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ガシャンという窓が割れた音と共に千種の体が地面へと叩きつけられる。その様子をしばし眺めていた雲雀は、荒く乱れた呼吸を整えるようにして深呼吸を数回繰り返した。心臓のあたりに手を当ててみれば、ドクドクとした振動が手に伝わってくる。唇を噛み締めてみれば、舌の上に血の味が乗る。体中が痛みを訴えている。酷い体だ、と雲雀は重いため息を吐き出して外を見つめた。
折り重なるようにして倒れて気絶している二人は、そう早くは目覚めないだろう。そういう攻撃を与えた。また進路を邪魔されるのは面倒くさいからごめんだ。
あとは――…。
「ねえ君、いつまで寝転んでるの?」
「…うるせぇな」
起きれねーんだよ!とは自分のプライドを守る為に口にしなかったが、獄寺は舌打ちして雲雀を睨みつけた。
もちろんそんなものが雲雀に通用するはずもなく、獄寺の頭の近くで立ち止まった雲雀は上から彼の顔を覗き込んで目を細めた。自分と同じくらいに傷ついている彼が戦闘出来るか出来ないかくらい、自分が一番承知している。きっと指一つ動かすだけで全身に痛みが走り、一人ではまともに歩くことすら出来ない。そんな傷だ。
それでも口がきけるだけまだマシか、と思った雲雀は静かに尋ねた。
「そういえば蛍は?蛍はもう見つけたんだろうね?」
「十代目のお姉さまが?…あの方がここにいんのか?」
「!」
まだ蛍はここにいる――!
獄寺が蛍を見つけていないどころかその所在すら知らないということは、まだ骸に捕らわれているという事実に他ならない。予想の範囲内だったけれど、まさかと信じられない気持ちが強い。
思わず一瞬呼吸を忘れた雲雀だったが、獄寺にも気付かれないほどの小さな動揺を隠してすぐに立ち直ると、手に持っていたトンファーを思いっきり獄寺の顔のすぐ横に突き立てた。
「なぁっ!?」
「…真剣に答えないと咬み殺すよ。君達が何をしにここまで来たのか知らないけど、どういう経路で来たの?建物に入ったなら全部の部屋を一つ一つ見て回ったの?…あと見てない所はどこだい?」
「蛍さんか…?」
「そうだよ。早く答えろ」
妙に気分が高まってイライラする。こういう時こそ落ち着いて物事を判断しなければならないのに、感情のコントロールがうまくいかない。蛍が骸の元にいるということを考えるだけで胃がムカムカしてくるのだ。
六道骸という男が何者かは知らないが、今度こそきっちりお返しをしてやらなければ雲雀の腹の虫が収まらないだろう。もちろん三倍返し以上に痛めつけて、脳天をそこら中にぶちまけてやりたい。
骸が今ここにいない代わりに獄寺を睨みつけていると、がっくりと肩を落とした獄寺は眉間に皺を寄せてぼそりと口にする。
「本当ならオメーに借り作るみたいで嫌だが、しょうがねえ。一応助けてもらった礼だ。…蛍さんは今んとこ見つけてねえ。十代目達もだ。でも十中八九沢田は骸の所にいるな、間違いない。人質は犯人の近くにいてこそ威力を発揮するからな。そんで骸はこの上の階にいる。――他に質問は?」
「……………」
上か、と呟いた雲雀は一旦踵を返したが、もう一度振り返ってじっと獄寺を見下ろした。
彼には借りがあるのだ。壁を壊して軟禁されていた雲雀を解放したという、それなりの借りだ。借りはすぐに返さねば後々厄介なことになる。
「そういえば、いつも君と群れてるやつらは?」
「あ?十代目なら骸のとこだ」
「そう…。どうせ君も行くんでしょ?だったら僕の肩貸してあげるから、さっきの貸し借りなしにしてよね」
「お前、頼んでる身分でメチャクチャ言うなっつーの!」
床に寝転びながらぜえぜえと切れる息で怒鳴っても効果はあまりない。案の定しれっと聞き流した雲雀は勝手に取引を成立させたのだが、はあ、と獄寺がため息をついたのを見てむっと顔を顰めた。雲雀にしては珍しく精一杯の譲歩をしたというのにこの態度はなんなのだ。
いっそのことここで殴って永眠させてやろうかとトンファーを構えた雲雀だったが、ふいに「ほらよ」と白い袋を投げ渡される。
「お前に桜クラ病かけた妙な医者からの処方箋だ。『治してやるから今度お前の知り合いの美女紹介しろよ』だと」
「……………」
最後らへんの言葉を軽く無視して袋から薬を取り出し、口に放り込む。正直頼りたくなかったが、相手がなんらかの形で桜を持っているのだから仕方がない。六道骸にもう一度負けるくらいならこいつらに借りを作った方が何割かはマシだ。
しかし不思議なのは、何故こうもタイミングよく処方箋を手に入れることが出来たのか。獄寺が敵は桜を持っていることを知っているわけがないし、第一知っていても治そうと考えるはずがない。思い当たるのは、そう…リボーンしかいないのだ。かの赤ん坊はきっと自分に有利に動くように雲雀の病気を治そうと思ったのに違いない。
ぐいっと獄寺の腕を無理矢理引っ張り上げた雲雀は、口に含んだ薬を奥歯でガリッと噛む。
――その時、何故か桜満開の下で笑っている蛍の姿が目に浮かび、それが段々薄れていくような気がして、嫌な胸の鼓動を鎮める為に雲雀は思わずぎゅっと握った手に力を込めた。