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ツナ達が去って行った後、しばらくお互い様子を見て膠着状態が続いていたが、ついに千種が先手を打って攻撃を開始した。ヨーヨーを巧みに操る彼の攻撃はヨーヨー本体だけではなく、それに仕込まれた無数の針だ。針の一つ一つには毒が塗られていて、万が一それに一つでも触れたらいずれは死に至るほどの猛毒だ。解毒薬は彼しか持っていないから口封じにはうってつけで、それでランチアは今も生死の境を彷徨っている。
…そして獄寺もまた彼の毒によって死の淵に立たされていた。一応治療はされたものの、いつ酷い副作用が起こるかわからない状況だ。もしもう一度毒をくらったら、今度こそ命が尽きるであろう。

攻撃を一度も食らわずに相手を倒すっていうのは厄介だな、と眉を顰めた獄寺は、目の前に迫ったヨーヨーから距離を置こうと窓を割って部屋から飛び出す。
するとそれを追いかけるかのように伸びてきたヨーヨーが回転しながら無数の針を飛び散らせたが、獄寺は身を捩ってそれを避けた。

「ヘッタクソが!」

千種を挑発するかのように喚いた獄寺は、攻撃の機会を図るために一旦身を隠そうとその場から勢いよく走り出す。千種はそれに特別感情を荒立てる様子も見せず、獄寺を追おうと割れた窓を飛び越えた。
――そのすぐ隣に、爆発寸前のダイナマイトが仕掛けられているとは知らずに。

「!」

気付いた時にはもう爆発していたが、これくらいの量で千種が倒れるはずもない。普通の人間なら致命傷を負うかもしれないが、彼は違う。ドカンと爆発音を立てたダイナマイトは千種の首から腕にかけての左上半身を焼き焦がしたが、すぐに体勢を立て直した。
けれど、獄寺はもう既に次の手を打っていたのだ。「二倍ボム!」というかけ声と共に、両手でも有り余るほどの大量のダイナマイトを千種に向かって投げ付ける。もし一つでも地面に落ちれば、連動して他のダイナマイトも爆発するように。
だがそれより早く、千種がヨーヨーを操って全てのダイナマイトの導火線を一つ残らず切り捨てた。以前手痛い目に遭ったから当然といえば当然だが、もはや同じ手は通用しないのだ。攻撃の早さは獄寺より彼の方が完全に上回っている。
それを気にした様子を少しも見せない獄寺は、攻撃が無効化されたにも関わらず余裕の表情で口を開いた。

「前回やられたのが余程脳裏に焼きついてるらしいな。素早すぎる反応だ。おかげで足元がお留守だぜ?」
「!!」

獄寺の言葉に息を詰めた千種が足元に視線を落とすと、そこには確かに大量のダイナマイトがばら撒かれていた。導火線は、わずか数ミリしか残っていない。
糸が伸びきっているヨーヨーを急いで戻して導火線を切るか?…いや、時間がない。ついている火を全部消している時間もない。一つ一つ消していくにはあまりに時間がなさすぎる。
なら、どうすればいい。どうすればこの窮地から逃れることが出来る…!?
一瞬にして脳内で様々な可能性を思い浮かべては打ち消していった千種だったが、ついに時間切れは訪れる。

「障害物のある地形でこそオレの武器は生きる。ここで待ち伏せた時点でお前の負けだ」

千種の最初の攻撃から、既に獄寺の攻撃は始まっていたのだ。彼の油断を誘いながらここへ誘導し、そして大爆発を起こしてとどめを刺す――…。
ドガガガガ…!!という大音響を発しながら爆発を起こした火の海を見ていた獄寺は、そこからゆっくり立ち上がって歩いてくる人影に勝利を確信した。あの大爆発に巻き込まれて立ち上がれるとは驚きだが、可能性の一つとしては十分に考慮していた。並の人間以上の耐久性を持った体をしているからには予想以上にしぶといかもしれない。けれど無事でいられるはずもない。ダイナマイト一つで倒すことも出来るはずだ。

「おっと、しぶてーんだったな。こいつで果てな」

獄寺は近付いてくる人影に向かってダイナマイトを構えたが、次の瞬間、心臓を一突きされたかのような鋭い痛みが彼を襲う。

「が…っ!!」

あまりの酷い痛みに呻いた彼は、もはやダイナマイトを持っていることも出来ずにボロボロと地面に落としていく。一度味わったことがあるこの痛み――副作用が再び始まったのだ。ビアンキが言っていたように、激しい痛みが全身を襲っている。立っていることもままならず、思わずふらついて窓に背中を預けることで精一杯だ。

「(くそっ…こんな時に…!!)」

激しい痛みを我慢して堪えようとするが、まともに立てない状態では戦うことすら出来ない。体中にじっとりと嫌な汗をかき、呼吸する度に痛みが増していく。以前ランチアと戦おうとした時と同じ状態だ。
苦しげに呻いている獄寺を不審に思ったのか、先程の大爆発で重症を負った千種はふらつく足を進めて彼の元へ近付いていく。獄寺の攻撃で大怪我を負ったが、攻撃出来ないほどではないし痛くもない。むしろ今は獄寺の方が指先一つ動かせないのだ。

――その時だ。
荒い呼吸を繰り返していた獄寺の後ろから突如一本の腕が窓を突き破って、獄寺の心臓を抉り出そうとするかのように迷わず鋭い爪を突き立てた。ドッという鈍い音と共に血が吹き出していく。深く突き立てられた爪は、胸部に深々と指を食い込ませている。
誰が…!?とあまりの激痛に顔を顰めた獄寺は、霞む意識の中で千種を見た。彼の攻撃でないとすれば、後ろにいるのは誰なのだ。

「スキアリびょん」

聞き覚えのある声は…山本が倒したはずの敵、城島犬のもの。ニヤリと笑った犬は、勢いよく突き立てていた指を引き抜いて千種の元へと歩いていく。

「無事だったの?」
「死むかと思ったけどね」

静かに問いかける千種は、大丈夫かとも、何も聞かない。犬も、傷だらけの千種を見ても何も言わない。けれど二人にとってはこれで十分なのだ。生きてることが確認できればそれでいい。お互い傷を負うことには慣れているし、今まで掻い潜ってきた修羅場を考えてみれば、むしろかすり傷程度に思えた。

「ヒャハハハ!ザマーみろ、バーカ!」

べーっと舌を出した犬は、血塗れで立っている獄寺に視線を向けた。
形勢逆転された獄寺は、副作用と傷の痛みでもはや立っていることさえ出来なかった。血が止まらない。あの特殊な能力を使ったのだろう。人間の爪より遥かに鋭いそれは、獄寺の肉を容赦なく削っていた。
ついに膝から力が抜け、ズダダダと階段から足を滑らせてしまった獄寺は、戦おうとする気力さえなくしてしまった。ぼんやりと空を見つめ、荒い呼吸を繰り返す。嬉々として無様だと嘲笑する犬に言い返す言葉もなかった。――体が動かない。指先一つ動かすことも困難で、まるで体に鉛を入れられてしまったかのように重たく感じる。力を入れてみても激痛が走るだけだ。バーズの小鳥まで「ヤラレタ!」と繰り返しているのを聞くと、本当に自分の無力さを思い知らされたような気がした。
何が十代目の右腕だと思う。ツナに害をなそうとする敵を減らすことも出来ず、逆に自分がやられて後の憂いを絶つことも出来ない。これではツナの力になることなんて夢のまた夢だ。言いたいことばかり言って大口を叩いているわりに、何もしていない自分に腹が立つ。何の役にも立てないことが酷く悔しかった。

獄寺が悔しさに奥歯を噛み締めたその時、どこからともなく並盛中の校歌が流れた。

『緑たなびく並盛のー、大なく小なく並がいいー』
「……………?」

一体どこから…と酷く重たい目蓋を持ち上げると、そこにはバーズの小鳥が小さな出窓に留っている。
何でこいつが…と思った獄寺だったが、ふいにツナの言葉を思い出す。たしかあいつの携帯の着信音は――並盛中校歌だ。

「へへ…」

あいつに頼るなんて死んでもごめんだと思っていた。自分が頂点だという態度が気に入らないし、獄寺が心底尊敬するツナに理不尽な暴力を与えてきたのだ。敵にはなっても味方にはなりえない、そんな存在だと思っていた。
けれど、あの男の強さは尋常ではない。悔しいが、自分より遥かに上回る強さが今の獄寺が窮地を脱するには必要だった。自分では敵わなかった敵でも、あいつなら軽々倒すことが出来るだろう。うまくすればツナの力にもなってくれるかもしれない。傷だらけの自分が誰かの役に立てるとすればこれくらいのことしか出来ないが、彼にとっては十分だろう。

「ひゃー、こいつまだ闘う気かよ」

階段を下りてきた千種と犬の革靴がカツンと床を鳴らす。
ダイナマイトの導火線に火をつけた獄寺は、最後の力を振り絞ってそれを放り投げた。千種や犬の方ではなく――真後ろの壁の元へ。
見当違いの方角へ投げた獄寺を犬は嘲笑したが、投げ付けたダイナマイトが爆発し、その壁がガラガラと崩れ落ちていくのを見た千種はピクリと眉を動かした。
それを見た獄寺は、自分の推理が間違っていないことを確信して笑みを浮かべる。彼の考えが正しいとすれば、この中にいる人物は――…。

「へへっ…。うちのダッセー校歌に愛着持ってんのは…おめーくらいだぜ…」
「!」

完全に壁が崩れ去ったその奥の部屋に、片膝を抱えて座り込んでいる人物が現れる。黒髪に隠れて顔はよく見えないが、千種も犬もその人物はよく知っている。何よりその腕の付けられた腕章が彼の目印だ。
赤いゴムを握り締めていたその少年は、ゆっくりと顔を持ち上げた。

「んあ?こいつ…」
「並盛中学風紀委員長…」

雲雀恭弥――と続けた千種を見て笑った獄寺は、視線を雲雀の元へと向けた。

「…元気そうじゃねーか」

自分と大して変わらない傷を負っているのに、雲雀は眉一つ歪めることなく獄寺を見ている。もし彼が血塗れでなかったら平素と全く変わらない状態だと言っていいくらいだ。けれどあの雲雀が大人しくここで捕まっているはずがなく、彼も動けない程度に相当痛めつけられているのだろう。
こんな状態のこいつが戦えるのか…と不安に思った獄寺を尻目に、ゆっくりと立ち上がった雲雀は千種と犬に鋭い視線を向けた。

「ヒャハハハ!もしかしてこの死に損ないが助っ人かー!?」
「…自分で出れたけど、まあいいや」

犬の挑発に乗ることもなくため息をついた雲雀は、握り締めていたゴムをしまい込んでため息をつく。
自力で脱出しようと思っていた途端にこれだ。誰かに借りを作るのをよしとしない性格の彼にとって獄寺がここにいることはかなり驚いたが、まあ早く出れたということであえて口出しするのは止めにした。借りは後できっちり返せばいい。それより雲雀にはするべきことがあるのだから。

「そこの二匹は――僕にくれるの?」

まずは目の前の二匹を始末するかと考えた雲雀は、ふらつく足元に力を込めた。

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