少し歪で大ぶりに刻まれた具材のゴロゴロ入ったルウと、飯ごうで炊いた白米。香ばしいカレーの香りが夕暮れ深まっていく空に昇り、輝くごはんの白にテンションを上げる葉隠がテーブルの上の包丁とまな板を持っていく。それぞれが皿を持って飯ごうからごはんを盛り具がごろごろと溢れるカレーをかけ目を輝かせた。

 「いただきまーす!」
 「うまーい!」
 「店とかで出たら微妙かもしれねーけど、この状況も相まってうめー!!」
 「言うな言うなヤボだな!」

 疲弊した身体に鞭打って、クラスメイトで協力して作り、やっとありつけたカレーのうまさといったら。だいたい精神的な理由である。

 がつがつ平らげていくクラスメイトを尻目に、緑谷は少し多めによそったカレーの一皿を手に、暗い坂を登っていた。
 小さな足跡がぽつぽつと坂の上に向かっている。ヒーロー科生を嫌煙している彼は、きっと自分達と共に食事を摂るのが嫌なのだろう。

 プッシーキャッツの一人である虎のブートキャンプでひたすら筋繊維を千切りまくる特訓は、なかなか激しい疲労感を与えてきた。普段ならなんともない坂でも、つい歩調が遅くなってしまう。
 しかしのんびりするほど時間の余っているスケジュールでもないのだから、と気合を入れて足を前に進める。
遅くなってはカレーがなくなる。

 ぐい、と持ち上げた左足がズリッと土を滑って、あっと思った時には態勢が崩れていた。
 とっさにカレーの皿を掲げるようにして、顔から地面にぶち当たるのを待ったが――

 「……あれ?」
 「大丈夫?緑谷くん」

 ふっと浮遊感を感じて、倒れかけた緑谷の身体が元に戻った。後ろからかかった声に振り返れば、坂の少し下でこちらを見上げる静の姿があった。どうやら彼女の個性のおかげのようだ。

 「静ちゃん!ありがとう」
 「ううん…もしかして、洸太くんのところに行くの?」

 どうやら静も、雄英生から遠ざかって行く洸太の姿を見ていたらしい。
 その通りだと頷いた緑谷に、安心したようにへらりと笑う。

 「…そっか。ふふ、出久くんってさすがだね」
 「え?何が?」
 「カレーを守って顔から転けるなんて」

 それはただ、咄嗟についとってしまっただけの行動だったのだが。緑谷は恥ずかしさに頬を染めながら、苦笑して返した。

 「さすがって…思わずだよ」
 「今度はこけないように気をつけてね。出久くんの分、確保しておくから」
 「え?静ちゃんは行かないの?」

 まるで当然のようにクラスメイトのところへ戻ろうとしたので、緑谷は目を丸くして問いかけた。すると対する静も目を瞬いた。

 「…私、あの子の事情を聞いていないし……出久くんは分かってるから行くんでしょう?」
 「うん、まぁ……でも、それこそ僕が行くのも、意味があるかどうかわからないし」
 「出久くんはいい人だもの」
 「静ちゃんもいい人だよ!」
 「ふふ、ありがとう……じゃあ。押し付けちゃうみたいで悪いけど、お願いね」

 静は話は終わりとばかりに踵を返して行ってしまった。緑谷は伸ばしかけた手を引っ込めて、再度坂を登ることにした。お腹をすかせているだろう五歳児を、一人で待たせておくわけにもいかない。

 ▽▲▽

 緑谷と別れてクラスメイトのテーブルに戻った。
 すでに鍋のカレーが随分減っていて苦笑してしまう。これは、放っていたら本当に緑谷の分の夕飯がなくなるところだった。そういうところに気づかず行ってしまうあたり、やはり緑谷はヒーロー志望だ。

 「お前やっと来たんか」
 「あ、爆豪くん。…おかわり?」

 一枚だけ残っていた皿にご飯を盛っていたら、ちょうど呆れ顔の爆豪がやって来た。
 ついでだとしゃもじを片手にもう一方の手のひらを差し出すと、一瞬動きを止めた爆豪が素直に空の皿を渡してきた。

 「これくらい…?」
 「……そんなにはいらねえ」

 聞いてみると、眉をひそめて静が今盛っていた皿を見て呟いた。控えめに見ても山盛りである。爆豪程なのでたくさん必要かと思っていたが、とりあえず適当に盛っておいた。

 「じゃあ…このくらいでいい?」
 「ん……つかテメエそんな食うのかよ太んぞ」
 「ううん、私の分じゃないよ」
 「あ?じゃあ誰のだよ」
 「出久くんの」

 米の量に合わせてルウをかけながら答えると、爆豪が急に押し黙った。
 不思議に思って目を向けると、心底苛立っています、というような顔つきで眉間にしわを寄せている表情が見えた。

 「…どうしたの?」
 「うっせえアホ!いちいちアイツの名前口に出すな!」

 やっぱり理不尽だ。そう思いながら、ごめんねと謝罪をしつつカレーの皿を差し出した。フンと不機嫌に鼻を鳴らした爆豪がそれを受け取る。

 「なんでテメエがデクの世話なんか焼くんだ、ほっとけあんなの」
 「洸太くんのところに行ってくれたから、代わりに夕飯確保してるの……あ、新しいお皿ってもうないかな…?一枚足りないの」

 不機嫌な爆豪は軽くスルーして尋ね返した。すると爆豪はまたむすっと口を閉じた。
 知らないならいいんだけど、と言いながら緑谷分のカレーを完成させて、鍋の蓋を閉じた。残り一人分くらいしかないけど、さっきからおかわりを狙っているらしい切島と瀬呂の視線が気になるところだ。

 深く考えていなかったが、これはむしろ自分の分の夕飯が無くなりそうな予感――静がやっと気づいたところで、爆豪があー、と珍しく歯切れの悪い声で言った。

 「……んな量はねえけど、お前の分、あれ」

 苦々しい表情で爆豪が指差した方の席を見ると、隣り合って二人分空いた席に、きっちりラップをかけられたカレーが一皿残してあった。スプーンはご丁寧にティッシュで包まれて置いてある。
 静が目を丸くすると、爆豪はチッと舌打ちして荒い足取りで席に戻っていった。静の分だというカレーが鎮座する隣の席だ。

 爆豪がさっさと行ってしまったので、慌てて緑谷のカレーにラップをかけ鍋の隣にわかりやすいよう置いておくことにした。

 「なーまだ残ってるかあ?」
 「あ、うん。でもこれは出久くんの分だから…取らないであげてね」
 「おー。なんで緑谷……?」

 切島と瀬呂が鍋に寄って来たので釘を刺しつつ、静は瀬呂の疑問を放置して爆豪の隣に向かった。

 「遅かったねー照己。ギリギリ!」
 「爆豪がとってなかったら食いっぱぐれてたな!」
 「うるせえぞアホ面!」
 「え、なんで俺怒られたん……?」

 芦戸と上鳴の言葉で事情はすぐわかった。静はにっこり笑って頷き、席に座って手を合わせた。

 「ありがとう、爆豪くん」
 「いいからさっさと食え」

 静は再度頷き、几帳面に隙間なくかけられているラップを剥がしにかかった。

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