかりやれよー!」
胸を張って立ち上がり声を張り上げる飯田くんに、切島と上鳴が面白おかしく茶化す。
あのときパニックに陥っている皆でも注目を集められる非常口の上にある非常灯の上にお茶子の能力で彼が飛び乗ったとの事。
喜ばしい光景に笑みを零す静だが、机に頬杖をつきながら窓の外に見える学校の校門の方を見下ろして、微かに目を細める。何とも言えぬ、嫌な予感が身体中を駆けまわるのを感じる。
ただのマスコミがあそこまで出来るだろうか。
彼女の細めた視線の先にあるのは、セキュリティーの為に閉じていたらしい雄英バリアーこと、校門の丈夫なシャッターがボロボロに崩れている状態を警察と先生方が見つめている光景だった。
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