「えー、そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが一ヶ月休める道理はない」

 体育祭、職場体験と怒涛のように過ぎていく日々に安堵する暇などないのだと実感してきたある日のホームルーム。相澤の前置きにまさか、と教室はざわつく。

 「夏休み、林間合宿やるぞ」
 「知ってたよーやったー!!」

 肝試しや花火といった若者ならではの楽しみが連想しやすいその行事に芦戸や上鳴たち賑やかし組は盛り上がった。だが、そんな彼らに水を差す形で相澤が口を開く。

 「ただし、その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は……学校で補習地獄だ」

 それに対して先程とは反対の悲痛な叫びを上げたのは上鳴や切島達を始めとする成績に不安がある面々だ。
 雄英高校ヒーロー科の今年の偏差値は70超え。生半可な覚悟ではテストを乗り越えることが出来ない。彼らは戦慄したのであった。
 そして時は流れ、6月最終週。

 「全く勉強してねー!!」

 そんな時教室内で叫んだのは上鳴である。「体育祭やら職場体験やらで全く勉強してねー!!」と再度叫ぶ傍らにはアッハッハと空笑いする芦戸も一緒で、その様子には珍しく常闇にも「確かに」と同意を受けていた。そこから話題は一週間後に迫った期末試験についてで持ちきりとなった。

 雄英ヒーロー科の期末試験は通常の筆記試験に加え実技である演習試験もある。その上夏休みに林間合宿というイベントもあるのだが、期末で赤点だったものはその間学校で補習地獄になるということで意地でも楽しい合宿に行きたい生徒たちとしては嫌が応にも試験勉強に身が入るというものだ。が、ただでさえ多忙なヒーロー科、行事が重なっていたこともあり思うように準備が進んでいない生徒も多いらしい。それでもがんばろうよと皆を鼓舞するのは協調性100%の緑谷だ。

 「やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!」
 「うむ!」
 「普通に授業うけてりゃ赤点はでねえだろ」
 「言葉には気をつけろ!!」

 しかし緑谷・飯田・轟という中間試験成績4位・2位・5位の人物にザクザクと言われた成績21人中21位の男上鳴は心臓を抑えて項垂れてしまった。立つ土俵が違いすぎて説得力がない。
 
 座学もヒーローに必要なことならば手を抜くわけにはいかないし、毎日それなりに予習・復習を欠かさずにしているからこそ成績を保てているのだという自負があった。雄英は通常科目もそれなりのスピードで進んでいくし、轟のように授業を受けるだけでだいたい頭に入るというのだったら苦労しないのだが。しかしそんな彼女の心境も上鳴・芦戸から見れば贅沢な悩みであり、もう時間の無い中いかがいたそうかと悲痛な声で唸っていた。

 「お二人とも、座学なら私お力添え出来るかもしれません」
 「ヤオモモー!!!」

 そこで成績最底辺の二人に手を差し伸べたのはA組の女神、中間試験成績堂々クラストップの八百万百であった。
 彼女は彼女でまあ演習の方はからっきしでしょうけどと謎の落ち込みを見せていたのだが、しかしそんな八百万の頭脳と人柄を頼りにする者が続々と助太刀を頼みに集まり、あっという間に週末八百万家での勉強会が催されることとなっていたのだ。皆に頼られることがとてもうれしかったのかプリプリと張り切りはじめた八百万は正直死ぬほど可愛かった。
 少々離れた位置から事の顛末を見守っていた静は皆から信頼を集める八百万に感心しきっていた。これもひとえに彼女の日頃の行いや姿勢の賜物なのだろう。
 八百万は最近なにかと自分に自信を持てなくなっている様子であったから、もっと自分の素晴らしい部分に彼女自身が目を向けて認めてあげられたらいいなとぼんやり思っていた。

 「あ、そういえば…」

 数学の授業ノートを手に取っていると、ふとあることを思いだした静。そしてそのノートを持ったまま、ある人物へと声をかけた。

 「あのね、爆豪くん。数学で分からない問題があって」
 「え!?照己!?お前、爆豪に教わって大丈夫か!?」
 「おい、そりゃどういうことだアホ面!」

 意外も以外。静がまさか爆豪に自ら話しかけて、さらに勉強まで教わろうとするなど。
 彼の機嫌が悪くなれば直ぐに爆発の餌食になってしまう、と見守っていたクラスメイトたちは思うのだ。

 「大丈夫よ、爆豪くんって勉強教えるのとっても上手なの。昔から分からないと、よく聞いてたから」
 「そ、そっかなんだかんだ言ってお前ら幼馴染だもんな」
 「しっかし…あの爆豪がなー…」
 「うっせぇぞテメェら!あっち行けや!」

 BOOM!と一発爆発を起こし、腑に落ちないという上鳴と瀬呂を追い出す。そして先ほどまでの般若顔から一瞬で真顔に戻り、静の方へ向き直った。

 「んで、どこが分からねーんだよ」
 「ここの問5なんだけど…」
 「あぁ?んなもんも解けねーのかアホが。これはなぁ……―――」

 二人の様子を見守っていた、主に上鳴たちが二人のもう一人の幼馴染である緑谷に問いかける。

 「なぁ緑谷、爆豪って人に教えるの好きなのか?」
 「あの爆発さん太郎が大人しく教えるなんてなぁ…」
 「いや、静ちゃんにだけだと思うよ。かっちゃん、昔から静ちゃんの頼みには断れないっぽいんだ」
 「なるほど…惚れた弱みか」
 「まさに美女と野獣」
 「いいなぁ、オレも勉強できればあんな可愛い子と至近距離で勉強会できんのか…」

 一つの机の上でノートを見合っている二人、静の艶やかな黒髪が爆豪の手に今にも届きそうな距離感だ。

 「わぁ、解けた」
 「ったりめーだわボケ」
 「ありがとう、爆豪くん」
 「フンッ」

 「お前も人徳あったんだな爆豪!」
 「あ"!?オレもあるわ!テメェ教え殺したろか!?」
 「おぉ!頼む!照己もどうだ?」

 問題を解き終わったところに切島がやってきた。
 どうやらすんなり爆豪に勉強を教わることができたようだ。そして自然な流れで静も誘うと、ピクリと爆豪の耳が動いた。

 「私のことは気にしないで。あとはなんとか自分でできると思うから。それに私がいるより切島くん一人の方が爆豪くんと、一対一で勉強はかどると思うし」
 「そっか、なんか悪いな!」
 「ううん。お互い頑張ろうね」
 「おう!」

 静は問題が解けてか先ほどより晴れた顔で席へ戻って行った。しかし、一方で…

 「てっめぇ………」
 「ん?どした爆豪?」
 「テメェわざとか!?わざとかクソがぁああああ」
 「オ、オレなんかしたか!?」

 爆豪が叫んでいるその姿を見たクラスメイトたちは、初めて彼に同情したという。

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