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「どきなさい!また並中生がやられた!」
「え!?」

ヤな予感がしてリボーンのところ、病院に来てみれば医者が忙しなく動き回っていた。
しかもまた並中生が運ばれたらしく、ツナは雲雀が敵のアジトを壊滅しに行ったんじゃないのかと驚いている。

「まっさかー。あのヒバリさんがケンカで負けるわけないよねー」

そう口に出すことで安心したかったのかもしれない。日頃から雲雀に興味を示し、彼の力を認めているリボーンならツナの意見に賛同してくれるものと思っていたのだが、予想に反してリボーンはレオンをツナに投げ渡し、治療室へ運ばれていく草壁の担架に跳び乗った。
そして医者達が咎めるのも気にせず、無理矢理草壁の口を大きく開けたリボーンは何かを確認して「四本か」と呟く。
担架から飛び降りたリボーンは何か考えるように沈黙を保っていたが、やがてツナへ振り返った。

「ケンカ売られてんのは、ツナ――お前だぞ」

▽▲▽

目の前に迫る膝を視界に入れた雲雀はその攻撃を受け止めようと腕に力を込めたが、彼の指はピクリとも反応しなかった。鈍い音と共に腹部に衝撃が走り、一拍置いてから痛みが広がる。内臓を深く蹴り上げられたせいか一瞬呼吸が止まって大きく咳き込んだ。
そのせいか病気のせいか、頭が霞んでくらくらする。
全身の力が抜けて床に崩れ落ちると、それを許さないかのように「おっと」と男の手が雲雀の髪の毛を乱暴に掴み上げる。
ぐいっと顔を持ち上げるように髪の毛を引っ張られると痛みが走り、思わず顔を顰めてしまう。屈辱に顔を歪める彼の顔は無残にも痛々しく腫れ上がり、血で赤く染まっていた。

…ああ、何で僕がこんな男に無様な醜態を晒さなければならないんだ?

殴られ続けたせいで遠くなる意識の中でぼんやりと思う。
何故目の前の男が自分の唯一の弱点を知っているのか雲雀には理解出来なかった。
つい先日かかったこの病気は病名自体稀なものだったし、雲雀がその病気にかかっていることを知っている者すらほんの僅かしかないのだ。
知っているのはあの花見の場にいた人物だけ。その人物達から聞き出した可能性もあるかもしれないが、その情報の早さは尋常ではない。

「何故桜に弱いことを知っているのか?って顔ですね」

「さて何故でしょう」と愉快そうに笑いながら、男は掴んでいた雲雀の髪を一気に離す。
すると既に自分の体重を支えることもままならなかった雲雀は重力が働くまま床に肘をついた。本来の彼なら膝をつくことすら屈辱なのに、今は地面に倒れ込まないよう体を支えるだけで精一杯になっている。
自分で言ったことなのに、男がその問いに答える気がないことは明らかだった。

――桜さえ…桜さえなければ、一瞬でこんな男咬み殺してやれるのに。

あまりの悔しさに奥歯を強く噛み締める。こんな屈辱は初めてだった。
桜クラ病なんて病気にかかってなければ絶対に勝つ自信があった。敵が自分の弱点を知っているとは思いもよらなかったが、それは言い訳にすぎない。
どんな病気にかかっていたとしても、自分自身の誇りのために絶対に雲雀は負けられなかった。
けれど、その結果がこれだ。目の前の男を威嚇するように睨み上げると、彼は雲雀の思考など全て見透かしているかのように言い放つ。

「おや?もしかして桜さえなければと思ってますか?
それは勘違いですよ。君レベルの男は何人も見てきたし、幾度も葬ってきた」

それはきっと真実なのだろう。殴られた雲雀はその男の強さを実感していた。
この男は知っているのだ。どうすれば一番痛みを感じるのか、どこが人体の急所なのか。少しの躊躇も見せずに人を傷つけている彼は戦い慣れていると思った。
…そして少し自分に似ているとも。
口元を歪めたその男は雲雀の視線に合わせるように屈めていた体を起こして立ち上がり、舞い散る桜の花びらを手に取りながら雲雀に向かって微笑みかける。

「――地獄のような場所でね」

細められた両の瞳は宝石をはめ込んだかのような青と赤のオッドアイ。
そして赤い右目にはうっすらと『六』という文字が刻まれている。
この男が襲撃犯の核なのだと漠然と雲雀は感付いていた。自分が不覚を取る相手がそう何人もいるはずがない。
沈んでいく雲雀の意識を再び浮上させたのは、「ああそうだ」とふと思い出したように呟いた彼の何気ない一言だった。

「もしかしたらボンゴレよりも君の方が知ってるかもしれないから、一応聞いておきましょうか。
君、猫は飼ってます?」
「……………?」

馬鹿にしているのか。雲雀は視線をますます厳しくするが、目の前の男はさらりと雲雀の視線を受け流してもう一度問いかけた。どうやら真面目に聞いているらしい。
雲雀が黙っているのを否定だと受け取ったのか、男は「そうですか。君も知らないんですか…」と残念そうにため息をついた。

「じゃああの子猫はボンゴレのものなんですかね。
先日僕の所へやってきた猫がいたんですよ。黒い毛並みに薄紫の瞳を持った、可愛らしい猫がね。どうやら主人の命令で僕の正体を嗅ぎ分けようと単身で黒曜中までやってきたみたいなんですよ。可愛らしいでしょう?」

とても主人に忠実で、愚かで。
匂い立つほど艶やかな笑みを浮かべた男とは対照的に、雲雀はあまりの衝撃に息が止まり声も出ず、ただ目を瞠ることしか出来なかった。
彼が言う『猫』とは。雲雀が思い当たるのは一人の少女くらいのものだ。
まさか自分が黒曜中に彼女を潜り込ませていたのに気付いていたのか。そしてよりによって最悪の事態を招いていようとは、雲雀には想像もつかないことであった。
まさかこの男が彼女を見つけていようとは――…。

「…蛍…」

無意識に口に出した雲雀の言葉に男は一瞬驚いてから目を綻ばせた。

「彼女の名前、蛍というんですね。君が飼ってる猫でしたか」

嬉しそうに笑う男を見て、雲雀は蛍を黒曜中に行かせたことを後悔していた。
こうなることを酷く恐れていたのにも関わらず、それでも敵の正体を掴む為に彼女を敵地へ向かわせたのは自分自身だ。
この場に蛍がいないことだけが唯一の救いだが、ここで自分が負ければいずれ彼女の元へ向かうかもしれない。
そして雲雀の考えを嘲笑うかのように、男は屈み込んで雲雀に視線を合わせた。

「彼女、可愛いですよね。あんなに必死になって僕を探して…僕が気付いてるとも知らないで。あんなに忠実に想われてる君が羨ましいですよ」
「何を…」
「ねぇ、君のペット僕にくれませんか?」

息を呑んだ雲雀に向かって男は微笑みながら告げた。「蛍を僕に下さい」と。

答えは期待していなかったのか、ぐっと雲雀に顔を近付けた男は「さぁ続けましょう」と言い放ってから再び雲雀を傷付けていく。
自らのプライドを守る為に絶対に悲鳴を上げないと誓った雲雀が痛みに顔を顰める中、その様子を一人の少年が見ていた。
部屋の陰に隠れるようにして座っているその少年は、雲雀がどれだけ殴られても蹴られても決して顔を変えるわけでもなく反応するわけでもない。
無表情なままの少年は持っていた分厚い本をぎゅっと握り締めた。

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