結局、十二時半など夢のまた夢。A組の全員が合宿所に到着したのは午後五時半。すでに夕飯時に突入しようかという頃だった。
 地平線に近付いていく大きな太陽が空に溶け、悠々と空を舞うカラスが鳴き声を響かせる。森の中はシンと静まりやがて訪れる夜を思わせた。

 「やーっと来たにゃん」
 「とりあえずお昼は抜くまでもなかったねえ」

 山のふもとに建つプッシーキャッツのマタタビ荘。
 入口に立つ相澤とマンダレイ、そしてピクシーボブは森の樹影から走ってくる人影を待った。誰もが息を切らし制服を汚し、傷を負い疲弊しきっていたがA組は全員で合宿所へやってきた。

 「何が三時間ですか……」
 「悪いね、私たちならって意味アレ」
 「実力差自慢の為か…やらしいな」
 「ねこねこねこ。でも正直もっとかかると思ってた。私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ君ら…特にそこ四人。躊躇の無さは経験値によるものかしらん?」

 そうピクシーボブは開始早々に魔獣へ突進した飯田、緑谷、轟、爆豪を指差した。

 「三年後が楽しみ!ツバつけとこー!プップッ」
 「うわっ」
 「マンダレイ…、あの人あんなでしたっけ」
 「彼女焦ってるの、適齢期的なアレで」
 「適齢期といえば――」

 そこで口を挟んだのは緑谷で、ピクシーボブに結構な勢いで肉球を押し付けられつつ、視線をあの男の子に向けた。マンダレイの後ろでじっと様子を伺う少年。

 「――その子はどなたかのお子さんですか?」
 「ああ違う、この子は私の従甥だよ。洸太!」

 マンダレイの呼びかけには素直に応じた。トコトコ前に進み出た洸太というらしい少年に、緑谷は右手を差し出してよろしくね、と告げる。
 そんな緑谷の股間を無言で攻撃するあたり、やっぱり扱いづらそうな子どもだった。

 「緑谷くん!おのれ従甥、なぜ緑谷くんの陰嚢を!!」
 「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねえよ」
 「つるむ!?いくつだ君!!」

 心配して飛んできた飯田にも子どもとは思えないガンを飛ばして答えた洸太は、そのまま宿舎の中に入ってしまった。

 「マセガキ」
 「お前に似てねえか?」
 「あ!?似てねえよ!つーかてめェ喋ってんじゃねえぞ舐めプ野郎!!」
 「悪い」

 生徒たちは時間がかかったものの無事到着し、それは予想より早いもので相澤はひとまず全員通過かと思った。疲弊は見られるもののしゃべる余裕もある。何よりさっさと一人で先に来てしまうかと思っていた泪が他の生徒たちと共に現れた。

 「全員バスから荷物を下ろせ。部屋に荷物を運んだら食堂にて夕食。その後入浴で就寝だ。本格的なスタートは明日からだ。さァ早くしろ」
 「メシー!」

 疲れ切っていたはずの生徒たちは走りだしバスから荷物を運び出す。
 荷物を部屋に入れた後、食堂にやってくるとテーブルいっぱいに並ぶ料理の数々に歓声を上げた。B組の生徒たちも汚れた体を引きずりやってきて、全員がテーブルに着くと手を合わせ一斉にいただきいますと声を上げた。

 「へえ、女子部屋は普通の広さなんだな」
 「男子の大部屋見たい!ねえねえ見に行ってもいい後で!」
 「おー来い来い」
 「美味しい! 米美味しい!」
 「五臓六腑に染み渡る!ランチラッシュに匹敵する粒立ち!いつまででも噛んでいたい!!」
 「ハッ……土鍋……!?土鍋ですか!?」
 「うん、つーか、ハラ減り過ぎて妙なテンションになってんね……。まー色々世話焼くのは今日だけだし食べれるだけ食べな」

 わいわいがやがや、豊富な食事を囲み次々手を伸ばす生徒たちは、朝ご飯以来空っぽだった腹の中に片っ端から詰め込んだ。

 夕食の後にはやっと入浴時間。特に女子陣は土まみれの身体を早く洗ってしまいたい、と言い合って浴場に向かった。ただの合宿場には珍しく温泉がついていると聞いて、これは疲れを癒すのに最適だと楽しみにもしていた。
 男湯ののれんを通り過ぎ女湯へ入っていく女子たちは泥だらけになってしまった制服を脱ぎ始める。
普段更衣室での着替えは慣れているものの、全て脱ぐのはどこか戸惑いもあり、しかしばばっと全てを脱ぎ全裸で走っていく芦戸が「温泉ー!」と叫んだからみんな駆け出ていった。

 「ヤオモモおっぱいでか!」
 「発育の暴力……」
 「静ちゃんは肌白いし、綺麗だし、足長いし…平等じゃないですなぁ…」

 広い浴場で体を流し、外に見える露天風呂へ駆け出ていく。山の中だけあって満天の空。湯けむりが星空に溶けていく美観。

 「気持ちいいねぇ」
 「温泉あるなんてサイコーだわ」

 肩に湯をかけ、熱が深くに染み渡っていくのを肌に感じる。やっと汚れも落とせたし、広い温泉は露天風呂だし。
 山奥であるがゆえの満天の星空を見上げて、ゆるい疲労感を感じていると眠気すら誘われる。目を閉じてほうと息をついた静と同じように、クラスメイトの女子達がそれぞれのんびり羽を伸ばしていたところ。突然聞こえてきた「峰田くんやめたまえ!」と声を荒げる飯田の声。

 「なんだぁ?」
 「まさか……」

 壁とは越える為にある!プルスウルトラ!!
 壁際で発される峰田の叫び声。女子たちは咄嗟に身を隠したが、男女の浴場を隔てる間の壁に、ひょこっと顔を出した洸太のおかげで。
 
 「ヒーロー以前にヒトのあれこれから学び直せ」

 幼い少年にもっともな説教で突き落とされた峰田の情けないこと。

 「クソガキィイイイイ!!?」

 洸汰は壁を昇ってきた峰田をドンと突き飛ばし覗きを阻止した。

 「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」
 「ありがと洸汰くーん!」

 これまで幾度となく峰田の失礼な発言、覗き行為を目撃してきた女子たちは守ってくれた洸汰にありがとうと手を振った。それについ振り返った洸太がぎくっと身を凍らせ、その拍子にぐらりとバランスを崩した。
 あ、と思った時には洸太は真っ逆さまに男湯の方に転落してしまった。

 「ええ!?落ちた!」
 「男子ー!洸汰くん大丈夫!?」

 壁の向こうで洸汰がどうなったかは定かじゃないが、緑谷の声で「大丈夫、無事だよ!」と返ってきたから一安心した。
 緑谷に受け止められた洸汰はそのままマンダレイの元まで運ばれた。落下のショックで気絶しているがケガはなく事なきを得た。

 「峰田ちゃんのせいよ」

 バシっと蛙吹の舌で殴られる峰田。
 風呂から上がった生徒たちの多くは男子の大部屋に集まっており、女子たちは洸汰の無事を緑谷から聞きホッと胸を撫で下ろしたが、風呂上がりの女子たちの香りに恍惚な表情を浮かべる峰田には何を言っても無駄だった。

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