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「お疲れ照己くん!、麗日くん!」
「あ、飯田くん、お疲れ様です」
「……おや?緑谷くんは?」
「出久君…?」
「あれ?そう言えば居ないね」
これからお昼休憩を挟むということで一時解散を告げられた。皆が徐に食堂へ向かい始めた時に飯田が声をかけてきた事により、ついさっきまで一緒に居た緑谷が居ない事に気づく。
「うーむ、参ったな。お昼を食べながら色々と語り合おうと思っていたのだが…早くしないと食堂が混んでしまう」
「先に行っちゃったのかな…?」
もしかしたら一斉に食堂に向かう人たちの波に飲まれて先に行ってしまったのかもしれない。
「あ、二人とも先に行ってて…、私、控室にタオル取りに行ってくるね」
午後の部に備えて着替える為にも控室に置いて来てしまったタオルを取りに行く為に皆とは違う方向に歩き出す。
2人と一度別れ、控室に向かうべく会場の通路を歩く。と、不意に誰かが外へと抜ける通路の角で隠れるようにして外の様子を伺っている後姿が見えた。後ろ姿で分かる。爆豪だ。こんな所で何をしているのだろう。明らかに怪しいその背中に、気づけば声をかけようと静は口を開いてしまった。
「あの、何を――…」
「ッの!バッ!!」
「っ!?」
ガシッと痛いぐらい物凄い反射神経で静の口をその大きな掌で塞ぐ爆豪。彼女の声で驚いたのか物凄い速さでこちらを振り返るなり静かにしろ、さもないと殺すぞオーラを向けて来るものだから静は内心パニックだ。
爆豪くんに口を塞がれ、壁に押し付けられた状態で息苦しくなってどうにか落ち着こうと唯一塞がれなかった鼻からゆっくりと呼吸をして肩を上下させる。
そんな静の驚いた(怯えきっているであろう)表情を見た爆豪の表情が一瞬見た事無いぐらい驚いたように少し歪んで見えた。
その表情で彼が言いたい事を一瞬で理解する。何でテメエが此処にと言いたいのだ。
「"個性婚"って知ってるよな」
と、不意に聞き覚えのある声が聞こえて来て静がまた驚いた表情を浮かべると、爆豪は罰の悪そうな顔を浮かべながらシッと彼女を押さえつけている手とは反対の空いている手の人差し指を自分の口に当てる。
そして「静かにしろ」と口を動かしたのが見えて、静は素直に小さく頷く。
スッと彼の顔のほぼ半分を覆っていた手が離れて行った途端に訪れる解放感と安心感。ホッと内心胸をなで下ろす気持ちでその第3者の声が聞こえた方へと自然と視線を向ける。その競技場へと抜ける通路の先に居たのは轟と、緑谷だった。
――個性婚。
ニュースとかでは聞いた事があるけれど、こんな目の前でそんな言葉が飛び出した事なんて今まで無かった。
通路の曲がり角に身を潜め、その様子を静かに見守る。気付けば、爆豪も静の傍の壁に寄り掛かってその話に耳を傾けている。どうやら彼は偶然2人の会話が耳に入り、つい立ち聞きしてしまった…と言ったところだろう。
「実績と金だけはある男だ…親父は母の親族を丸め込み、母の個性を手に入れた」
轟の言葉はいつにも増して冷ややかとしていた。自分の親の事を話しているのに、まるで他人の事を語るかのようにツラツラと。寧ろ自分の父親に憎しみさえ抱いているのではと感じさせるほどに、その言葉は冷たい。
「俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げる事で自身の欲求を満たそうってこった。……うっとうしい…!そんな屑の道具にはならねぇ」
自分の夢を自分の子供に。世間一般ではそう少ない事では無い。
勝手に夢を背負わされた子供にとってみれば幸せと感じる子も居るかもしれないが……恐らく大半の子供は、目の前で今までにないぐらい感情を露わにしかけている轟と同じく、いい迷惑だと思う事だろう。
自分のなりたいものと親の理想が同じとは決して言えないのだから。
「記憶の中の母はいつも泣いている。"お前の左側が醜い"と母は俺に煮え湯を浴びせた」
平然とそう言って轟は自身の左側の火傷の跡にそっと触れる。まさか、彼の左側の痛々しい跡にそんな理由があったなんて。そんな哀しいことがあったなんて。
「ざっと話したが俺がお前につっかかんのは見返す為だ。クソ親父の"個性"なんざ使わなくたって……いや…使わず"一番になる"ことで奴を完全否定する」
だから彼は母親譲りの氷の個性だけしか今まで使ってこなかったのだ。あの、"エンテンヴァー"の息子でありながら、その家庭の闇を抱えて炎を使ってこなかったのだ。
「時間とらせたな」と、そう言ってその場を後にしようと歩き出す轟に、静は無意識の内に思わず身を乗り出そうした瞬間、微かに手首を握られたような感覚に引き止められる。そこでどうにか思いとどまって足を止めた。すると、静かな声がゆっくりと響く。
「僕は…ずうっと救けられてきた。さっきだってそうだ…僕は、誰かに救けられてここにいる」
緑谷の声だった。しっかりとした、彼女の知らない出久がそこに立っていた。明らかに真正面から宣戦布告の喧嘩を吹っかけられたと思われても可笑しくないその轟の話にも退かずに立ち向かうようなその姿は、いつにも増して眩しい。
「オールマイト…彼のようになりたい…その為には1番になるくらい強くなきゃいけない。
君に比べたらささいな動機かもしれない…でも僕だって負けらんない。
僕を救ってくれた人たちに応える為にも…!
さっき受けた宣戦布告、改めて僕からも…僕も君に勝つ!」
何とも緑谷らしい言葉だった。轟の放つその存在感は明らかに漫画やアニメだったら主人公格の立ち位置に当てはまるであろう。
そんな彼にただ真っ直ぐに、そして臆することなく胸の奥にストンと落ちるような言葉は何とも緑谷らしい言葉で、何だか安心した。
皆、目指す場所は同じはずなのにこうも違う世界で正直驚いた。でも、皆違う世界で、違う価値観や目標があるからこそそこに能力とかでは無い、個人としての個性が生まれる。
それが世界を豊かにする1つの存在でもあるのだから、否定する気は毛頭ない。
「出久君、すごい…」
「………ケッ…くだらねぇ」
静は思わず小さく笑みを零しながら傍らで壁に寄り掛かっている爆豪を横目に呟くと、彼は興味も無さそうにそう吐き捨てながらポケットに手を突っ込んで歩いて行ってしまった。
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