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次の日、皆が切磋琢磨して競技に出ている中、何故か百合は一人お弁当箱と睨み合いをしていた。
弁当箱と言っても普通のものではなく、三段重ねの重箱が風呂敷包みに包まれたものだ。
確実に数人前はある中身は一人ではとてもじゃないが食べ切れなさそうであり、重量もかなりある。
朝、4時に起きて作った一級品だ。
―――き…聞いてみるだけ。
百合はこのお弁当を何も一人で食べるために作ったわけではなく、寧ろ彼のために作ったと言っても過言ではない。
しかし彼が食べてくれるだろうか、はたまた受け取ってくれるだろうか、
そんなことばかりを考えている間に昼休みも終わってしまう。
「…よし、」
決意は決まったようだ。
百合はお弁当箱、否、重箱を持って立ち上がる。
そう。我等が風紀委員長――雲雀恭弥の元へと向かって歩き出した。
雲雀は一人応接室からグラウンドを眺めていた。
彼は心から並盛中を愛していたが学校行事に参加することはほとんどない。
群れることを嫌う彼にとってそれは当たり前のことだったし、誰かに参加を強要されたこともなかった。
それでもたまに教師が咎めたが、雲雀がトンファーを見せると冷や汗を浮かべて黙り込んだから、納得したのだろうと解釈している。
だから今こうして一人静かに体育祭の様子を眺めていられるわけだが、やがてぼうっと外を眺めているのにも飽きてきた。
そんなときだ。扉を叩くノック音が聞こえた。
こんな控えめな音は彼女しかいない。
「…あの、失礼します」
雲雀の予想通り、現れたのは体操服姿の蛍だった。
しかしいつもと少し様子が違う。
彼女はどちらかというと物静かで大人しい少女。
そんな彼女も確かに雲雀の前では多少の照れ隠しの一つや二つするが、今日は過剰に多い気がした。
ドア付近で立ったままチラチラとこちらを伺うように見てくる。
急いできたからなのか、頬は僅かにピンク色だった。
まあそういう彼女も面白いと思いつつ蛍をじっと見下ろしていると、雲雀は漸く口を開いた。
「何?」
「あ…その…、」
雲雀は待たされるのは嫌いだ、それを知っていた蛍は慌てて持っていた包みを解いた。
現れたのは三段重ねの重箱。それに少しばかり驚いていると、蓋を開けて更に驚いた。
どう見たって一人じゃ食べきれないくらい豪華な料理が、はち切れんばかりに詰め込まれている。
「…ワオ」
「お、お弁当…作ったんですけど……一人じゃ、食べられない…の、で…」
顔を俯かせながら途切れ途切れに言葉を発する蛍。
雲雀先輩にもお裾分けを、と最後に一番小さい声で言う。
それを見ていた雲雀はそうは言うけどね、と色彩豊かな重箱を見下ろしてため息をついた。
からあげや卵焼き、おにぎりにタコの形をしたウィンナーなど、愛情を込めて作られたであろう弁当の中身はどれもこれもおいしいに違いないだろうが、いかんせん量が多すぎる。
友人と食べる事を前提に作っていたのか、よくこれだけの量を一人で作れたな、と内心感心していた。
「…め、迷惑です…よね」
「…何で?それより、早く割り箸取って」
当然のように割り箸を求めてきた雲雀に、蛍は驚いたように目を瞬かせている。
そして雲雀は結局、自分で割り箸を取り、いただきます、と割り箸を綺麗に二つに割った後、
大量のおかずが詰められている重箱に手を伸ばす。
軽く数人前はあるからいくら食べても食べすぎということもあるまい。
お腹も減っていたことだしちょうどいいと遠慮なく箸を進めていた雲雀は、ふと視線を感じて甘い卵焼きを頬張りながら顔を上げた。
蛍がいつになく真剣な表情で、雲雀の様子を見つめていたのだ。
「…美味しい、ですか?」
瞬き一つせず蛍は尋ねた。そんな彼女の意図を察した雲雀は、まぁ悪くないんじゃない、と呟く。
すると今度は彼女の表情が一転、パァと光が出たかのように嬉しそうな笑顔を見せていた。
感情が分かりづらい彼女でもこんな表情をするのだ。
こっちも悪くないな、と密かにそう思った雲雀であった。