10

少し弟に言伝がある、という理由で雲雀の元を一旦離れ先ほどのツナ達の出店へ向かう蛍がカラコロと下駄を鳴らして向かうと、辿り着いた先には一人で店番をしているツナが目に入った。
すると今度は突然彼女の目の前を全力疾走していく少年が横切った。
そしてツナの一瞬の隙をついて店の金庫を奪う。

「う…売り上げがー!」
「ツッ君」
「姉ちゃん!!」
「今のは、ひったくりよね…っ?」
「う、うん!最近ここらで噂になってたらしくって…」
「追いましょう、ツッ君…!」
「でも危ないよ姉ちゃん!」
「ツッ君たちが一生懸命働いて稼いだのでしょう?なら取り戻さないと」

蛍は咄嗟のことで反応が遅れている弟の腕を掴んで強引に立たせ、ひったくり犯の少年を追いかけた。
風紀委員として人として、目の前で悪事が働いているのに黙って見ているなんて出来ない。
何より自分の大事な弟を悲しませるようなことは、姉として見過ごすわけにはいかなかったのだ。

追いかけていくうち、やがて犯人は境内の階段を急いで駆け上がる。蛍達もそれに続いて彼を追うと、階段を昇りきった先にいた少年は彼より年齢が少し上だと見える人物にツナ達の金庫を渡していた。
色黒で髪を染め、奇抜な髪型をしている男達は、何故か全員ボコボコに殴られたような顔をしている。
それでなくても微妙な顔なのに、絆創膏だらけだということが彼らの悪役面に更に拍車をかけていた。
あっと声を上げたツナと彼らの会話を聞いていると、どうやらお互いに顔見知りだったようで、一方的に彼らがツナ達を恨んでいる様子だった。
『ライフセイバーのセンパイ』というのは意味がわからないが、もしかしたらツナは以前ライフセイバーのバイトでもしていたのかもしれない。
そんなことを蛍が考えていると、「ひったくりはオレらの副業で夏は稼ぎ時なんだわ」とニヤリと嫌な笑みを零した男達に強引に腕を掴まれて引っ張られる。

「姉ちゃん!?」
「うお、すげぇめっちゃ可愛い!モデルかなんかっすか?!」
「かわいい子ちゃんはこっち来て遊ぼーよ」
「っ、ツッく…」

ツナが慌てて蛍のもう片方の腕を掴んで逃げようと試みたのだが、それは叶わなかった。男達ががっちりと蛍の手首を掴んでいる。
予想外の展開に危機を感じたツナは獄寺と山本に助けを求めようとしたが、振り返った背後には、ズラリと柄の悪そうな男達が人一人通れないようにいつのまにか逃げ道を塞いでいた。木刀やら小型ナイフやら武器をそれぞれ手に持っている彼らは恐らくこの男達の仲間なのだろうと推測出来る。

――こんな時リボーンくんがいてくれたら、と蛍は力なく肩を落とした。もしここに彼がいて、不思議な能力を持つあの銃でツナを撃ってくれたらすぐに危険を回避出来ただろうに。

「あれから鏡を見る度にどれだけオレのプライドが傷ついたか…」

ギロリと目つきが鋭くなった男に危険を感じた蛍は逃げようと藻掻いたが、逆に腕を後ろで一まとめにされてしまった。ギシリと軋むほど強く手首を掴まれて痛みが走り、思わず眉が寄る。
「姉ちゃん!」と反射的に叫んだツナは、次の瞬間、男に胸元を掴まれていた。

「この時を待ってたぜ!二度としゃべれなくしてやるよ!」
「そっ、そんな!」
「どこから切り裂いてやろうか?!」

男の言葉がふいに途切れた瞬間、バキッという耳障りな音がして蛍の腕を掴んでいた力が抜けていく。
そして地面に崩れ落ちるように男が倒れていくのを横目で捉えていると、肩にそっと温かい手が触れるのを感じた。

「汚い手で僕のものに触らないでくれる?」

耳元で囁かれた聞き覚えのある声音に振り返ると、背後には不機嫌そうに顔を顰めている雲雀が立っていた。

「ひ、雲雀先輩…」

安心したせいか声が震える。ただの気のせいかもしれないが、ぼやけた視界が徐々に歪んでいくせいでよく見えない。
けど目の前にいるのは間違いなく雲雀恭弥その人だということだけはわかる。彼の姿を認めると同時に心に温かいものがじわりじわりと広がっていくのを感じて、蛍は震える唇を強く噛み締めた。
来てくれた。雲雀が来てくれた、その事実がこんなにも蛍を安堵させる。
雲雀は強く握られたせいで赤くなっている蛍の手首をただ黙って見下ろしていた。

「嬉しくて身震いするよ」

雲雀がポツリと呟く。しばらく沈黙を貫いていた彼がようやく口を開いて出した声は驚くほど冷たくて、微かな殺気すら孕んだそれを感じた蛍の背筋にぞくりという悪寒が走った。
瞳に危険な光を灯した雲雀は男達の方に視線を向けてトンファーを構えたかと思うと、ニヤリと口角を吊り上げて嗤った。まるで獲物を見つけた獣が舌なめずりをするように。

「うまそうな群れを見つけたと思ったら、追跡中のひったくり集団を大量捕獲」
「ヒバリさん!!」

突然登場した雲雀の姿にその場は騒然となる。彼が何者なのか――雲雀が並盛中の風紀委員長であり、なおかつ彼はこの並盛町を治める最強最悪の人物だと知っている者が、ツナや蛍の周りを取り囲む男達の中にいたからだ。

「集金の手間が省けるよ。君達がひったくってくれた金は風紀が全部頂く」

目を細めて不敵な笑みを浮かべた雲雀はトンファーについた血を振り払うかのように一凪ぎした。空いている方の手でしっかりと蛍を掴んだまま。
脇を見れば、今まで蛍を捕まえていた男が気絶している。
顔にこそ出していないものの、どうやら雲雀は相当怒っているようで、やり場のない怒りを発散させるかのように彼の顔を思いっきり殴ったようだ。
見るも無残に痛々しく顔が腫れ上がった男が目を覚ます様子は一切なかった。
ふと蛍の浴衣の裾が乱れているのを見咎めて、顔を顰めた雲雀は眉を寄せる。

「…蛍、それもこいつにやられたの?」
「え?あ、っ、これは…その、犯人を追いかけていたら……ごめんなさい」

雲雀に指摘されて乱れていることに初めて気づいた蛍は、恥じらいながらも慌てて直す。
何が悪いのかわからなかったが、一応雲雀の機嫌を損ねないように謝っておいた。自分が悪くないのに反射的に謝ってしまうのは悪い癖だ。自覚はある。
だがどういうわけか、それでも雲雀が不機嫌なのは直らなかった。そんなに見苦しかったのだろうか。
女なのにみっともないとか、はしたないとか、細かいことを言うタイプではないと思っていたのだが。

蛍が裾を直している間に男達は仲間を呼んでいたらしく、気付いた頃には、ぞろぞろと集まった柄の悪そうな男達が自分達を中心に四方八方を完全に取り囲んでいた。まるで餌を見つけたアリの行列のようだ。
男に突き飛ばされたツナ、突然登場した雲雀、そして雲雀に掴まれている蛍を、武器を持った数十人の男達がじりじりと追い詰めていく。
青ざめた顔をしているツナと蛍の二人とは対照的に、目を輝かせた雲雀は何の焦りも見せることなくもう一つのトンファーを取り出した。
戦闘準備は万全のようで、いつ男達を咬み殺してもおかしくない気配である。
一方で蛍はこのままいけば間違いなく喧嘩に巻き込まれてしまうだろう。
ツナにナイフを向けていたリーダー格の男が「加減はいらねぇ!そのいかれたガキもしめてやれ!」と号令をかけると、男達は一斉に武器を構える。

「ヒバリさんでもこの数はヤバいんじゃ…!」

焦りを隠しきれないツナの言葉を聞いた蛍も狼狽した。
そうだ、いくら雲雀先輩が強いっていったって、この数じゃ負けてしまうかもしれない。
するとどこからともなく聞き覚えのある声が降ってきた。

「だったらお前も戦え」
「リボーンくん」

いきなり強引に引っ張られたかと思えば、一瞬で視界が変わった。
いつのまにか境内に自生している木の一本、その木の上にリボーンと二人一緒にいたのだ。
どうやら彼が蛍をここまで避難させてくれたらしい。
隣にちょこんと腰かけているリボーンは「ヒバリに一つ貸しだな」と笑う。彼の視線を追って、ついさっきまで蛍の隣にいた雲雀を見下ろしていると、リボーンは死ぬ気弾を一発ズガンとツナに向かって放った。

「復活!死ぬ気でケンカー!!」

いきなり態度が豹変して「オラァ、来やがれ!」と男達を挑発し始めたツナを見て、自分一人だけで男達を全員咬み殺すつもりであったのか、期待が外れたような顔つきになった雲雀は「余計だな」とため息をつきながらトンファーを構えた。
するとその時ダイナマイトが爆発して辺り一面が土煙ですっかり覆われてしまったが、徐々に晴れていく煙幕の中から獄寺と山本が現れる。

「オレが呼んどいたんだぞ」
「あ、ありがとうございます、リボーンくん」
「これでヒバリと初の共同戦線だな」

いつもの雲雀なら何があっても一人で戦うことを好むし、実際に今まで誰の力も借りることなく戦ってきた。
孤独を愛する彼が仲間と助け合って戦うなんて想像出来ないし、彼だってそれを嫌うだろう。
当の本人に蛍とリボーンの会話が聞こえたのか聞こえていないのか定かではないが、ちょうど蛍達の会話が途絶えた所で雲雀がトンファーを握り直す。

「冗談じゃない、ひったくった金は全部僕がもらう」
「なぁ!?」

どうあっても雲雀は己の主張を曲げる気はないようだ。こうもはっきりキッパリ宣言されると逆に清々しくて、何も言えない。
雲雀の発言にぎょっとした山本が目を丸くして驚いたが、死ぬ気弾を撃たれたツナはいつもより気が大きくなっているのか、雲雀に恐れを抱くことなく即座に拒絶した。

「やらん!」
「当然っス」

獄寺がツナの言葉に力強く頷くと、その会話を皮切りに、四人はそれぞれ攻撃を開始した。
ツナ、獄寺、山本、雲雀は数え切れないほど集まった人数に臆することなく向かっていく。
決して本人達は協力しているつもりはないのだろう。けれど各々が思い通りに戦っているとどういうわけか偶然に偶然が重なり、結果として共同戦線を張っているような状態になっていたのだった。
男の拳を軽々と避けたツナが相手の腹に蹴りを食らわせると、その後ろでは獄寺のダイナマイトが次々と爆発して男達を威嚇し遠ざけていて、トンファーや野球のバットを振るう雲雀と山本は競うかのように次々と敵を昏倒させている。
なんだかんだ文句言ってる割にはしっかり協力してるじゃねーか、と呟くリボーンに蛍も苦笑しながら頷いた。
予想外の展開に焦ったのは男達の方である。相手が少人数だと侮り油断していたこともあって、数十人いたはずの仲間がたった四人の中学生に壊滅させられたのだ。その受け入れ難い事実に驚愕した男は「こいつら本当に中坊か!?」と叫んだ。
普通の中学生ではないツナ達と雲雀に関わってしまったのが運の尽き。運が悪かったと諦めるより他にないだろう。

最後の一人を倒した雲雀が、あ、と気付いたように声を上げたかと思えば、地面に倒れている男を蹴り転がして(酷い)その下にある金庫を手に取った。
それは今まで彼らがひったくった金を全部入れていたもので、もちろんツナ達の売り上げもその中に含まれていた。

雲雀に激怒した獄寺がダイナマイトを取り出して攻撃を仕掛ける。高ぶる感情のまま勢いに任せてダイナマイトを投げ付けるが、雲雀にそんな単純な攻撃が通用するはずがない。軽々とトンファーに弾き返された爆弾はツナ達の中心で爆発した。
流石に弟のことを思うと心が痛む蛍は、弱い自分に出来ることはただ一つ。勇気を振り絞り、雲雀の袖を掴むことが精一杯だ。

「雲雀先輩、彼等の分だけは置いていってあげて下さい」
「…まだ言うの。しつこいよ」
「わ、私、リボーンくんに助けてもらったんです。あのままだと怪我してたかもしれません。そのお礼をしたいんです」
「……………」
「お願いします…」

蛍の必死の懇願に、はぁ…と気だるそうな息を吐いた雲雀はツナ達の金庫だけをその場に置いてスタスタと歩き出した。どうやら今回は蛍の願いを聞き届けてくれるようである。
少々驚きながら「ありがとうございます」と礼を言うと、雲雀は歩みを止めることなく「ノロノロしてくと置いてくよ」とだけ返した。

「ありがとう姉ちゃん…!本当に助かったよ」
「ううん。ごめんね、私これくらいしか出来なくて」

ツナは今日ほど自慢の姉を持ったとは思わなかっただろう。
蛍にツナたちがお礼を言っていると、少し離れた場所まで歩いていた雲雀が立ち止まって振り返り「蛍」と鋭く蛍の名前を呼ぶ。
素早く反応した蛍は「それじゃあ」とツナ達に片手を上げて別れを告げた。

ALICE+