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固唾を飲んで見守ることしか出来ない静は不穏な空気を全身で感じていた。浮かしてしまえば麗日の勝利は目に見えるのだが、その為にはまず爆豪に接近し、触れなければならない。接近戦はなるべく避けたい次第だが、接近戦をどう攻略すべきかで麗日の勝敗が決まるだろう。飯田は緑谷に、控え室で言っていた“爆豪くん対策”とは何かと小首を傾げた。静も興味深々な様子で便乗すれば、大したことじゃないけど、と前置きを後にノートを開きながら口にする。

「かっちゃんは強い・・・!殆どの接近戦闘は隙無しで、動くほど強力になっていく“個性”だ。空中移動があるけど・・・とにかく浮かせちゃえば主導権を握れる。だから・・・」

――速攻。プレゼント・マイクの『START』の合図と共に麗日が駆け出す。爆豪との距離を詰めることで相手の行動に制限を掛けた。爆豪としても間合いを詰められては麗日に触れられ、回避をしようにも事故でも“個性”で浮かされる可能性が高くなる。つまり彼が次にとる行動はひとつしかない。迎撃。「かっちゃんは大抵最初は右の大振りなんだ」と緑谷が口にした通り、爆豪の右腕が迎撃の体勢に入る。間合いを詰めてくる麗日に右手が振りかぶられた。BOOM!と爆発音と共に立ち込める煙幕。接近を防いだ爆豪が2歩距離を取った。煙幕で視界が悪いなか目を凝らせば、黒い影が動いたのが見えた。爆豪もそれに気付けばもう一度右手を振り下ろす。刹那、煙幕に紛れて背後に回っていた麗日が飛び出してきた。

《上着を浮かせて這わせたのかぁ、よー咄嗟に出来たな!》

爆豪の右手が捕らえたのは麗日ではなく、麗日の上着。
自身の上着を“個性”で浮かしたことで、如何にもそこに居ると思わせた隙をついて背後へ回ったのだ。これは1本とられただろう。しかし、爆豪は確かに背後の麗日を見た。その一瞬の間に右腕を振り上げ、麗日の接近を拒絶した。煙幕をものともせず、完全に見て動いている。最早人間離れしている反射神経では不意をつく策は通用しないようだ。触れなければ通用しない麗日の“個性”では、爆豪の反射神経は分が悪い。しかし麗日は体制を整えれば、果敢に再度突進して行った。無論、接近を許さない爆豪は迎撃をお見舞する。鼓膜を劈く爆発音と立ち込める煙幕。麗日は何度も爆風で飛ばされても、何度地面に叩きつけられ身体が傷だらけになろうとも、何度もなんども爆豪に突進していった。変わり身が通用しなかった麗日がヤケを起こしている、と捉えている観客がいる中、爆豪の誠意に欠けた戦闘に不満を募らせた観客席からの「それでもヒーロー志望か」「女の子いたぶって遊んでんじゃねぇ」と野次が飛んできた。彼らは何を言っているんだと静は眉を顰める。それは恐らく隣にいる緑谷も飯田も気付いているだろう。観客席にいながら何故気付かない。もしあの野次がプロヒーローならば、その視野の狭さにヒーローの卵は幻滅してしまうだろう。

《今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでもみてろ。
ここまで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ手加減も油断も出来ねえんだろうが》

プレゼント・マイクの実況用マイクを奪った相澤の地を這うような声が会場内に響き渡る。心做しか怒気を含ませた声で、野次を飛ばした観客を強く批難した。ぴたりと観客席が静まり返った。休まずに突進を続けていた麗日もその足を止めた。警戒を続ける爆豪と対峙すれば、ぴたり、と指の腹を合わせた――刹那。無数の瓦礫が爆豪目掛けて降り注いだ。低姿勢での突進をすることで爆豪の打点を下に集中させ続け、突進と爆煙で視野を狭めながら着々と武器を蓄えていた。そんな捨て身の策を、と驚愕する緑谷はどうやら麗日の思惑に気付いていなかったようだ。
さながら流星群を彷彿させるほどの量だ。迎撃にしろ回避にしろ隙が生じる筈だ。麗日が次の手をうつべく駆け出した。その目は決意に満ちている。必ず勝ち、必ずヒーローになり、家族の為に夢を叶えるんだと。

――BOOM!!

一撃。一撃で全てを破壊するような爆発音が鼓膜を劈いた。流星群を塵に変えてしまうほどの威力。爆風と熱がぶわっと全身に吹き抜けていく。対人戦闘訓練で見せたような威力だ。あれはコスチュームがあってこその威力だと思っていたが、無しでこれだけの威力が出せたのかと静は目を見張った。塵となった流星群だったものが無情にも舞い散る。間近で衝撃を受けた麗日も諦めるものかと立ち上がるが、足元が覚束無い。対して爆豪にはまだ余裕が見受けられる。麗日が立ち向かおうと駆け出したが、かくん、と膝が崩れ、倒れた。キャパオーバー。もう立ち上がれる力はないだろう。それでも這い蹲ってでも立ち向かおうとする麗日の強い意思も双眼のモスコバイトも死んではおらず、爆豪は身構える。最後まで手を抜かない彼の誠意ある姿勢だ。ミッドナイトが麗日に駆け寄り、身構えた爆豪に手を向け制止すれば、彼女の状態を確かめた。

《麗日さん・・・行動不能。二回戦進出、爆豪くん!》

勝敗は決まった。麗日はハンソーロボによりリカバリーガールのもとへ搬送された。個人的に麗日を応援していたプレゼント・マイクのテンションが明らかに低下していたが、小休憩を挟んだら勝敗が決まっていない切島と鉄哲の試合が行われる。緑谷はどこかやるせない思いを顔に滲ませながら席を立ち、控え室へと向かう。静はその背中を静かに見守っていた。

第一回戦の全試合が終わり、七戦目で引き分けた切島と鉄哲が腕相撲で勝負。切島が勝利し二回戦進出を決した後、再び会場内は注目度を上げた。
次の試合は、緑谷VS轟。対峙する2人を見ると、まるでそうなる運命だったかのように感じてしまう。偶々聞いてしまった轟の事情。恨み辛みを父親へ見せしめる手段が左側を使わずに勝利することならば、それは手段としては有りかもしれない。しかしそんな私怨丸出しの戦い方を、緑谷も、共に立ち聞きをしていた爆豪も、許すだろうか。

「轟くんはこれまで開始早々決着をつけてきたけど・・・今回もだろうか」
「そうだと思う…それを回避する為には緑谷くんも麗日さん同様捨て身でいかないと、瀬呂くんみたいに行動不能で終わり」
「あの“個性”はまだ制御ができていないだろう」
「・・もっと言うと、轟くんは判断力も身体能力も高いから……自損もそこそこにしないと後がきついと……」
「――ふたりまだ始まっとらん?」

飯田と静が神妙な面持ちでいれば、リカバリーガールの治癒を受けてきた麗日の疲れ果てたような声が聞こえた。
迎えようとふたりして麗日に顔を向ければ、彼女は目蓋をぱんぱんに腫らした状態で帰ってきた。思わず「目を潰されたのか?!」と慌てふためき、はやくリカバリーガールのもとへと促す飯田。
麗日はリカバリーガールのもとへは行ったし、腫れてるのは違うとまた目を擦りながら静の隣に腰を下ろした。「あまり掻いちゃだめよ」と優しい声音で紡ぎ、その手を掴んで目からゆっくり離してあげれば、麗日はふにゃりと笑みを零す。悔しかったなと慰める言葉をかける飯田に「今は悔恨よりこの戦いを己の糧とすべきだ」と、麗日の隣で腕を組んで座っている常闇が言う。常闇の言葉に麗日は元気を取り戻したのか、力強く頷き、対峙する緑谷の姿を確りと見遣る。プレゼント・マイクの熱の篭った合図が響き渡るまで、あと少し。

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