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 「まぁこの女は勧誘できそうにはねぇけど、人質くらいにはなるだろ」
 「おいおい荼毘!そりゃ名案だぜ!敵に勧誘しようってガキが、女一人でビビって頷いてちゃ世話ねえだろバーカ!」

 勧誘――不必要に騒がしい声のおかげで、やっと状況が飲み込めた。先ず、静の首元を掴んでいる敵が荼毘という者だということ。
 そして爆豪を狙っている、てっきり命をというやつだと思っていたが、静も含めて未だ無事でいるのが謎だった。爆豪の身柄を狙って襲ったのだ、敵の味方に引き込むために。

 「そうだ、人質なんてセコイことするつもりはないぜ……こいつの個性は中々使える。無理やりにでも働いてもらおうか」

 静に向けられる手のひらの奥の目。

 「ムカつく」
 「にしても起きないねぇ」

 死柄木の向こうでバーカウンターに頬をくっつけながら、トガが呟いた。彼女の視線の先に、なんとか顔を向ければ彼の姿が認められた。
 強力な個性を警戒しての拘束具で椅子に縛りつけられ、首を垂れて眠ったままの彼。

 大事な男の子は目の前で敵の手の内にいる。
 役立たず、何をしているんだろう、私――静は口元の布を噛む。何もできずに捕らえられ、あまつさえ人質に取られるなんて。

 ――ダメ、何としても……彼だけは逃がさなければならない。足手まといにもなるわけにはいかない。

 幸い、静の個性には言葉もいらない。腕が使えないと限度は限られるが、視界が良好であるならまだやれることはある。
 静は自分を掴んでいる敵を見上げようと、顔を少し上げて視線を向けた。見えたのは無造作な黒髪で、焼け焦げたように変色した皮膚を体中でつなぎ合わせた不気味な男。
 思わず身体が震えそうになるのを抑えていると、つぎはぎの目と静の目が合う。そして男は静に向かってニヒルに笑っていた。

 ▽▲▽

 「早速だが……ヒーロー志望の爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」
 「寝言は寝て死ね!」

 ふざけたことを抜かす。
 即座に言い返せば、余裕ぶった死柄木弔はわざとらしく肩をすくめた。敵のアジトにて拘束を受けているこちらの方が不利なのは明らかであって、その態度も当然なのだろう。

 そう広くない店内に、死柄木を中心に置いて七人。
 数ヶ月前にも顔を合わせた黒い靄の姿もある、嬉しくない再会だ。つまりあのワープゲートがいる限り、生半可な攻撃は全てどこかに飛ばされる可能性が高い。
 見たことのない奴らの個性は把握していないし、合宿所への襲撃の実行犯達だとすればそれぞれ実力はあるのだろう。

 ――何より、あいつがいる。

 爆豪はますます赤い瞳に力を込めて敵達を睨みつけた。黒髪の男によって首元を掴まれているのは紛れもなく静だ。顔を力なく下に向け、髪で遮られた表情は見えない。爆豪ほど厳重ではないが縄で両手足を縛られて動けないでいる。そもそも意識はあるのだろうか、立っているとはいえまるで無理やり立たされているようだ、それに加え爆豪が目を覚ましてから身じろぎ一つしていない。

 「こいつが気になんの?」

 爆豪の視線に気づいた死柄木は、キィと椅子を回して問いかけてきた。それに答えたのは静を掴んでいるつぎはぎの男の方だ。

 「さっきまで元気そうだったんだけどなぁ。急に大人しくなったよ。別になんもしてないぜ、ゲストのお伴だもんな?」

 皮肉っぽく言いながら、首元を掴んでいる手とは反対の手で彼女の顎を掴んで上を向かせる。その様子がどうしたって腹に据えかね、カッと頭に血がのぼる。

 「そいつに触んな!!」
 「あらぁ、怖い怖い」

 死柄木の後ろに控えるサングラスの男が、嫌に高い声で軽く笑った。死柄木はといえば、それから背後の壁際に据え付けられたテレビを見やる。

 いつの間にか場面の切り替わっていた画面の中では、見慣れた担任が見慣れない姿で深く頭を下げていた。
 ヒーロー科一年生二十八名に被害が及んだこと、敵を防げず社会に不安を与えたことを謹んでお詫び申し上げます。校長とB組のブラドキングも、三名が代表しての雄英高校の謝罪会見。

 「不思議なもんだよなぁ……何故奴らが責められてる!?」

 多くの記者に寄ってたかって質問という名の攻撃を繰り返される彼らを、死柄木は手を広げて演説でもするかのように評する。

 「奴らは少ーし対応がズレてただけだ!守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つある!――現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ、爆豪くんよ!」

 以前ヒーロー殺しと呼ばれた敵が唱えた、現代のヒーローはヒーローではないと。超常黎明期、心ある慈善者達が憧れのヒーローとなり、人々はその存在に熱狂した。その必要性に地位や名声という対価を与えることで、混乱渦巻く社会を維持する今の世の中。ヒーローの意義、正義の在り方、それは今や金と自己顕示に塗りつぶされた。

 だから“問う”のだと、死柄木は言う。
 「この社会が本当に正しいのか、一人一人に考えてもらう!俺達は勝つつもりだ――君も、勝つのは好きだろ」

 そして爆豪のすぐ側に立っていた仮面の男に拘束を解くよう指示した。しかし、それに対しつぎはぎの男が口を出す。

 「暴れるぞ、こいつ」
 「いいんだよ。対等に扱わなきゃな、スカウトだもの。それにこの状況で暴れて勝てるかどうか、わからないような男じゃないだろ?雄英生」

 爆豪はもう一度、視線を彼女に向けた。金具の擦れる音を立てて拘束具が外されていく間、やはり静は何も反応を見せない。爆豪達を個性で攫った仮面の男が話し続ける。ただ訳も無く敵として暴れているだけではない、確たる信念の元、社会に抗う戦争を。
 死柄木が椅子から降り、爆豪の前まで歩み寄る。全ての拘束は外された。

 「ここにいる者、事情は違えど、人に、ルールに、ヒーローに縛られ苦しんだ……君ならそれを――」

 ――BOOOM!!
 ――バリンッ!!

 ノーモーションで起こした爆発は、死柄木の気持ち悪い掌のマスクを吹き飛ばした。まるで知ったような口振りの言葉など、耳を貸すつもりはさらさらない。

 そして行動を起こしたのは眠っていると思われていた静も同じだった。爆豪が爆発を起こしたと同時に、バーに飾られていたアルコールのボトルを個性で自身の後ろにいる男の顔面へと飛ばした。
 それから男がボトルを避けるため意識をそちらに向け首元を掴む力を緩めた隙をつき、一瞬のうちに、爆豪の元へと身体ごと飛んだのだ。縄で縛られているため制御はできなかったが、それをみこしていた爆豪が飛んできた静を上手くキャッチすることで無事だった。

 実はあの時、荼毘によって顔を上に向かされた際、静は起きていたのだ。そして敵は静から見て左側にしかいないこと、乱れた前髪によって表情が見えないこと、荼毘も爆豪に視線がいっていたこと。様々な条件の元、静は右目を僅かに開き朧気に輝く水色の瞳を爆豪へと向けていたのだ。
 ―――"自分は起きている"と伝えるために。

 静に意識があることに気づいた爆豪、幼馴染ゆえに彼女が身体の自由が利かなくても個性が使えることを知っていたのだ。つまり、お互いの信頼があったからこそできた策だ。

 「黙って聞いてりゃダラッダラよォ……馬鹿は要約出来ねーから話が長え!」

 途端に敵が騒然となった。まさか間髪入れずに爆豪が抵抗するなど予想していなかったのだろう。それに加え人質でもあった静も逃げられ、爆豪の元だ。

 「要は『嫌がらせしてえから仲間になって下さい』だろ!?無駄だよ――」

 そりゃ勝つのは好きだ、勝たねえと何にも意味ねえだろが。だけど彼らは、やはり爆豪のことなど何一つわかっていなかったのだ。

 「――俺は、“オールマイトが”勝つ姿に憧れた!誰が何言ってこようが、そこァもう曲がらねえ!!」

 ここで“勝つ”。勝って、こいつを――静を連れてここを出る。

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