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体育祭での疲れも癒え、2日後――雨。じろじろ見られている視線を感じる中、静を何よりも困らせたのは女神について薀蓄を語り出した男。流石に信仰者ではなかろうが、あなたは地上に舞い降りた女神の何々だもしくはアレアレだとマシンガントークで捲し立てられ困惑以上に恐怖を感じた。下手に相手にすると面倒なことになる為、目を合わせないようにしていたのが功を奏したのかたまたまか、駅近くの交番を通り掛かった際に警察官の目についたようで引き剥がしてくれた。幸いな事にその男以上にインパクトのある出来事も無く、警察官に感謝しながら難なく学校に辿り着き先にトイレに寄ってから教室へ向かえば、教室内はかなり盛り上がっている様子であった。朝声を掛けられたとかじろじろ見られたなど、体育祭でのメディア効果にクラスメイトは興奮気味のようである。

「朝は大丈夫だった?」
「うん…ちょっと危ない人いたけど、警察官の人が助けてくれたから」
「け、警官って?!」
「変なやつに絡まれたのか」

“なかなかやばいの”と“警官”と口にすれば変な輩に絡まれたと考えに至ったクラスメイトに、いつものことだから気にしないと言い残し自席へ向かう。

予鈴が鳴るも賑やさが変わらないクラスメイトだが、予鈴が鳴り終わろうとした瞬間、一目散に自席へ飛び込み口を噤む。担任、相澤消太が地を這うような声で朝の挨拶を口にし教室へ入ってくる頃には、大人しく言いつけを守る良い教え子と化している。

「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」
「婆さんの処置が大袈裟なんだよ。んなもんより今日の“ヒーロー情報学”、ちょっと特別だぞ」

ミイラ男だった相澤の包帯が取れており、蛙吹が顎に指を当てながら安堵するように口にすれば、相澤はやや不満げな口振りで吐露しながら左目下を小指の先で軽く掻いた。後遺症の他に目の下にも傷を残す事になったが、治る傷が治って本当によかったと静もひっそり息をつく。相澤の“ちょっと特別”という言い方にクラスの一部に緊張が走る。ヒーロー情報学はヒーローの法律等を学ぶ授業だが、内容の複雑さから苦手としているクラスメイトもいるのだ。抜き打ちの小テストかなと憶測を立てるが、相澤の口から出た授業内容にわっと歓声が上がった。――“コードネーム”つまりヒーロー名の考案。胸膨らむやつきたと先程までの緊張感は何処へやら、盛り上がりを見せるヒーローの卵たちに相澤の無言の圧力がのしかかり、再びシンと静まり返る教室。コードネームは連休前に話していた『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積んで率先力になると判断される2、3年から。体育祭を通して来たプロからの指名は将来性に対する“興味”に近いとのこと。卒業までに“興味”が削がれたら一方的にキャンセルもある故に、自分へ来た“指名”がそのままハードルとなる。そして指名の集計結果だが、と相澤が黒板に向けてリモコンのボタンを押す。棒グラフと件数が表示された黒板を見れば、案の定だが、上から轟と爆豪のふたりに注目が偏った結果であった。例年はもっとバラけるらしい。

「これを踏まえ・・・指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練にしようってこった」
「それでヒーロー名か!」
「俄然楽しみになってきたァ!」

経験してしまったプロの活動――USJでの事件。死柄木弔率いる敵連合の襲撃。高揚する佐藤と麗日とは対照的に、伏し目がちの顔でぎゅっと静かに握り拳をつくる。相澤が仮だと口にしつつも適当なものはと連ねている最中、「付けたら地獄をみるよ!」とセリフを被せながら教室の扉を開けて入ってきた人物に視線が集まった。豊満なボディも相まって、コスチュームの露出についての法案が国会に提出されたほど世間を騒がせている、“色んな意味”でギリギリのヒーロー。

「この時の名が!夜に認知されそのままプロ名になってる人多いからね!!」
「ミッドナイト!」
「まァそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん」

ゴソゴソとどこから取り出したのか黄色の寝袋を準備するあたり、ミッドナイトが査定している間寝るつもりなんだと安易に察した。“オールマイト”のように「名は体を表す」と相澤は言い残せば、教壇に立ったミッドナイトと交替し、寝袋に身を包み黒板の下で壁に凭れながら寝始める。熟々自由だなと苦笑いを堪えていれば、というわけで、と仕切り出したミッドナイトがボードと黒ペンを列事に配り始めた。ヒーローを志すからには勿論ヒーロー名は必須である。

――15分後

「じゃ、そろそろ。出来た人から発表してね!」
『!?』

発表形式になるとは思わなかった一部のクラスメイトがざわつきはじめる。これは度胸がいるなと生唾を飲めば、1番手に青山が堂々とした様子で起立した。笑みを携え、ボードを片手に教壇に立てば「行くよ・・・」と謎の緊張感が駆け巡る。刹那、高々と掲げられたボードに皆の双眼が向けられた。何故か、長い。というよりも――

「輝きヒーロー“I can not stop twinkling.”(キラキラが止められないよ☆)」
『短文!!!』

かつて短文をコードネームにしたプロヒーローがいただろうか。静の知る限りでは思い浮かばないが、青山の斜め上の発想は誰にも予測はできない。思わず突っ込みが入るクラスメイトと同じように、嘸かしミッドナイトも査定に困惑するだろうと思いきや「そこはIをとってcan'tに省略したほうが呼びやすい」と存外確りとアドバイスをした。出鼻から斜め上の発想を見せつけられ、嫌な予感がじわりじわりとし始める。次いで意気揚々と教壇に立った芦戸のヒーロー名――リドリーヒーロー、エイリアンクイーン。有名なアメリカ映画に出てくる架空の地球外生命体で、芦戸の“個性”酸だけでなく天井や壁に張り付く事が可能な点もそれらしさはあるが、その悍ましさと目指す先が血が強酸性のアレならやめときなと、ミッドナイトに再考を言い渡された。不服そうに席に戻った芦戸に、バカヤロー、と俯くクラスメイトの心の叫びが聞こえた気がする。『最初に変なの来た所為で、大喜利っぽい空気になったじゃねえか!!』と。青山も芦戸も真面目に考えているのはわかるが、立て続けにハイセンスなヒーロー名を披露されると、3番手にボケるべきか否かの妙なプレッシャーを与えてしまうのだ。そんな誰も挙手する勇気が出ない中、勇敢な少女が「じゃあ次、私いいかしら」と名乗り出た。蛙吹梅雨だ。蛙吹は満を持していつも通りの事も無げな表情で教壇に立てば、早速ヒーロー名を発表した。

「小学生の時から決めていたの。フロッピー」
「カワイイ!親しみやすくて良いわ!みんなから愛される、お手本のようなネーミングね!」

梅雨入りヒーロー“フロッピー”のお陰で大喜利の流れを断ち切る事ができ、歓喜に染まるクラスメイトが『ありがとうフロッピー、空気が変わった!』と蛙吹を称えるようなフロッピーコールが鳴り響く。蛙吹に続けと言わんばかりに次いで教壇に立った切島のボードに書かれているのは、剛健ヒーロー“烈怒頼雄斗”

「“赤の狂騒”――これはアレね!漢気ヒーロー“紅頼雄斗”リスペクトね!」
「そっス!だいぶ古いけど、俺の目指すヒーロー像は“紅”そのものなんス」
「フフ、憧れの名を背負うからには、相応の重圧がついてまわるわよ」
「覚悟の上っス!」

切島の揺るぎない漢気は憧れのヒーロー像を目指す故のようだ。耳郎はヒアヒーロー“イヤホン=ジャック”、障子は触手ヒーロー“テンタコル”、瀬呂はテーピンヒーロー“セロファン”、尾白は武闘ヒーロー“テイルマン”、砂藤は甘味ヒーロー“シュガーマン”、再考芦戸は“ピンキー”に落ち着き、耳郎に「“個性”強いのにすぐウェイってなるから“ジャミングウェイ”」と提案されていた上鳴は“チャージズマ”に決まる。葉隠はステルスヒーロー“インビジブルガール”、八百万は万物ヒーロー“クリエティ”、轟は自身の名前から“ショート”、常闇は漆黒ヒーロー“ツクヨミ”、峰田はモギタテヒーロー“グレープジュース”、口田はふれあいヒーロー“アニマ”、爆豪は“爆殺王”を提案するが「そういうのはやめたほうがいいわね」とシンプルに却下され再考。麗日は“ウラビティ”――自身の特徴から憧れを目指した、様々なヒーロー名が披露されていく。

「思ったよりもスムーズ!残ってるのは再考の爆豪くんと――飯田くんと照己さん、そして緑谷くんね」

クラスメイトの発表に見入っていた故にすっかり後になってしまった。静は一応ヒーロー名は決まったことには決まったが、いざ発表となると気恥ずかしい。自身の見解を発言する事には羞恥も緊張も感じないのに不思議な話だ。すると飯田が挙手をして起立し、教壇に立つ。俯き顔ながらに出したボードには“天哉”と書かれていた。「あなたも名前ね」と、轟が名前をヒーロー名にした為ミッドナイトから特に追求されずに決まったが、いつも胸を張り堂々としている飯田とは違う様子に静は目を見張る。やはり、兄の事が気掛かりなのだろう。静かに席に戻る飯田を目で追えば、次いで緑谷が挙手をした。緑谷の出したヒーロー名に「えぇ緑谷、いいのかそれェ!?」と驚きの声が挙がった。

「うん、今まで好きじゃなかった――けど、ある人に“意味”を変えられて・・・僕には結構な衝撃で・・・嬉しかったんだ」

これが僕のヒーロー名です――“デク”。雑魚で出来損ないのデクではなく、頑張れって感じのデク。蔑称が愛称になりヒーロー名になる。彼自身だけでなく、侮辱的な渾名さえも良きものに変わってゆく。良いヒーロー名だと静は口許に笑みを浮かべた。のも、束の間。残っているのは爆殺人間爆豪と静のみ。流石にトリは嫌だなと静が挙手の後教壇に立てば、トン、とボードを置いた。

――

教室の所々でおお〜と小さく声が漏れ、パチパチとみんな拍手してくれた。ギュッと握ったフリップに書いたそのヒーロー名は、ずっと昔に考えていたその名前を改めてフリップに書きながら静は思わず微笑んでいた。
再考の爆豪は“爆殺卿”を考案するが、ミッドナイトに「違う、そうじゃない」と再々考を言い渡され、結局彼のみ決まらずに授業終了の鐘が鳴り響いた。

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