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色違いの双眸と目が合うだけで、まるで心臓を鷲掴みにされたような嫌な感触がして、息が詰まる。つつ…と頬に冷や汗がつたうのを感じたツナは、体中の切り傷から伝わる痛みさえ忘れて目の前に立っている骸を見上げていた。
フゥ太が手にしていた武器が先端につけられている槍は鋭い光を放ち、少しでも触れればすぐに切り刻まれてしまいそうだ。もし今の攻撃があれがつけられていた状態だったら…と考えただけで背筋がゾクリとする。棒だけでもこんなに傷がつけられたのだから、きっと軽傷では済まされない。
「いきますよ」
表情を強張らせたツナを見て愉快そうに目を細めた骸は、槍の先端をトン、と静かに床につけた。その途端に床にビキッと亀裂が走り、どんどん床が崩壊していく。大した力も加えられていないのに、地震が起きたような、あるいは床を強烈な力で叩き割ったかのように粉々に粉砕されていく。グラリと床だけでなく建物全体が揺れて床が隆起していく光景にツナは思わず目を疑った。
「そ、そんな!建物が…!」
槍を床につけるだけで地割れを起こすなんてありえない、とツナは心の中で絶叫した。そんなことが出来るならこの日本はたちまち海の藻屑となってしまうだろう。けれど、実際に足元が揺れているから、床に這い蹲るような体勢を取らなければバランスを取ることが出来ないのだ。地の底から響くような轟音と共に天井に向かって盛り上がっていく床とは反対に、地面が割れた所はぽっかりと穴が開いて果てしない暗闇が広がっている。きっとそこに落ちてしまったら――二度とここへは這い上がってこれない。
フゥ太やビアンキ、それにリボーンが次々と地割れに落ちていくのを目にしたツナは必死に彼らの名前を呼んだのだが、危険なのは彼とて例外ではない。ついにツナの足元まで亀裂が走ったかと思うと、床はあっけなく四散してツナの足場がなくなってしまった。空中に体が投げ出されて地面が割れた所へと吸い込まれ、重力に従って落下していく。どうすることも出来ずに悲鳴を上げたツナは固く目を瞑った。
このままじゃ死ぬ――…!!
死を感じ取ったその時、バキッという鈍い音と共に頬に激痛が走る。首がもげてしまうのではないかと思ったくらい力いっぱい殴られた上に、その勢いが失われないまま床へ叩きつけられた。痛い、痛すぎる…!
「いでーっ!!何すんだよリボー………あれ?」
さっき地割れに落ちたはずのリボーンが何でここに?と、ズキズキ痛む頬を摩りながら起き上がったツナは、傷一つ負っていないリボーンを見てふと我に返った。辺りを見回してみれば、ちゃんと自分は床に座り込んでいるし、床だって平らなままだ。どこにもヒビは見られない。
でもさっきは確かに粉々になっていたし、三人が地割れに落ちてしまったのもしっかり見たし、自分が地面の隙間に落ちていく感触だってまだ体に残っている。白昼夢でないことは明らかなのに、実際にそんなことは起きていないみたいだ。だって確かにこの目で見たのに。
「地面が戻ってる…」
「お前が見たのは幻覚だぞ」
「げ、幻覚!?」
それにしては感触も音も随分と現実味を帯びていた。映像も鮮やかだったし、幻覚だといわれてもいまいちピンとこない…けれど、いきなり地面が割れるというのも通常ではありえないような気もする。五感全てが幻覚をリアルに感じ取ったせいか、妙な違和感に気付かなかったのだろう。
目を丸くして驚いていたツナだったが、リボーンの言葉を肯定するかのように骸がくつくつと笑いを零した。
「クフフフフ、やりますね。見破るとはさすがアルコバレーノ」
骸は片方の眼をそっと伏せて、血より鮮やかな緋色の瞳を露わにした。その瞳に浮かんでいたのは『六』ではなく『一』の文字。
「そう、第一の道 地獄道は、永遠の悪夢により精神を破壊する能力。蛍にかけたのもこの能力です」
その言葉に思わずツナが目を見開いて息を飲むと、骸は口元に笑みを浮かべてソファーへと足を向けた。そこには相変わらず蛍が壊れた人形のように座っていて、瞬き一つしていない。これ以上彼女に何をする気だと言いたくても、ツナの口はしゃべることを忘れてしまったかのように微動だにしなかった。
ツナが息を潜めていると、骸は蛍の前に立って彼女と目を合わせるように屈み込む。そして整った指先で蛍の顎を持ち上げると、あと少しで息が触れてしまうくらい顔を近付けてそっと蛍の耳元で囁いた。
「蛍、僕の声が聞こえますか?今頃悪夢を見ているでしょうが、大丈夫、僕が傍にいます。君を救ってあげられるのも君が縋れるのも、僕だけなんですよ」
甘い毒を吹き込むように優しく残酷に骸が告げると、今までツナの呼びかけに全く反応しなかった蛍の唇がわずかに動いていた。
悪夢を作り出した当人の骸に縋らなければならないほど精神が擦り減らされている。このままいけば骸が言う通り永遠の悪夢により精神が破壊されてしまうことは明白だ。蛍の精神を追い込んで追い込んで、壊れるギリギリまで追い詰めて、手に入れる。縋れる者は彼だけしかいないのだと刷り込んで、骸の存在は神にも等しい絶対的なものだと思わせる。
そんな狂気じみた骸の言動に、ツナは体を強張らせた。心を壊してまで自分の物にしたいなんて…狂ってる。心が壊れたら姉は姉でなくなってしまうのに。
満足そうに微笑んだ骸は名残惜しむように蛍の頬に手を滑らせた後、再びツナ達の方へと向き直ってクフフと笑う。
「しかし君達のことをしばらく観察させてもらい、二人の関係性が見えてきましたよ。アルコバレーノはボンゴレのお目付け役ってわけですね」
「ちげーぞ。オレはツナの家庭教師だ」
「…クフフフ。なるほど、それはユニークですね」
正直、お目付け役と家庭教師にどれほどの違いがあるのかわからなかったが、骸は自信たっぷりに言い放ったリボーンに特に反論することなく笑った。
「しかし、先生は攻撃してこないのですか?僕は二人を相手にしても構いませんよ」
「掟だからだ」
「掟…ときましたか。また実に正当なマフィアらしい答えですね」
わずかに険を含んだ言い方をした骸は眉を顰めたが、リボーンがそれに気付いた様子は見られない。
一見ルールがない無法者のように見えるマフィアでも守らなければならないものがあるらしく、特に掟は絶対だ。統率を取ろうとすればそれはごく当たり前のことで、組織には何かしらの掟が必ずあるのだ。そして掟を破った者には厳しい制裁が与えられる。
やはりアルコバレーノでもマフィアはマフィアか、と息を吐いた骸を気にした様子も見せないリボーンは、ちらりとツナに視線を向けた後に堂々と言い放った。
「それにオレがやるまでもなく、お前はオレの生徒が倒すからな」
「なっ…!?おい、リボーン!」
それってオレのこと!?と動揺するツナを尻目に、リボーンはきっぱりと言ってくれた。
勝手に言ってくれるが、ツナ一人の力で骸を倒すのはかなり厳しい。倒したい気持ちだけで敵を倒せるならこんなに苦労はしないのだ。気持ちだけでは強くなれない。いや、骸を許すことはもちろん出来ないし、倒すつもりではあるけれど。
生徒を信じきっているというリボーンの言葉に「ほう、それは美しい信頼関係だ」と目を細めた骸は、わずかに右目を揺らして『一』となっていた文字を『三』へと変化させた。すると次の瞬間、何もない空間から突然ボタボタと蛇が落ちてくる。それも一匹や二匹ではない。何十匹という蛇がツナの周りを取り囲み、とぐろを巻きながら近付いてくるのだ。舌をチロチロと出している姿はどことなく攻撃的に見えて、いつ咬まれるかわかったものではない。
四方を蛇に囲まれて逃げ場を失ったツナは、もしかしてこれもさっきの幻覚ではないかと疑ったが、骸が言うにはどうやら正真正銘、本物の毒蛇らしい。「なんなら咬まれてみますか」と冗談っぽく面白そうに言われたが、とんでもないことを言ってくれる。毒蛇なのだから咬まれたら最後、死んでしまうじゃないか。
「第三の道 畜生道の能力は、人を死に至らしめる生物の召喚。さあ生徒の命の危機ですよ、いいんですか?」
「ひいぃ、止めて!助けて!!」
ツナの悲鳴を聞いてもリボーンは手を出すつもりはないらしい。蛇達が一斉にツナに牙をむいたのにも焦ることなく、じっと骸に視線を向けていた。
「あんまり図に乗んなよ、骸。オレは超一流の家庭教師だぞ」
ニッとリボーンが笑うのと同時に、何かが骸目がけて勢いよく回転しながら飛んでくる。 キンと造作もなく骸がそれを槍で払い落とすと、飛んできた物が床に落ちてカラカラと音を立てた。トンファーだ。
見慣れたそれにツナが思わず目を瞠ると、更に「十代目!伏せてください!」という声がする。ツナのことを十代目と呼ぶのは一人しかいない。まさか――!
するとツナの周りにいた蛇達を一掃するかのようにダイナマイトが爆発し、事無きを得る。さっきの声といい武器といい、ツナが思い当たるとおりの人物が現れたなら、これほど心強い味方はいない。爆発によって起きた煙が晴れたその先にいた者達にツナは歓喜の声を上げた。
「ヒバリさん!!獄寺君!!」
部屋の入り口に現れたのは、襲撃犯を倒しに行ったまま行方知れずとなった雲雀と、行く手を阻む千種を倒す為についさっき別れたばかりの獄寺だった。お互い肩を貸し合ってここまで来たらしい。二人とも怪我をしてはいるものの、立って歩けるくらいにはまだ体力が残っているみたいだ。それが素直に嬉しかった。
「ふ、二人とも…」
よく無事で、と声を震わせたツナだったが、よくよく考えてみればこの二人が肩を組むなんて珍しすぎる。いつもは(獄寺が一方的に)邪険にしているのによく手助けする気になったものだ。二度と見れない光景かもしれない、と何回も目を瞬かせる。けれど、こうして無事に会えただけで十分だ。
――そう思っていた矢先。
「借りは返したよ」
「いでっ」
「(す、捨てたー!!)」
面倒くさそうに顔を歪めた雲雀があっさりと獄寺を床に放り投げた。どうやら借りを返すためだけに獄寺を助けたらしく、雲雀らしいといえば雲雀らしい。
その光景を眺めていたリボーンは、骸に向き直って再び自信たっぷりに告げた。
「わかったか、骸。オレはツナだけを育ててるわけじゃねーんだぞ」
それにぴくりと三日月形の眉を吊り上げた骸は、宝石のような双眸でじっと雲雀と獄寺を見つめていた。余計な邪魔が入らないように敵はボンゴレだけ通すように千種に言っておいたはずだ。それがここに来たということは――…。
「これはこれは、外野がゾロゾロと…。千種は何をしているんですかねぇ」
「へへ、メガネヤローならアニマルヤローと下の階で仲良く伸びてるぜ」
「…なるほど」
予想通りの答えを獄寺から受け取った骸は、頭が痛くなったような気がして額を押さえつけてからため息をついた。
何となく想像はついていた。千種が骸の命令を無視するはずがないし、命令を何が何でも遂行する男だと知っている。この部屋に来る道は一本だけだから遭遇しないわけがなく、もし千種と彼らが遭遇していたら必ず一戦交えるはずだ。そして千種が勝てばもちろんここに通すはずがない。…ということは、千種が負けたという意味だ。それに犬まで加わっていたとは少々計算違いだったが、事実は事実なのだから仕方がない。
問題は雲雀が二人とも倒したということだ。あれほど重傷を負わせたのにも関わらず千種と犬を倒したとなれば、彼の強さは生半可なものではない。少々彼を甘く見すぎていたか、と油断していた自分を戒めるように、骸は雲雀への認識を改めた。
すると足元をふらつかせながらも自力で立った雲雀は、ソファーに置き去られている蛍を見つけて、やや色が抜けて茶色い瞳を瞬かせる。
「蛍…」
「……………」
「…蛍?返事くらい…」
蛍が雲雀の呼びかけを無視したことに眉を顰めた雲雀だったが、彼の存在自体を認識していない様子で呆然としていることに気付いて言葉を失う。
何が蛍の身に起きたのか推測することも出来ないが、様子が明らかに異常だった。
――遅かった。
何故そう感じたか理由はわからないけれど、蛍の所に来るのが間に合わなかったと直感して、雲雀は息を飲んだ。骸に何をされた?感情が全て欠落してしまったみたいに何の反応も返さないどころか、意識さえあるかどうかわからない。「雲雀先輩」と微笑む蛍はどこにもいない。
骸への怒りよりも早く湧き上がってくるのは、とてつもない喪失感。まるで今まで大切に大切にしてきたものが一瞬にして壊されてしまったような――…。
「蛍」
「…ヒバリさん」
「蛍」
「ヒバリさん、姉ちゃんは骸の能力で心が…」
何度も雲雀が蛍に呼びかけるのを痛々しい表情で見ていたツナが耐え切れずに口にすると、雲雀ははっと我に返った。そうだ、今はこんなことをしている場合じゃない。蛍をこんな風にした骸を倒さなければ僕の気が収まらない。
胸のあたりでぐるぐると渦巻くどんよりしたものは、きっと怒りなのだろう。喪失感に押さえつけられていた怒りがふつふつと沸き上がって脳が沸騰する。今すぐに骸を咬み殺したい。こいつだけは、許せない。
喉元まで競り上がってくるどんよりとしたものを理性でどうにか押し留め、ふーっと長く息を吐く。そうしないと冷静さを保つことなど出来なかった。怒りは正確な判断力を失わせるから戦っている間は禁物だと知っている。雲雀とて、怒りで我を失った状態のまま骸に勝てるとは思っていないのだ。
骸に投げ付けたトンファーを拾い上げた雲雀は、チャキ、とそれを構えて、相手を射殺してしまいそうなほど鋭い眼光を骸に向けた。
「覚悟はいいかい?」
「これはこれは、怖いですねぇ」
その鋭い視線に少しも恐怖を感じていない様子で骸が笑みを浮かべる。
「そんなに怒ることはないでしょう。僕はちゃんと君に言いましたよね?『蛍を僕にください』と」
「いいなんて言ってない」
低く低く、感情を押し殺したような声音で返す。骸を射抜く冷たい視線は吹雪のように凍え、切れ長の瞳をますます鋭くさせていた。人は怒りを通り越すと頭が真っ白になって逆に冷静になるというが、今の雲雀はまさにそれだ。静かに、しかし着実に、彼の憤りは積み重なっていく。
それを知ってか知らずか、あるいはそれすら逆手にとって面白がっているのか、骸の言葉が火に油を注いでいく。
「しかしもう蛍は僕のものです。今の蛍の中で君の存在は無に等しい。君の声が届かないのが何よりの証拠です」
「―――――!」
「それに、今は僕とボンゴレの邪魔をしないで下さい。第一、君は立っているのもやっとのはずだ。骨を何本も折りましたからねぇ」
普通の人間ならとても立ち上がることなんて出来ないくらい骨を折っておいたのだが、雲雀はその上をいくらしい。立ち上がるどころかまだ戦おうとトンファーを構えたことに、骸は素直に驚いた。ここまで闘争心が強いのは元々のものなのか、それとも。
「遺言はそれだけかい?」と強気に言い放つ雲雀に興味を示した骸は右目を仄かに揺らす。すると、『六』から『四』へと変化させた右目に死ぬ気の炎が宿る。最初に発動した第四の道 修羅道の能力で、格闘能力が飛躍的に向上する闘気だ。目にも止まらぬ早さで連続攻撃をツナに浴びせたことは記憶に新しい。接近戦に秀でているから、雲雀と戦うには一番適している能力だろう。
「仕方ない、君から片付けましょう」
骸は内心ため息をつきたい心境で、背筋に力を入れ直した。本来ならば雲雀と戦っているほど暇ではなく、一刻も早く計画通りに事を進めたいのだが、こうも闘争心を煽られれば仕方がない。
蛍を手に入れようとすればいずれこうなることとはわかっていたし、邪魔者は早く消しておいた方が後の自分の為にもなる。彼女に自分以外の存在は必要ない。自分さえいればそれでいいのだ――そう骸は思っている。蛍が自分以外の誰かに心を傾けることなど、許さない。
そう考えてみると雲雀と対峙するのも絶好の機会で、相当の実力者である彼を亡き者にすれば、蛍を手に入れられるだけでなく、ボンゴレの大部分の力を削げることにも繋がる。骸の推測が当たっているのなら、リボーンを抜かせば一番強いのは雲雀だ。あとは自ら手を下すまでもない。
「一瞬で終わりますよ」
すぅっと目を細めた骸は、その言葉も言い終わらないうちに強く床を蹴りつけた。一瞬で雲雀に攻撃が届く距離まで飛び込んだかと思えば、鋭い突きが雲雀に向かって放たれる。トンファーで槍を打ち上げてそれを防ぐとすぐさま槍の先端がくるりと返されて今度は真っ直ぐ脳天に向かって槍が降り下ろされる。まさに無駄も隙も全くない攻撃だ。
数々の戦闘経験が彼の能力を開花させ、格段に成長させて、ここまで形のあるものに仕上げたのだろう。まるで形式通りの型を反復しているような攻撃なのに、しなやかに槍を振るう骸の動きは雅楽に乗せて舞を踊っているようにも見える。息つく暇もないくらい激しい攻防をしているのに、息の一つも切れていない。
それどころか、武器がかち合う度に鳴る金属音を楽しんでいるのか、高音に空気が震えるのを感じ取って笑みさえ浮かべている。まるでこの世の全てが刃と刃のぶつかり合いだとでもいうように、絶えず響く剣戟音を心地良い音色だと思って聞いているのだ。
しかし雲雀とて黙って攻撃を受けているはずがなく、骸から放たれる攻撃を難なく防いでいた。相手の呼吸がわかれば攻撃の軌道を見破るのも容易い…が、それがわかったとしても簡単に倒せないのがこの六道骸という男なのだ。むしろこれまでの強敵と対峙出来たことを、こんな状況ながら雲雀はどこか心の奥で楽しんでいた。
今は戦いを楽しめれば何でもいい――蛍のことでさえ記憶から霞んでしまうほど気分が高揚し、ふつふつと浮かんでくる喜びを抑えきれなくなっていた。怒りも何もかも吹き飛ばして目の前の敵にだけ集中する。
自分に向かってまっすぐ伸びてくる槍の先端を弾いてもう片方のトンファーを振りかざす。しかしすぐさま槍を引き戻されて防がれる。ならば、と直接喉元にトンファーを放つ。それも両手でしっかり掴まれた槍に押し戻された上、返された切っ先が雲雀の髪の毛を数本散らす。
あの手もこの手も通用しない…ならばどうすればいい?どうすれば敵の隙をつける?
雲雀は攻撃の手を緩めずに頭の中で何十個も攻撃パターンを思い浮かべては却下していく。一瞬の油断やほんの少しの判断ミスが敗北に繋がっているからこそ、彼は油断しないし間違った判断も下さない。考えつく最善の行動をしているのだ。
お互い攻撃が相手に阻まれたと同時に間合いから離れ、攻撃がかわされてはまた飛び込んでいく。
何十合目か打ち合った時、ギンッという鈍い音と共に鍔迫り合いになった雲雀は、骸をまっすぐな瞳で見据えた。
「君の『一瞬』って、いつまで?」
こいつ――!
雲雀の明らかな挑発にピクリと頬を引き攣らせた骸は、わずかな怒りを覚えて口元を歪め、彼の間合いから離れようと身を翻した。雲雀もそれに習って床を軽く蹴り、お互い十分な距離を保てる場所へ着地して向き合う。
その戦いぶりを呆然と見ていたツナは、雲雀が骸に少しも引けを取っていないことに歓声を上げた。
「やっぱり強い!さすがヒバリさん!」
「こいつらを侮るなよ、骸。お前が思っているよりずっと伸び盛りだぞ」
自分の予想以上の働きをしていたのか、リボーンが満足そうに骸に告げる。
けれど骸は少しの危機も感じていなかった。
「なるほど、そのようですね。彼が怪我をしていなければ勝負はわからなかったかもしれない」
「!」
次の瞬間、雲雀の肩口から勢いよく大量の血が噴き出した。激しく動いたせいで傷口が開いたのだ。
肉を抉られるような鋭い痛みを感じた雲雀は思わず顔を顰め、大量に血を失ったせいでぐらりと傾く体を必死に支える。ここでまた倒れるなんて醜態は絶対に晒さない。その強い思いだけで足に力を入れてどうにかその場に踏み止まる。一瞬にして力が抜けてトンファーを握り締めていた手から感覚が消えそうになったが、するりと手から滑り落ちそうになった途端にぎゅっと強く握り締め、武器を手放してしまうことだけは阻止した。