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「なあなあ、君って噂の子だろ?」
「噂?」
「教室行くときに聞こえたんだよ。『今年の1年にすげえ美人な子がいる』って」
「・・・・・・人違いじゃないかな」
「んなことよりスリーサイズだろ」
「?!」
「ケロ。そんなこと訊くことじゃないわ――行きましょ」
金髪黒メッシュの男子の噂に否定したところで、どさくさに紛れてスリーサイズを問うてきたのは、団子のような髪を複数束ねている小さな男子生徒。見た目は少年のようで可愛らしいのだが、躊躇いも恥じらいも無く色目を向ける様が清々しく、近年稀に見るヒーロー像に成り得るだろう。一歩間違えてしまえばお縄につきヒーローのイメージが損なわれるが、彼もまた狭き門を掻い潜ってきたひとりならばヒーローを志す想いは本物である筈。下品もある種の個性と割り切るのも有りだが、初対面では受け入れられず眉を顰めながら目を見張る静に、すっ、と突然間に割って入ってきたのは、人というより異形型に近い小柄な女子生徒。やや前傾姿勢でお化けのように胸の前でひらひらさせる両手は全身に対し大きい。一見しても閃かないが、ケロッと小さく舌を出した姿から“蛙”こそが彼女“個性”だと静は腑に落ちる。初対面ながら正論を突きつけ静を助けた蛙型の女子に礼を紡いだならば、共に足並みを揃えながらも足早に更衣室へ向かった――道中「梅雨ちゃんと呼んで」と蛙型の女子は言った。苗字より名前で呼ばれるほうが好きな彼女は、蛙吹梅雨と名乗る。特別活発でもなく、陰湿な雰囲気でもないが、冷静且つ俯瞰した意見を述べられる女子という印象を受けた。
***
『個性把握テストォ?!』
体操服へ着替えを終えてグラウンドへ集合すれば、相澤の口から出た目的に何名かが驚きのあまり声を揃えて反復した。麗日がガイダンスや入学式は言葉を追うように問うが、ヒーローになるなら悠長な時間は無いと気怠い口振りであしらわれた。夢に描いていた華の高校生活は、雄英高校に在籍した以上夢のまま弾けて終わってしまうのだろう。否、各々が目指すヒーローになる為に最高峰と名高い雄英高校ヒーロー科へ入学を決意した。一般的な高校生活を送る為に300以上の高倍率から勝ち取ったわけではない。時間は有限だと相澤は口にした。雄英高校で培った経験がその後の人生を左右すると言っても過言ではなく、3年間という限られた時間の中でプロに値する力を身につけなければならない。
ヒーロー事務所がひしめく社会で生き抜く為には、お友達ごっこを楽しむ時間など無駄なのだ――“自由”が売り文句の雄英だが、それは学校そのものに限られた言葉ではなく、教師も同じ。その為相澤は、ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈、以上8種目を“個性”を使用し記録を出すのがヒーロー科の体力テストだと述べた。中学までは校内での“個性”使用禁止が定められており、それが相澤にとっては合理性に欠け、文武科学省の怠慢だと独りごちたところで「爆豪」と名指しした。刹那、関係のない静の心臓が跳ねたのは、不意に一クラスメイトが呼ばれたからだと自身に言い聞かせながら、視線だけを向ける。幼き頃から変わらないつり目は相澤を見遣り、アイボリーの髪は穏やかな風に揺れている。
「中学の時ソフトボール投げ何mだった?」
「67m」
とあるメジャーリーガー並の距離を“個性”無しで叩き出すのは才能に恵まれているからだろうと、内心納得してしまったことに気付くなり無かった事にしようと心の中で首を左右に振る最中、相澤は爆豪へひとつボールを投げ渡した。通常のゴムボールではなく、計測器を兼ね備えている機械のボール。距離を測るためだろう、円から出なければ何をしても良いから“個性”を使って思いきり投げろと指示された直後、爆豪の燃えるようなサンストーンがギラリと好戦的な光を放つ。準備運動がてら軽く肩を慣らせば、大きく腕を振り翳し、そして掌から放たれる“個性”爆破による爆風に乗せてボールを投げ飛ばした。目を見張るほどの威力と爆発音に驚くところだが、全身に与えられたインパクトを掻き消すかのように鼓膜を劈いた「死ねぇ!!!」は彼なりの掛け声なのか。煙幕と爆風が立ち込めるグラウンド上に佇みながら素っ頓狂な顔で疑問符を浮かべている間に、爆豪が空高く投げ飛ばしたボールが黒墨を残したまま地面に落ち、相澤の持つ計数機に記録が表示された。705.2m――今の自分の最大限を知り、ヒーローの素地を形成。これが相澤消太のやり方だ。“個性”の利用に制限がないことも相俟って、緊迫した空気を覆すかのように面白そうだとクラスメイトの好奇心が溢れる中で、静は爆煙を見据えながら思考を巡らす。
仮にも推薦枠で入学を果たした身である故に、お座なりな記録では面目が立たない。“個性”を最大限利用する為には何をどう活かそうかひとり算段を立てたならば、短い息をひとつ吐いた。好奇心に溢れる教え子の姿に相澤が呆れた口調でぽつりと呟き、言葉を追う。
「ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごすつもりなのかい?」
「!?」
「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しとして除籍処分としよう」
通常ならば一教師の独断で除籍など有り得ないことで、はったりだと取り澄ますところだが、制限のない自由が教師にも与えられているならば、即ち今の時間は相澤がルールだ。本当にやりかねない。ヒーローの素地を形成するための課題を遊び感覚に捉える生徒達への警告か、相澤の爆弾発言からプレッシャーを感じた者が驚愕の声を上げた。ざわつく生徒達に相澤は愉快そうな笑みを浮かべながら、これが雄英高校ヒーロー科だと無造作に伸ばした前髪を掻き上げる。
理不尽と抗議する声が上がるのは仕方がないが、自然災害や大事故、身勝手な敵の襲撃も厄災も、日本は理不尽にまみれている。その理不尽を覆すのが、ヒーローだ。まだ卵である雄英生はさらに向こうへ乗り越える為に、これから3年間教師陣から与えられる苦難に立ち向かわねばならない。今回はその序章に過ぎないのだ。
出席番号1番、青山優雅。へそから出るビームで50メートルを繰り返し飛び個性未使用時から3秒近く短縮する。
出席番号4番、飯田天哉。ふくらはぎの筋力がエンジンのように噴射し脚力を上げ3秒04というクラス最速を叩きだす。
出席番号5番、麗日お茶子。引力無効化で衣服を軽くするも自重への効果はないため走力は伸びず。
続々と個性を発揮しそれぞれの得意分野で記録を伸ばしていく生徒たち。個性を最大限使い各記録の伸び代を見れば、何が出来て何が出来ないかが浮き彫りになる。
それは己を活かす創意工夫に繋がる。
「次、照己静」
あちこちで記録伸びたーとか何とか話しているクラスメイトを眺めていた時、名前を呼ばれて慌ててスタートラインに着く。
隣に並ぶ人影は無く、どうやら人数的な問題で静は1人で走る事になっているようだ。それはそれで寂しいが、何より皆の視線が痛い。皆この機会にクラスの個性を出来る限り把握したいというのは同じらしい。見ただけで確実に当てるという事は無理だろうが、大凡のアイツの個性はこんな感じという意識があるだけでも今後の役に立つだろう。
出来るだけ個性をこんな皆の目の間で堂々とお披露目したくなんて無いのだけれど、今はそんな事言ってられない。有利だろうと有利でなかろうと使える分は使った方がマシだ。
スタートラインに立ち、特に構えを取ることなく、神経を集中させる。
そしてスタートの合図と共に静の身体全体が白色の光に覆われた、と同時に今度は静自身の身体がフワリと地を離れ宙に浮きそのままゴール地点まで飛んでいく。
ビュッ、と風を切る音がしたかと思えば、砂埃を巻き上げて静はゴールしていた。速い。最速を叩き出した飯田の3.2秒を超えたかもしれないと相澤の持つ計数機に注目が集まる。ピピッ、とデータが転送され、タイムが表示。
――3.6秒、コンマの差で及ばなかったが、現時点では好成績に当たる。歓声があがるなかゆっくりと空中から地面へと着地する。
日頃あまり使っていない個性を上手く制御出来ている事に安堵しながら顔を上げれば、次の種目へと移動を始める皆の中にポツリとどこか暗い顔をしている出久が見えた。
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