何度目かの春が訪れた。風が吹いて木々を揺らす。咲いた桜の花びらも風に乗ってどこかへと運ばれていく風景。桜吹雪とまではいかないが、なかなか幻想的な光景が見られる。静はぼんやりと窓の外を眺めていた。

 中学も三年にあがり、高校受験のことを考えなくてはならない。静としては別にどこでもよかったが、親の勧めもあり雄英高校を受験しようと考えていた。チャイムと共に壇上に先生があがってくる。

 「今から進路希望のプリント配るが皆!」そこで息継ぎ。ぴらっと一枚とって見せつけるように持つ。

 「――だいたいヒーロー科志望だよね」

 はーい、という言葉と共に皆して個性を発動させた。
 その言葉に原則禁止と言っているも、先生の顔はゆるんでいる。かわいくてしかたないといった様子だ。

 「あー確か爆豪と照己は“雄英高”志望だったな」

 先生の言葉にクラス中がざわつく。雄英高校は国立高校で偏差値七十九。勝己も巴も模試はA判定をもらっている。中学ではこの二人だけが雄英圏内なのだ。そのことで前後の席の女の子から声をかけられていたが、それには曖昧に返事を返す。
 彼女の脳内にあるのは出久のことだった。ヒーローになりたい、と小さい頃から夢を追い続けていた出久。どこを受けるのだろう、と考えていれば答えはあっさりともたらされた。

 「そいやあ緑谷も雄英志望だったな」

 先生の口から出た発現にクラス中が沸く。ありえない、と言いたげな爆笑の渦だ。確かに前例がないだけで入学することはできるかもしれない。静もそう思う。けれど。

 「“没個性”どころか“無個性”のてめェが――」

 爆豪の言葉はその通りだった。ヒーロー科ということは将来ヒーローとなり己の個性を活かして人々を助けるのだろう。
 しかし出久は無個性だ。個性がない。小さい頃に突きつけられた現実はどれほど彼の心を痛めただろうか。
それでも、小さい頃からの目標を追いかけ続ける出久の姿もまた、静には好ましく映る。
 記念受験だのなんだの散々な言われようであるが、静は心のなかで出久を応援することにしている。周りが何と言おうと曲げない意志は格好いいものなのだ。

 ▽▲▽

 買い物をするのに商店街へ向かい、スーパーへ入った。頼まれていた買い物リストに目を通し、必要なものだけ買い物カゴに入れていく。

 静のもう一人の幼馴染──爆豪勝己は所謂、ガキ大将だった。何でも出来てしまう、“個性”も周りより飛び抜けてる、誰もが憧れを抱く存在だった。たしかに率先してリーダーシップをとり、みんなの中心にいた人物だ。…だからこそ、いつの間にかあんなに捻じ曲がった性格になったのだけれど。

 彼は静に一度も“個性”を使わない。女の子だから、という考えは彼には無い。女でも気に食わない奴がいれば迷わず爆破で脅したり何なりするだろう。本当にヒーローを目指す人間がやることかは別として。

 「!?」

 いきなり聞こえたのは爆発音だった。スーパーの奥にいたから何が起きたのか分からない。周りにいた客も慌てて店の外へ駆け出す。泣き出してしまう子もいた。 

 商店街は火の海だった。煙を吸わないようにハンカチで口と鼻を押さえながらスーパーから出る。集まってきたヒーローも、商店街内にいた市民を助け出すのに必死だ。

 (……あれは、何)

 比較的商店街の端の方にあったスーパーから出て音のした方に顔を向ける。そこにはドロドロした“何か”が爆発を起こしているようだった。集まってきたヒーローは今回の敵には相性が悪いようで消火や救助に手一杯のようだ。

 「君!危ないから早くこっちへ避難しなさい!」
 「!」

 救けに来たヒーローに腕を引かれ思わず後ろに転びそうになる。…が、それらが全てスローモーションに見えた。
 それはよく聞く“死の直前に周りがスローモーションに見える”というものではなくて。目線の先にいるあの敵。
一瞬、チラリと見えた横顔は静にとって見慣れすぎている横顔だった。「あっ、ちょ!君!何やってるんだ!」と叫ぶ声なんて最早聞こえなかった。掴まれた腕を振り払いそのまま走り出す。

 「おい!中学生が一人突っ込んで行ったぞ!」
 「中学生って…女の子じゃないか!」
 「誰か!彼女を止めろ!!」

 結構煙を吸い込んでしまったらしい。それはそうだ。こんな場所で走って吸い込まない方がおかしい。

 「あ?何だお前は」

 爆破し続ける敵が立ち止まる静に気付く。爆風で飛んできたガラスが頬を掠った。熱い。痛い。苦しい。
 敵を目の前にして怖くないわけじゃない。でもやっぱり、目の前で傷付いている人がいたら放っておけないんだ。またガラスの破片が飛んで来た。今度は額が切れる。

 「…他人の“個性”を利用しなきゃ、何も出来ないの」
 「アァ!?んだとこのガキがあ!!!」

 思っていたより短気らしい。そして馬鹿。

 「バッ…カかてめぇは…!…ざけんな、お前の救け……な、ん…ガハァッ!」

 人生で初めて受けた爆発。それは彼自身が望んで撃ったものではないが、彼の“個性”であるのは事実だった。爆破で飛ばされ商店街のシャッターに背中を強打する。
 だが静はその場で踏ん張って転ばぬようにし、右手を開き腕を大きく振りかざす。周りに散らばっていた瓦礫は腕を振りかざした時にフワリと浮かび、思い切り腕を振るうと同時に勢いよく敵に向かって飛んで行く。
 あのヘドロは爆豪に纏わりつくことで彼の力を使っている。どういう原理でそうなっているのかは分からない。本当はどうにかして剥がしたいが、静一人の力では無理だ。

 静が飛ばした瓦礫は敵のヘドロ部分に上手く突き刺さる。ヘドロが上手くクッション材となっているのか、爆豪は飛ばした瓦礫で傷付いていない。

 「〜〜〜ッ!!…っこの!」

 再び爆発が来る。分かっていた。爆豪が苦しそうにもがくけど一言も救けを求めてなんかいない。

 「死ね!このクソガキ!!」
 「…ッ!」

 カッとなって思わず思い切り手を振るうとヘドロは弾け飛ぶように向かいの建物のシャッターに強打した。

 「ガッ…!?」

 ハッと我に返る。やってしまった。感情任せにすれば自分の“個性”は危険なのは分かっていたはずなのに。
 幸い爆豪に影響はあまり無いようで一先ず安心する。だが静だけでは倒せない。せめてヒーローが来るまでの時間稼ぎ、と思った。
 チラリとそちらを見てみれば、野次馬の奥に見知った顔があった。それに気付くと同時にハッとして慌てて振り返る。向こうは静に気付いてないようだったが、一瞬のことで思わず緩めてしまった力は敵も見逃さなかったようで、すぐ“やられる”と思った。
 ──爆発でこのまま、死んじゃうのかな。そう思った時にクラリと意識が遠のく気がした。“個性”を暫くちゃんと使っていなかったせいか、その“副作用”がかなり早い段階で訪れた。
 倒れそうになるも踏ん張って何とか立つ。近付いたら爆発で死ぬ。遠戦でも死ぬ。だったらもっと力を使うしかない。
 集中していけば薄まっていた力も段々強くなっていく。その中で苦しそうにこちらを見る爆豪と目が合った。

 「!?」

 それと同時に後ろの方から聞こえた叫び声。目の前に現れた人影。びっくりして思わず尻餅をつく。

 「って、静ちゃんもいたの!?」
 「出久くん…?」
 「もう少しなんだから邪魔するなあ!!!」

 潰れないくらいの力を出し動けないようにする。それでも爆豪の“個性”には関係ないから、ヘドロから救い出そうとする緑谷に向けて爆破させようとした時。

 ヒーローが遅れて登場する、お決まりの展開が生まれた。

 「女の子にしてその度胸は賞賛するけど!使い所が違うだろ?」
 「下手すりゃ死んでたんだぞ、君」
 「知り合いだったの?気持ちは分かるけど、相性の良いヒーローを待つのが賢明な判断ってものだよ」

 緑谷程ではないが、勿論静もヒーローに叱られた。でも悪いけど反省する気はない。たしかに無謀だったけど。“女の子”というのもあったのか、それほど厳しい言葉じゃなかった。ヒーロー業界も、どちらかというと男社会だからだろうか。
 静が“個性”を使っていたことは、爆発や炎などに紛れて無事ヒーロー達に見られることはなかった。資格もないのに使ってるのを見られたら敵ヴィランと変わらないのだ。
 
 静は他の二人と違って瓦礫で怪我をした。頬にはガーゼ、額には包帯が巻かれた。切れた時はそこまで気にしていなかったけど…あの爆破で起きた火の海の中、体温が上昇して血の巡りが良すぎたせいか、騒動が終わり気付いた頃にはダラダラと血が流れ出てきた。
 オールマイトが現れて救け出された直後は気を失っていた二人も、今では意識を取り戻し緑谷は静以上にお説教を、爆豪はそのタフさと“個性”を賞賛されてテレビの取材とプロからの勧誘を受けていた。
 丁度テレビを見ていた両親が駆けつけるように迎えにきてくれて、静も商店街を離れることができた。

 そして、翌日学校へ登校してある席が静は気になった。いつもなら既に埋まっているはずのそこに姿がない。
 出久ならもう登校していてもおかしくないのに。昨日あれだけの出来事があったから熱でも出たのかな、と判断して目線を本へと戻す。
 少しして、始業時間。その二、三分前に出久が登校してきた。席に座った出久へ歩みより「ギリギリだね、珍しい」と声をかけようとしたところでゲッソリとした様子に気づく。

 「出久くん?」
 「――ハッ、えあ、静ちゃん?ど、どうかした?」
 「ううん、疲れてるみたいだったから」
 「あ、あはは……ちょっと、ね」

 笑ってごまかす出久に少しばかり心配げな目を向ければ、出久はふるふると顔を振って前を向いた。頑張ってるんだな、と思うことにして、静もまた授業へと身を投じていった。

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