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「座ったまま死にたいの?」

トンファーを振り回しながら雲雀が目の前に悠然と腰掛ける少年を鋭く射ると、彼は雲雀の怒りの雰囲気に呑まれることなく、一向に立ち上がる気配もない。ただ緩やかに笑みを浮かべるだけだ。
その様子にイラつく雲雀だが、彼の言い放った言葉にますます頭に血が上った。

「クフフ、面白いことを言いますね。立つ必要がないから座っているんですよ」
「……………」

それは座ったままでも雲雀に立ち打ち出来るという意味なのか。

「君とはもう口をきかない」
「どうぞお好きに。ただ今喋っておかないと二度と口がきけなくなりますよ」
「!!」

次の瞬間、雲雀の背筋にゾクリとした冷たい空気が入り込む。
黒曜生の言葉に最初はむっとして「何を偉そうに」と思っていた雲雀だったが、あまりの寒気に思わず冷や汗が伝う。頭を思い切り揺さ振られたようにぐるぐるして気持ち悪い。心なしか重心が危うくなり、今にも床に膝をついて跪いてしまいそうだ。
この寒気と気持ち悪さ、そして頭がくらくらする感覚を雲雀は知っている。以前身をもって体験したことがあるこの症状は、まるであの時の――そう、以前花見の時に経験したあの症状ではないか。
余裕で勝てると見込んでいた喧嘩なのに、変な医者のせいで地面に膝をついたあの屈辱は忘れられない。桜に囲まれると立っていられなくなるという何とも馬鹿らしいその病気は桜クラ病と言うらしい。その時のことを思い出すだけで腹が立つ。
けれど、なんでその病気が今更――?
ぐっと唇を噛み締めてその症状に耐えていた雲雀だったが、目の前に座る少年はそれを見て愉快そうに目を細めた。慌てる様子もなく雲雀を観察している少年は雲雀がこうなることを予め予想していたのか、余裕の表情で顎に手をかけている。

「んー?汗が吹き出していますが、どうかなさいましたか?」
「黙れ」
「せっかく心配してあげてるのに。ほら、しっかりして下さいよ」

白々しいとしか感じられない台詞に雲雀が少年を睨み付けると、途端に目の前が暗くなる。気を失ってしまいそうになるが寸での所でそれに耐える。思わず体がふらつき、桜クラ病の症状が自分が思っていたより悪化していることに気付いた。
「僕はこっちですよ」と嘲笑する少年の声が近くにあるというのに何も反応出来ない。呼吸が浅くなって息苦しそうに雲雀が顔を上げると、頬を伝っていた汗がポタリと床に落ちた。
黒曜中の制服を身に纏う少年はニヤリと笑いながら手に持っていたスイッチを持ち上げた。

「海外から取り寄せてみたんです。クフフ、本当に苦手なんですね」

少年がスイッチを押したカチッという音が、やけに大きく部屋に響く。次の瞬間、薄暗かったはずの部屋に一斉に照明がつき、天井に所狭しと飾られた花が照らし出された。
薄いピンク色に色付いた小さな花びらが舞い落ちる。背筋に走る寒気がますます強くなり、足の力が一瞬にしてなくなった。
その、憎らしいほど綺麗に咲き誇っている花は――…。
笑みを深くした少年は、最後の一撃を与えるかのように雲雀に告げた。

「桜」

舞い落ちる花が目の前に見えた途端、ふっと意識が遠くなる。
崩れ落ちそうな感覚の中でふと思い出すのは、置いてきた少女のこと。大丈夫だろうか、風紀委員はちゃんと彼女のことを守っているのか。酷くこの場に不釣合いなことを思い浮かべてしまうのは、自分の身に危険が迫っているのを理解しがたいからなのか――…。
ここに来る前、彼女が自分のことを心配そうに見上げていたことを思い出す。

『…気をつけて下さいね。もし雲雀先輩まで帰って来なかったら、私…』
「(蛍――…)」

いつも自分のことを怖がっているくせに、こんな時は心配して。
普段雑用に使われて常に付き添うように命令されているのに、どこまでも忠実にそれを守って。
嫌なら嫌と言って離れればいいのに、それすらせずに雲雀の傍に付き従うのだ。…それが彼女自身の意志によるものかはわからなかったが。
きっと蛍は今も雲雀を待っている。並盛生が襲撃されるのを止めてくれると信じて、これ以上被害者が出ないことを祈っているのだろう。
彼女が、酷く恋しかった。

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